長編小説「思春期白書」 62~白い世界~ | 「空虚ノスタルジア」

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「後でまた来るから…じゃあ、失礼します」

「あんまり気にしちゃダメよ。じゃあね」

 

 

ぼやけた視界に映った2人の背中に何か言おうかと思ったけど、まだ声は詰まったまま。零れ出すのは情けない嗚咽だけだ。あのカルト教団みたいな集団から鬼婆に連れ出されたとき、彼らは寄り添ってくれた。1匹狼の桑原はともかく、公平の場合、そんなことをすりゃ自分が次なる獲物にされかねないというのに…それを思うとまた込み上げるものがあり、涙に限界の無いことを知る。

 

「皆にはちゃんと話しておくから。しばらくここに居なさい」

 

怖いだけのイメージしか無かった鬼婆が見せる笑顔に多少の救いを感じた。それと同時に身体測定以来初めて足を踏み入れる保健室の現状を知った。何らかの理由で教室に入れない生徒が集う場所、保健室登校ってやつだ。存在自体は把握していたけど…

 

「後でトランプしよー」

「そうだね。もうすぐ昼休みだし」

 

まさか、瀬川くんにいっくん、田村先輩がそうだったとは…何も知らされてなかった僕からすりゃけっこうな驚きだ。どうやら図書室の集まりは田村先輩が発端らしい。昼休みともなると少なからず保健室も賑やかになるし、あの場所を使っているようだ。

 

彼らの理由は分からない。だけど、彼らの存在が僕を安堵させたのは事実だ。取り囲まれ泣き崩れた僕の醜態を嘲笑する奴はこの空間に居ない。秋風が水面に騒めくような穏やかな時間だけが過ぎていく。そりゃ、一時的な避難に過ぎないのは分かっているけど、それでも…落ち着きを取り戻すこの時間が必要だった。

 

 

長方形の机が2つ並び、それぞれが教科書をノートを広げ自習する光景は1つのクラスにも映った。見知らぬ女子生徒が2人、僕を含めりゃ計6人だが、窮屈さは感じず、むしろ教室より開放的な空間だ。赤く腫らした目がようやく周囲を捉えると、前の席のいっくんがこちらに視線を向け微かに笑った。

 

「そんなに固くならなくてもリラックスすればいいさ」

「…はい」

 

用事で職員室に行ったきりの養護教諭と同じ台詞を吐くいっくんの顔付きは先輩というより兄に見えて、思わず表情がほころぶ。図書室じゃいつもキシモンの話を散々聞かされるし、こういう静けさの中に顔を合わせるのは久しぶりのことだ。胸の片隅に閉じ込めておいたはずのザワつきが目覚めるまで数秒も掛からなかった。

 

「出来ればここに居ることは正義たちには黙っててほしいんだけど」

「分かってます。言いません」

 

「ごめんなさいね、遅くなっちゃって。午後から会議があるものだから」

 

騒々しい足音とともに養護教諭の白鳥が戻ると、笑い声が飛び交った。特にこれといった印象は無かったが、母さんと同い年くらいの養護教諭はそそっかしく、ここの生徒から慕われているらしい。確かに物腰の柔らかい雰囲気は怖さとは無縁な気がする。というより、そういう人じゃなければ保健室登校なるものは成立しないのだろう。

 

軽い世間話のうちに昼休みのチャイムが鳴り、公平と桑原がやって来ると僕らは図書室へ向かった。見知らぬ女子生徒は昼休みもここで過ごすらしい。僕としても、もしかしたらヒロが来るかもしれない、それを想像すれば多少の迷いはあったが、図書室に向けた足は戻るのを選ばなかった。宮田の言葉より、板橋に茶化されたことが痛い。その痛みを抱えた醜態をこれ以上晒したくは無い。鬼婆が皆に何を話すのか?それさえも想像したくなかった。

 

 

「ん?どうした?何か目が赤いぜ」

「色々あったの。深く聞かないで」

 

相変わらず察することを知らないキシモンに桑原が睨んだ。女子に守られる縮図は情けない感じだが、プライドを振り翳す気力も無く、僕は公平の用意してくれた席に座った。何の事情も知らないのだから桑原の言葉は無理があるように思えたけど、ユリちゃんやクリリンが言及することは一切無く、若干のトーンダウンに済む。まあ、若干であろうとなかろうとトーンダウン自体は申し訳ないけどさ。

 

 

「コイツは女みてーだもんな。男の戦力に入れるのが間違ってんだ。何なら俺が直訴してやろうか?女子と同じ扱いにしてくれ、ってさ」 

 

 

舌なめずりのいやらしさが耳朶を這う。嘲笑が起きたのは皆も、同じような印象を抱いていた証だ。別に好きでこんな風になったわけじゃない。けど、僕がどう言い訳しようと、鬼婆がどれだけの雷を落とそうと、事態は変わらない。その程度のきっかけで変わるなら、誰も最初っからからかったりしないんだ。言葉上にいくら「差別や偏見をなくそう」と並べ立てたってそれぞれに根付いた固定観念がきれいさっぱり消え去ることは無いのと同じように。

 

それに、あの時間は1学年全クラスによる合同練習だった。つまり、他のクラスの奴からも僕はとんだ有名人である。もちろん悪い意味の。見知らぬ誰かが今、この瞬間だって僕の醜態を口にしているかもしれない。

 

 

半分も食べないまま弁当箱を閉じた途端、扉の静かに開く音、そして「失礼します」という、聞き慣れた声が響いた。振り返る気にはなれなかった。だけど、大きな歩幅の足音はたいした秒間も無く歩み寄り、皆の視線は当然、彼に集まる。

 

どんな顔をすればいい?

 

わからない…

 

わからないから隠れるように公平と距離を詰め目を瞑った。すぐそこにヒロが立つというのに…僕って奴は本当に往生際が悪い。

 

 

(続く)

 

 

 

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