長編小説「思春期白書」 66~厄介な虫~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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秋晴れの清々しい陽気は空に裏切られた気分にさせる。ただの被害妄想。だけど、遮光カーテンを張り巡らせたような薄暗さに漂う僕だ。辛気臭い思考は今に始まったことじゃない。

 

「太一、何かあったら言えよ」

「うん…」

 

斜め前の振り向く瞬間、これで何度目だろう?

入場行進などという意味不明な儀式に待たされ、いつになればこの軍隊みたいな列は動き出すのか?

溌剌と世話を焼くヒロの存在はありがたいけど、何より彼に言いたいのは短パンの裾から少しトランクスがはみ出している。それだけだ。

無意識的に視界に入った光景を意識的に逸らすとき、背筋にゾクッと冷たいものが伝う。板橋か誰かが僕の過敏さを察知してるんじゃないかってさ。朝一番に公平や桑原と教室に入り、最初っからそこにあったもののように溶け込む。いささか荒治療的な居心地の悪さは今も尾を引いているが、今日だけは仕方ない。

 

「体育祭には絶対出席する」

 

ヒロや保たちのしつこいまでの誘いはその取引によって断ち切ったのだから。あれ以来練習さえ出ていないのにここに並ぶことがクラスのためになるとは到底思えないが、少なくとも転倒だけは避けたい。何より僕自身が恥ずかしい。

 

ちなみにクラスメイトの態度は案の定「腫れ物」だ。宮田や板橋はそれなりに歓迎を示したが、入場行進が始まっても、クラスのスペースに移動しても、最初の種目の100メートル走のスタンバイ中も、僕に向く視線は好奇めいたものに過ぎない。これなら、マラソン大会の方がまだマシだ。クラスがチームとしてまとまるなんて所詮は机上の空論なのだ。

それに、実際に競技がスタートすれば、ヒロも保たちも僕に構う余裕は無い。結局、救いとなったのは公平に大西、それから桑原だった。

 

「公平くんも遠慮しないで食べてね。たくさん作ってきたから」

「ありがとうございます」

 

昼食時、両親が仕事で来れない公平は僕とともに過ごした。一般庶民が口にするものを食べさせるのは少々気恥ずかしかったが、もちろん彼は不満を零すわけも無く、おかかや鮭のおにぎりや唐揚げなどを「美味しい美味しい」と頬張った。

もし、彼の母親が弁当を用意したら中身はどのようなものになったのだろう?僕からすりゃ恥を晒すだけの体育祭に両親が来れないってのは願ったり叶ったりだが、彼からすりゃ恐らく真逆。そう考えると満面の笑みに翳りを感じる。まあ、僕にしたって結局兄ちゃんは来なかったし、寂しさの多少は理解出来るが…

 

「公平、こんなものでよかった?」

「当り前さ。っていうか「こんなもの」なんて言い方、太一の母さんに失礼だよ」

「分かってるけど…」

「太一の母さんが用意してくれなきゃいつもみたいにパンだっただろうし。パンも美味しいけどさ、味気ないよね」

 

 

味気ない。そういうもんかね…焦げた卵焼きを口にしながら僕は保護者席をグルっと見渡した。瀬川くんもいっくんも来てる筈だけど、これだけの人じゃ探しようがない。兄ちゃんの空いた穴、それもきっと味気ない。

 

 

午後からは綱引きだの応援合戦だの全員参加の種目が続き、僕は貢献どころか、大縄跳びじゃ大きく足を引っ張った。咎めるような言葉は無かったが、後方から聞こえた舌打ちに心は折れる。まあ、僕の参加種目が終わりだと思えば幾分かは光が見えたが…

 

そして、最後のリレーではヒロとトシが最高のコンビネーションを見せ、クラス中が沸き上がった。アイドルのコンサート並みに起きる声援に僕は大縄跳びのミスを引き摺り、彼らが繋ぐバトンが羨ましくも思えた。

 

しかし、そんな彼らの健闘も虚しく、総合得点は勝利に届かず、意外と呆気なく体育祭は幕を閉じた。優勝旗を手にする3年生の代表は凛々しく、王者の貫禄みたいなのがあり、ヒロも3年生になればきっと同じ舞台に立つのだろうと思った。だけど、そのためには僕と違うクラスになるのが絶対条件だ。最初から分かり切ったこととはいえ、足を引っ張った幾多の失敗が悔しさを滲ませる彼らの表情越しに重く圧し掛かった。これならいっそ詰られた方がよかったのかもしれない…って、どんだけ身勝手なんだよ。

 

 

「お疲れさん。どう?復帰出来そう?」

 

汗だくのシャツに不快感を感じる暇もなく、椅子を運びながら教室へ戻る途中、滲んだ肩にヒロの体温が触れた。まさか「無理」とも言えず、僕は「…うん」と濁すような返事をする。

 

「暗い顔すんなって。太一、スゲー頑張ってた…」

「なあ、ヒロ、先にションベン行かね?」

 

「元々こういう顔なんだよ…」トシの呼び掛けにすぐさま去った背中を眺めポツリと呟く。汗が張り付き背中が透けても爽やかって反則だろ。相変わらずはみ出たトランクスも僕なら悲鳴が起きそうだが、ヒロならちょっとしたサービスショット、気付いてないのか気にしてないのかどちらにせよその無防備さもまた清々しく映る。

 

 

しかし、ヒロには悪いけど、被害妄想的疎外感は拭い去ることが出来ず、僕の復帰はたった1日のうちに終わった。

 

人の目や顔色を窺うのはただの自惚れだ。自分が思うほど、誰も僕の事など気にしちゃいない。実際、今までそうだった。ひっそりと佇む陰、それ以上でもそれ以下でも無かった。けど、1度逃げ出した僕は逃げ続ける道を選んだ。正しいとか間違いとかじゃない。自己防衛の本能の働き。

 

つまり、弱虫。

 

これに効く殺虫剤は無い。どれだけ世界が進化を遂げても開発不可能な厄介な虫だ。

 

 

(続く)

 

 

 

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