長編小説「思春期白書」 65~得体の知れない生命体~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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「いつまでもってわけにはいかないだろ?な?俺らが付いてるからさ戻ろうぜ」

 

2時限目が終わり、けたたましい足音の群れに顔をしかめると、その正体は案の定、ヒロで、しかも保と倉林も一緒だった。保はともかくヒロを毛嫌いしてたはずの倉林には正直、戸惑ったが、そんな猶予も僅か数秒、3人に取り囲まれた僕は針の筵だ。

 

「勉強も遅れちゃうしさ、こんなとこに居ちゃいけないって」

「そうそう。別にもう誰もからかったりしないし」

 

瀬川くんは居なかったが、「こんなとこ」扱いのいっくんや田村先輩はどんな顔をしているのだろう?

項垂れた状態じゃ確かめようがなく、僕は「無理強いしちゃダメ」とマシュマロみたいにふんわりなだめる白鳥先生に期待を掛けた。彼らの言い分は最もだ。逆の立場ならきっと僕も同じような言葉で説得を試みただろう。だけど、すくんだ足はここに踏み止まり、頷くこともないまま3時限目のチャイムが鳴った。

 

「ほらほら、3人とも早く行きなさい」

「…また来るから」

 

このときほどチャイムを解放に感じたことは無かった。とはいえ、ヒロの残した言葉は重く圧し掛かり、ブレザーのポケットに握った拳は小さく震えた。

 

「太一くん、大丈夫?」

「うん、まあ…」

 

隣から零れる気遣いに心の狭い僕は「聞くくらいなら助け舟出してくれりゃいいのに…」と思った。八つ当たり以外何でも無いから口にはしないけど。でも、僕がいっくんの立場ならどうだろうか?いくら後輩とはいえ、あんな正論を前に戦う勇気も強さも無い。そのようなものがあればとっくに教室に入ってる。

 

いっそ、休み時間になればトイレにでも身を隠すか?割と本気でそんなことを考えていると荒々しく扉が開いた。

 

 

「あー、怠いっ!」

「大渕さん、乱暴に扉を開けないで」

「はいはい」

 

大渕さんと呼ばれた女子生徒に思わず目を剥いた。髪を茶色に染め派手な化粧を施し、ルーズソックスに耳にはピアス…街で見掛けたことはあるが、まさかこんな至近距離で「コギャル」に遭遇するとは…廃れ切った高校とかならともかく、ここはれっきとした真面目な部類の中学校だ、驚くなと言う方が無理だろう。

 

 

「おはよう、田村さん、いっくん、えーっと…あんた誰だっけ?」

 

手前の席にドカッと腰を下ろすと、彼女の目映い視線が僕に向いた。綺麗な瞳という意味じゃない。蛍光ペンを塗りたくったような白い瞼がチカチカと目を痛くさせるのだ。こんな奴の傍に居ればただでさえ悪い視力が更に悪化の一途をたどるに違いない。

 

「1年の佐藤くんだよ。っていうか、おはようって時間じゃないよね」

「細かいこと言うなって。佐藤くんか、大渕千賀子ってんだ、よろしく。チカって呼んでいいよ」

「…ど、どうも」

 

得体の知れない生命体と普通に会話するいっくんに尊敬さえ感じながら、僕はそっと視線を逸らした。彼女が保健室登校かどうかは知らないが、誰より浮いた存在なのは確か…いや、浮くとかいうレベルじゃなく規格外だろう。なるべく…ううん、絶対に関わりたくない。関わってはいけない。

 

 

「へー、板橋と同じクラスなんだ?アイツ、ウザいっしょ?まだ童貞のくせにさー偉そうにしちゃって。知ってる?アイツさ、ああ見えて虫とかチョー苦手なの。蝉の抜け殻が落ちてるだけでビビってんの。抜け殻だよ、抜け殻。こないだもさー…」

 

 

しかし、小動物のようにビクビクするのを本能で察知したのか、ハイエナな彼女は終始、僕に喰らい付き、放してはくれなかった。まあ、板橋の意外な弱点を知れたり、一方的にぶっ放すマシンガントークに適当な相槌さえ打てばいいんだから別に苦痛ってほどでもない。ご機嫌だけは損ねないよう愛想良くする。気を付けるのはせいぜいその程度だ。

 

「大渕、遅いご出勤だなあ」

「出勤しただけでもありがたく思いなよ」

 

10分もしないうちに彼女の担任がやって来て嵐は何事もなかったかのように過ぎ去った。あまり面識のない若い男性教諭だが、タメ口に加え「ご出勤」とかいう笑えない冗談、爪痕はそれらを含めた一種のカルチャーショックだ。あと、柑橘系の香水の匂い。保健室というクリーンでなければならない空間に公害を撒き散らすのはアリなのか?

 

 

「あの人、何者?」

「実は僕もよく知らないんだ。普段は不登校でたまーに来るぐらいだから。でも悪い人じゃないよ」

 

いっくんの善悪の基準はともかく、確かに見掛けこそアレだが札付きのワルでも無さそうなのは僕も同意見だった。保健室登校に後ろめたさを感じつつも、ここに来なければ大渕千賀子との遭遇も無かったわけで、そういう意味じゃほんの少し優越感もあった。ヒロたちの未経験を経験した、みたいなさ…そりゃ、だからといってここに居るのを正当化する理由にはならないけど、それでも、貴重な経験に違いない。

 

 

鬼婆が言い聞かせてくれたのか、この日、ヒロたちが再び現れることは無かった。チャイムに関係無く自習して、分からないところはいっくんや田村先輩に教えてもらって、午後は白鳥先生の計らいで雑談して、派手に転んだとか言って男子生徒が右足を庇いながらやって来たり、サボり常習犯らしい女子生徒が担任とひと悶着する場面はあったが、教室より遥かに居心地の良い時間が流れていった。

 

とはいえ、居心地の良さを知れば知るほどもう戻れない気もした。このままズルズルとここで過ごす日々が続けば、母さんだっていつかは気付くだろう。

 

とりあえずは体育祭をどう乗り切るか、この課題は考える時間的猶予さえ殆ど与えてはくれず、既に目前まで迫っていた。

 

 

(続く)

 

 

 

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