免許更新に行ってまいりました。
1月に行こうと思っていて、家のことでバタバタしたまま放置💦
18才の時、免許を取りすでにペーパー歴40年。。。
我が家は調布市ですが、お隣の市、府中に試験場があります。
一番近いのでそこへ更新手続きに行きました。
府中試験場はけっこう思い出があります。
ワタクシ、当時は珍しい試験場での一発免許取得にチャレンジしてます。
教習所に通わず試験という試験は全て試験場で行う方法です。
今、私がやったような手立てがあるのかはわかりませんが…
18才当時、父の友人に、フリーの教官がいたのです。
家に教官が教習車で迎えに来て、借りれる教習所のコースへ行きます。
そこで、実技の練習を積むのです。
仮免許が取れたなら、教官と一緒に公道での練習になります。
その時の教習車はけっこうボロくて、クラッチのつながりがかなり難しく…
昔はマニュアル(※間違った💦)オートマ車での試験はなかったですからね。
※友人のクマさんに間違い教えてもらった~
ちゃんと見てくれて教えてくれるのありがたい♬
「パンツ見えてますよ」とか言ってくれる人を持ててシアワセ
マンツーマンで鍛えられたので、実技はばっちり…
だのに筆記で一度落ちました💦
だから府中試験場は何度も通ったし、試験場の周りでの練習も懐かしい。
めでたく初心者にしては技術の高い免許取得者になったものの…
その後、車のない暮らしになったためペーパードライバーに
さて、毎回、ゴールド免許の優良ドライバーは動画30分講習という好待遇。
冊子をもらいますけれど、その中に中々良いネタが毎回あるのです。
今回はこれ。
「かもしれない運転」
危険を予測する運転を心がけよ。という内容です。
前方にバスが停車している。バスを追い越すとき、
バスの陰から飛び出しがあるかもしれない。
この「かもしれない」という心がけがかもしれない運転です。
しかし、見えていないので歩行者は「いないだろう…」というのがだろう運転です。
さらに私が注目したのはここ
「見えないことは存在しないことではない」
これね、運転とかだけでなく、日常生活、もっというと生き方に関係しますね。
例えば、昼間、月は見えないけれど空に存在しないわけではない。
この例は「そうだよね~」と良く理解されることですが、
人々のやりとりでも、見えていないことは無いものとされることがあるんですね。
「いじめ」なんていうのもこの部類ですね。
一見、それがいじめとは思えないようなことでも、いじめられている、
疎外されていると被害者が思っているとしたらそれは存在します。
嫌がらせなんていうのもそうです。
「無視」とか「やらないこと」の言動もこの部類です。
しかし、いじめをしている方にとっては自覚がなければ「無いも同じ」です。
目が見えない人がいて、外見でわからず大変失礼なことをしてしまったとか…
後ろに立っている上司に気づかず、上司の悪口を言ってたとか…
鼻高々に言ってたことが、間違っていたとか…
後からわかって、顔から火が出る言動も、知らなければ無いも同じです。
気づかなければよかったことでしょうか?
当人にとって「見えてない」は、無いも同じでしょうか?
他にも、家族間や職場でもありがちな例だと「当たり前だろう」的な扱いのこと。
扉は開けたら閉めるとか、ゴミはゴミ箱に捨てる、
食べ終わった食器は水に浸けるとか(笑)
子どもを躾けるのが親だろうとか、主婦(夫)なら家事するだろうとか、
一見、当たり前だよ…ということでさえ、そうともいえなかったりもします。
通常、常識などで片づけられてしまいますが、一般常識ってあるようで無いんですね。
ある人にとっては常識でも、他の人にとっては非常識。
こういう価値観の違いを無視したのが「だろう」という心持ちですね。
その「~だろう」は、その人だけの「だろう」なんですよね。
だから「~かもしれない」と想像する力が必要なのです。
「~だろう」は、自分の基準だけで、他者との違いを見ようとしない心持ちであり、
「~かもしれない」は、自分以外を想像する心持ちということです。
見えないことは存在しないことではない。とは、
自分の価値観にないものは、存在しないことではない。
ともいえるのではないでしょうか。
「見えないことに心を傾ける」とは、運転ではそれが事故を防ぐことですね。
もっと言うと、事故によって自分も他人も不幸にしないことです。
そして、同じことが日常生活にもいえるのではないでしょうか。
【アロマテラピー研究室】ただいま受付中のセミナー
『黄帝内経』読解セミナーVol.2「天年」編第一部 リクエスト開催受付中
『誰も言わなかった アロマテラピーの本質』読解 webセミナー (Vol.1~5) リクエスト開催受付中
アロマテラピー研究室は、翻訳によって日本にアロマテラピー広めた故・髙山林太郎氏が創設。
髙山氏から後継人指名をされた林さんとともに、髙山氏の思いを引き継ぎ、髙山氏のアロマ遺産管理とアロマテラピー啓蒙活動をしております。