採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -387ページ目

良書に出会う方法

本の出版が容易になった今、、、

本屋に行くと、新書の山である。

その数ときたら、半端じゃない。

だから、、、

人によっては、その数の多さに圧倒されて、

どんな本を買えば良いのか、分らなくなる

人がでても、不思議なことではない。

中には、、、

「こんなに多くの本なんて、読める訳ない!」

と、本を読むこと自体、諦めてしまう人もいるはずだ。

しかし、冷静に考えて欲しいことがある。

「新書は、そんなに偉いのか?」

新書が多く出版される今だからこそ、

改めて思う。

それは、、、

新書は、新たな知識の獲得手段として

いまだに確かな方法なのだろうか。

知らないことを知ろうとするのであれば、

何も新書である必要はないのではなかろうか。

ビートルズ、ローリングストーンズ、モーツアルト

バッハ、ベートーベン…

例えば、音楽の世界に置き換えてみても、

良い音楽は、いつ聴いても良い音楽な訳で、、、

本も同様!

新書を押さえるよりも、まず、良書を押さえてこそ、

読書が楽しめるようになるのではなかろうか?

新書の数に圧倒されたとしても、焦らずに

過去に出版された良書を探せば十分だ。

それでも、、、

何の本を買えば良いか迷う人がいるならば、

身近にいる「尊敬できる人」を見つけて、、、

こう聞いてみればよい。

「どんな本に感銘を受けましたか?」

そして、、、

その教えてもらった本を買う。

結構、簡単である(^^)/

もし、その本がハズレだとしたら、教えてくれた

その人が、ホントは尊敬できる人ではないのかもね?!

んっ、、、

これって、問題発言か?!

一人称で語るとき

一人称で自らを語るとき、様々な表現方法

を使い分けていることに気付く。

 

自分、俺、私、わたくし…

 

実に、様々な一人称の表現方法がある。

 

ちなみに、

池邉は、こんな感じで使い分けているようだ。。。

 

①『小生』

感情をさらけ出しているとき

過去形の話、習慣、思いの丈

 

②『自分』

自分の意見が整理されて述べるとき

現在形の話、現実、律した意見

カジュアル風

 

③『わたし』

『自分』より、大人びた表現をしたいとき

フォーマル風→ビジネス仕様

 

④『俺』

アイデンティティを表現したいとき

悪ぶった話、強がり、

 

⑤『僕』

尾崎豊な気分のとき

 

なんだか、、、

 

一人称を使っての表現方法って、

 

きっと、

その中に込められている意味合いが、

個々人によって、違うような気がする。

 

 

みんなは、

どんな感じで使い分けているのだろうか??

 

 

 

【小生】しょうせい

主に手紙で、男子が自分を指して使う謙称。

わたくし。

(広辞苑参考)

 

【自分】じぶん

 おのれ。自身。自己。

 おのが分。自分自身の能力。

(広辞苑参考)

 

【私】わたし

(ワタクシの約)話し手自身を指す語。

「わたくし」よりくだけた言い方。

⇒【わたくし】

①公に対し、自分自身(だけ)に関する事柄。 

②表ざたにしない事。ひそか。内密。秘密。

③ほしいままなこと。自分勝手。

④「私商い」「私事」の略。

(広辞苑参考)

 

【俺】おれ

われ。中世に用いられた俗語の一人称代名詞。

もと、いばった感じをもっていたが、やがて卑俗な

ことばとなり、近世の中国では女性も使った。

(漢字源参考)

【僕】ぼく

人につかわれる男。しもべ。下男。

男子が自分自身を指す語。もとは、へり下った

言い方。今はおもに聖人前の男性が同等以下の

相手に対して使う。(明治期から、初め書生言葉

として、話し言葉に使われるようになった)

(広辞苑参考)

 



卒業できない子供たち

世界史が必修か、必修じゃないか?

こんな騒ぎに巻き込まれた子供たちは

可哀そうだ。

持論としては、、、

勉強なんて、学びたくなった時に

学べは良いと思ってる。

だから、、、

勉強なんか嫌いな奴は、しなければ良い。

それで、苦労したとしても、当然の報いだと思ってる。

だけど、、、

自らが勉強をするか、しないかを決断する前に、

大人たちの勝手な解釈によって、学ぶ機会が

奪われてしまったことは、大問題だ。

しかも、

その解決手段として、、、

突貫工事の如く、集中授業をしたところで

時間の無駄になるのは、火を見るより明らかだ。

なので、、、

いっその事、、、

春休みに、57日の韓国→中国→フィリピン経由の

臨時修学旅行を実施し、それを世界史の授業相当分に

代替してはいかがなものか。。。

勝手に、修学旅行における学習テーマを考えてみた。

〔学習テーマ〕

明治維新から1945年までに、日本がアジアを通じて

世界の何に対抗しようとしたのか?

その時代背景を把握し、当時の課題と、その問題点を

考察した上で、これからの近隣諸国との関係を考えよ。

って言うのは、どうだろう。。。お堅いテーマかな?!

いずれにせよ、

規則を楯に、縛り付けて、やっつけ仕事のように、

学ばさせてしまうのではなく、子供たちが楽しく

学べる配慮だけは、決して忘れて欲しくない。

『勉強は、辛くて当然だ!』

と言う大人の勝手な解釈だけは、

どうか捨ててほしいものだ。

学ぶ楽しさを教えてこそ、本来あるべき授業の

姿ではなかろうか。

これは、子供たちだけの問題ではなく、社会全体において、

特に職場での上司と部下の関係においても、育成方針に

ついては、同じことが、言えるのだと思う。

とにかく、、、

『チャンスは平等、気付くのは不平等!』

気付くのは、本人の心がまえ一つだが、、、

チャンスだけは、平等に与えてほしいものだ。