研修と教育
唐突だが、、、
現代は今、乱世の時代とも言える。
そんな中で企業がたくましく成長
していく為には、
既存社員が技術のレベルアップを
していかなければならない。
そこで企業がまず取り組むのが、
『研修』であり『教育』である。
ところで、『研修』と『教育』
この意味合いをしっかりと理解し
使い分けている企業は、いったい
どれほどあるのだろうか?
と、
偉そうなことを言う小生もまた、
この区別に明確な持論がない。
なもんで、、、
まず辞書で、その意味を調べて
みると、
なになに、、、
『研修』とは、
【研修】※1
学問や技芸などを磨き修めること。
とある。
次に『教育』とは、
【教育】※2
教え育てること。人を教えて知能を
つけること。人間に他から意図を
もって働きかけ、望ましい姿に変化
させ、価値を実現する活動。
とある。
なるほど
これを小生なりに理解すると、
『研修』とは、
食うためのテクニックを教わること。
であり、
『教育』とは、
真っ当に生きていくためテクニックを
教わること。
と解釈したのだが・・・
よって、『研修』と『教育』とは、
並行して取り組んでいかなければ
ならない別腹の話なのでは?!
そう思う今日この頃である。
(※1~2引用:広辞苑第5版 岩波書店)
いっぽんやり
唐突だが、、、
右手でずっと荷物を持って
歩いていると、
右側の腰や肩が疲れてくる。
その一方で、
左手でずっと荷物を持って
歩いていても、
やはり、
左側の腰や肩が疲れてくる。
このごくごく当たり前の事など
誰もが知っている訳で・・・
ところで、
アイディアや拘りなんかも一緒の
ような気がする。
とかく、
「知的」に考え続けても、
「情的」に従順であっても、
そのどちらに偏ってばかりだと
必ずどこかが疲れてくる訳で。
やはり、
バランスを考慮し、主たる行動の
動機を定期的に入替えて動いて
みることも重要かも?!
知的に考えるクセがある人は、
ときに情的になってみて、
情的に絆(ホダ)されて動く人は、
ときに知的に考えて動いてみる。
要は、
「一本やり」にならないように
気をつけることが大事かな。
そう思う今日この頃である。
感謝の数
唐突だが、、、
「ありがとう」って気持ち、
寸鉄の言葉のごとく、気持ちを
込めて、一度だけ言われるのも
嬉しい訳だが、、、
別に、
気軽に「ありがとう」って何度も
言われたとしても、
悪い気持ちにはならんよな・・・
ふと、そう思った。
もちろん、
感謝の気持ちが込められていない
「ありがとう」であれば、
例え何度、言われたとしても、
心には響かないだろうが、、、
感謝の気持ちが込められて
いるのであれば、
何度言われたとしても嬉しい
もので!
どうせなら、心を込めて言われ
また、言える人生にしよう。
そう思う今日この頃である。