道徳観や当たり前のことに疑問をもつへそまがり…
アロマ&カウンセリング 心とからだのセルフ・ケアをあなたに、アロマシオンの島田さつきです。
東京 調布 AEAJアロマテラピーアドバイザー資格認定教室主宰&カウンセリング講座講師
AEAJインストラクター・アロマセラピスト学科試験対策講座(1コマ2時間4,000円~)承ります。
ITが苦手なセラピストやカウンセラーのためにコンサル付きホームページ制作もしています。
前回の話題をもう少し掘り下げたいと思います。
前回の話題「『薬は良くなるモノ』思い込みが起こした悲劇」に反応する人の心
前回、問題の根幹は…として最後に書きましたが、
その奥に隠されている問題があると、私には思えてなりません。
それは、考えさせず思考停止を促す教育です。
世の中には、そのことがとても「善きこと」とされている事柄があります。
人に優しくとか、人に迷惑かけないとか、甘えないとか、人のせいにしないとか…
「悪しきこと」ならば、これの逆ですから、
人に優しくない、人に迷惑をかける、甘える、人のせいにするなどとなりますね。
生まれたばかりの時は、こういう価値観って無い状態です。
その後、社会で生きる上で周りと上手くやっていくために、刷り込まれるのが価値観です。
人間の場合、社会性の高い生きものですから、当然ルールは生きるのに必須です。
(社会性が高いとは、集団で生きる性質を持っているということです)
そこからはみ出してしまうと、他の人々と上手くやっていけません。
上手くやっていけないことは、生きものとして命の確保ができないことに繋がるからです。
けれど、そのルールや価値観はどこから来ているのか?
どんな目的があるのか?
それらを全て知っているわけではありません。
子どもの時は、大人の言っていることが全てですから、疑うことなく準じるのです。
そしていつしか、それが自分の考えや価値観のようになっていく。
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ある集団を動かすには、ルールが必要です。
しかし、このルールは180度変わることがあります。
一番最近だと、日本が戦争に敗れた時ではないかと思います。
それまでは、鬼畜米兵などと刷り込まれ、米国人が「鬼」のような人種であると、日本人は思ってきました。
一般市民は、神風がふいて戦争にも勝つものと本当に信じていたのです。
これっぽっちも疑いもせず…
戦争に負けた途端に、子ども達は学校の教科書を部分的に黒い墨で塗りつぶすよう指導されます。
教師たちは昨日と違うことを言い始めました。
当時、子どもだった人々は、もう80才を過ぎていますが、その時のモヤモヤした気持ちを覚えている人も多いはずです。
負けてから無駄死にした戦友を思った人々は、国に騙されたと嘆きます。
自分も無駄死にしたかもしれない…
昨日まで信じていたことが「ウソ」だったと、やりきれない気持ちで。
信じて疑わなかった自分を恥じる人もいましたし、あまりに辛くて忘れようとする人もいました。
アイデンティティがガラガラと崩れる体験がついこの間、日本人に起きていたのです。
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では、どうしてこういうことが起きるのでしょうか?
情報は、故意に流されることがあります。
あたかも、それが真実のように…
人を、集団を、同じ方向に向かせるには、そのような教育が成されます。
疑われないよう、良心をくすぐりながら、もっともらしい内容で…
子どもの頃、「なぜ?」「なに?」と問うてきたものが、大人の都合で遮断されます。
私は、考えさせない教育を行っているのは、常に集団をコントロールする力だと感じます。
そして、その洗脳にはまっていると、自覚できないような仕組みになっているのだと。
前回取り上げた話題でも、道徳的に裁く人々はたくさんいました。
web上では、顔が見えない分、言いたい放題ですから余計だと思います。
「価値観を正してあげよう」という気持ちの人もいたと思います。
私が一番恐ろしいと感じるのは、それが絶対的に“正しいこと”と思考停止していることを、
自分でなかなか気づけないことです。
常識的な価値観、絶対的な価値観などこの世に存在しないのに…
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先月、「母親の家族愛は『無償』か?」というテーマで取り上げられた記事がありました。
NHKクローズアップ現代で2018年4月23日に放映された
「“道徳”が正式な教科に 密着・先生は? 子どもは?」 の一部を取り上げてです。
この授業のやりとりで、子ども達がざわつくことは、予測できるとしても本当は恐ろしいことです。
価値観を押し付ける教育を受けて、それが洗脳されている証拠のようなシーンだからです。
いじめ対策として道徳の授業をしているのに、その後、いじめの温床になることも予測できてしまう…
子どもの発言を見ていても、大人の言っていることをオウム返ししているようにも映るし、大人が喜ぶようなことをわざと繰り出しているようにも感じます。
学校では、優等生であることの方が、自分にとって居心地がいいと子どももわかっているのでしょう。
私自身、低学年の頃は学校でいじめられぬよう目立たずイイ子でいようと…そういう子どもでしたから。
価値観って何でしょう?
それってどこで身につけたでしょうか?
果たしてそれはどんな意味と目的があるからでしょうか?
男らしくとか、女らしくとか、たぶん疑いもせずにあるそれも、
誰かにとって都合が良いから…ではないでしょうか?
その価値観や道徳観念、当たり前と思っていることは、 「誰得なのか?」
そう探っていくと、思いもしなかったことにたどり着くことがあります。
それ、本当かなっ?とひと呼吸おいて見れるようになったのは、
セルフ・カウンセリング®のおかげです。