成長する瞬間
唐突だが、、、
何も足掻(アガ)かずに、
逃げ出す奴は、ダメだと思う。
やはり、、、
どんなに厳しい状況であっても、
最後の最後まで、何とかしようと
動き続けてみる。
いわゆる、ジタバタしてこそ、
後で、振り返ってみて、
あぁ、
あの時が、自分のブレークスルー
ポイントになったな…
と
思える瞬間が、必ずやってくるから!
そりゃもう、間違いない!
だから、
逃げ出したくなるような時があれば、
まさに、その時こそ、自己成長に
繋がる瞬間のだ!
そう信じて、
何事にも、邁進(マイシン)してほしい。
精神論に聞こえるかもしれないが、
そう思えて仕方がない。。。
ようわからん
詮無い話だが、、、
ある方から、
最近、経済は、これまでの経済動向や
パターンを逸脱した話ばかりで、何の
経済指標を当(ア)てにして良いのか、、、
全くわからん!
そんなスケールのデカイ話を、伺う機会
があった。
これに対して、小生も分からないなりに、
今の経済は、自分で自分の首を絞めて
いるとしか思えない。
などと、
偉そうなことを言いつつも、お互いに
ああでもない!こうでもない!
と、一頻(ヒトシキ)り話が尽きて、、、
結局、この言葉をもって話を締め
くくることに落ち着いた。
『縁と浮世は末を待て』※
まったく、その通りである。
にんにん。。。
※【縁と浮世は末を待て】
良縁と好機会とは、時節の来るのを
待つべきもので、あせってもだめで
ある。
(引用:広辞苑第5版 岩波書店)
努力家と研究家
最近、よく思うのだけど、、、
何か体得しようと、それに向けて
「練習」
に励む人と、
何かを体得しようと、それに向けて、
「研究」
に励む人とでは、日々における行動
パターンは、そんなに変わりが無い
ように見えると思うのだが…
つまり、
コツコツと何かを繰り返す様子に
両者とも、さして変わりが無いように
見える!
しかし、、、
その発想からくる、その先に、
辿り着くであろう到達点は、かなり
違ってくるのでは?!
と思う。
これに根拠は無いのだが、
直感的に、
前者は、「辛い」が前提で進み、
後者は、「幸い」が前提で進む
ような気がするから。
本来、
「努力」とか「苦労」とかって、
端から、自分で覚悟してやることじゃ
ないのでは?!
むしろ、
まずは「興味」や「発見」があって、
そこから無我夢中になって行く内、
気がついたら、「努力」や「苦労」も
厭(イト)わなくなっていく!
そんなサイクルになるのでは?!
そう考えると、
何かを体得しようと思うときに、
「練習するぞ!!」
と意気込むよりも、
「研究するぞ!!」
と意気込む方が、
モノの上達が早いのでは?!
と、思う今日この頃である。