短編小説「ラストグッバイ」 2~先生~ | 「空虚ノスタルジア」

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また少し歩くと偶然、高校時代に仲の良かった入江とバッタリ会った。ボサボサの髪に覇気の無い目は相変わらずで遠くからでもよく分かった。「達樹」の懐かしい空気にすっかり浮付いた僕は、思わず「入江、久しぶりだな」と、フランクに声を掛ける。

 

「…伊藤か、久しぶり」

 

ぎこちない吐息を零すと入江の目はすぐに下を向いた。途端に僕は後悔と寂寞に苛まれた。毎朝同じバスに乗り、同じ教室で過ごし、同じ放課後を辿る。カラオケやゲーセンに繰り出すときもあれば誰かの家に集まって勉強するときもあった。家族より一緒に居た時間を振り返ればあまりに冷たい反応だ。

 

「どこ行くんだ?」

「コンビニ」

「皆は元気か?」

「さあ、連絡取ってないし…」

 

…いや、至って平凡な現実だ。学校という大きな檻に生息するために「誰か」の存在は欠かせない。だから僕らは似通った「誰か」と戯れる。一人で居る強さなんてものは至って平凡な人間には備わっちゃいない。もちろんそこから延々と続く友情だったり愛情だったりが培われることもあるだろう。だけど、僕と入江の間にそんなものは無かった。悲観するほどじゃない。卒業してから今の今までロクに連絡も取らなかったのだ。希望を持つこと自体が間違っていた。

 

「じゃあまたな」

 

言うより先に視界から入江を消した。入江にとってはあまりにも不本意なもらい事故ってとこだろうけどこれは僕の弱さの証だ。好きなだけ詰ってくれて構わない…って、詰るだけの価値も無いか。風の唸りに耳を傾けた。入江もきっと同じように遠ざかっていく、そんな想像を広げたのはついつい振り向きたくなる自分を抑えるため。例え入江が立ち尽くしていてもそれが何になる?ただ失うだけなら振り向く時間は滑稽だ。自分の掘った落とし穴に嵌まるのと同じくらいに。

 

赤信号の向こうに商店街の入り口が見えた。いつも見ていた景色なのに呼吸は更に荒さを増し、吹きすさぶ風は罪悪感を煽り立てる。三年前、何の相談もなしに大学を中退してここを離れた。家族とはあれから一切連絡を取っていない。一応、帰省することは留守番電話に入れておいたけど…往生際悪くスマホを取り出し、往生際悪く濁った息を付いた。何のお知らせも無いクリアな画面を眺めていると信号が青に変わった。あれこれ考えてもしょうがない、僕は泥濘に入るように恐る恐る踏み出した。

 

「あら?もしかして伊藤さん?伊藤裕哉さんでしょ?」

 

艶やかな声が緊張の糸をプツリと切った。反射的に振り返ると派手な格好の見知らぬ女がすぐそばに立っていた。ニヤリと笑む表情は危険な香りがするけど好奇心の方が渦を巻いた。名前を呼ばれたせいかもしれない。入江の素っ気無い態度の後なら尚更だ。

 

「翔とはとっくに別れた。あなたには色々と迷惑を掛けたわね」

「いえ…こちらこそ…」

 

場末のホステスみたいな妙な身なりのせいで気付かなかったが彼女が「相内真奈美」だと名乗るとすぐにピンときた。先生の奥さんだ。いや…彼女の言葉が正しければ「元」奥さんか。

 

僕は相内真奈美に促されるまま近くの喫茶店に入った。真奈美の馴染みの店らしくマスターは「今日はいい男連れてんじゃん」と茶化し、彼女も「ナンパしたの」と否定どころか悪い冗談を言ってのけた。まさか僕らがかつて恋敵だったとはマスターも誰も思うまい。本当の関係性を知られるくらいなら逆ナンされた頭の悪い男の方がまだマシか。

 

 

柚木 翔(ゆずき しょう)

 

彼は僕の「先生」だった。

高校に入ってから徐々に右肩下がりになった僕の成績を危惧して両親が家庭教師を付けたのだ。知り合いの息子に現役大学生がいるとかで安く済ませられたことが金銭的にシビアな両親の背中を押した。けど僕にとってはとんだ災難だ。どうして学校だけじゃなく家でも授業を受けなきゃならないのか、大学だって別に行かなくてもよかった。周囲がそうであるから何となく流れに逆らっちゃいけない気がした。ただそれだけが動機だったのだから。

 

だけど、先生が初めて家に訪れた日のことは今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。高校二年の四月、桜の開花より一足先に訪れた春だった――

 

 

(続く)

 

 

 

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