長編小説「思春期白書」 61~残骸~ | 「空虚ノスタルジア」

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翌日から、板橋のからかいはエスカレートし始めた。トイレに連れ込まれ、「本当に付いてんのか?」と、股間を晒すように要求される。もちろん僕は応じなかった。一度従えば、後はなし崩し的に彼の玩具だ。それに、彼らとしても他者にバレるのは都合が悪いらしく、誰かがやって来たら単なるじゃれ合いを演じ、僕は見計らっては教室に戻った。だけど、トイレに行くのが怖くなった。なるべく我慢して昼休みの間にキシモンと連れションするのが日課になった。

 

 

「板橋たちに何かされてるの?」

 

察しのいい桑原は僕の異変にいち早く気付いたが、からかいの理由を思えば話す気にはなれず「何でも無い」を繰り返した。いっそのこと、授業中に自らぶちまけてしまおうか?そんな考えも過ぎったが、自爆行為に踏み切る強さなどありゃしない。

 

皆からの奇異な視線、歪な物を見るような、腫れ物にさわるような存在、或いは軽蔑され、罵られ、汚物のように見られ、バケツの水を掛けられ、人権さえ剥奪される存在、悲観に満ちた想像が膨らむたびに臆病が比例する。

 

行き過ぎた想像だろうか?

 

いや、そんなことは無い。大人だって平気で同性愛を否定する世の中だ。教師が擁護に回らないのは当然だとして、両親も絶対に理解を示さない。それどころか、「一家の恥」みたいに切り捨てられるかもしれない。さほど名高い家ってわけでも無いけどさ。

 

 

だけど、凄惨な末路は想像に過ぎない。末路を辿るのは証拠めいたものを握られたとき。

 

「今日、遊びに行ってもいい?」

「うん。大歓迎さ」

 

実際に友達のラインを越えていないのだから、公平との関係はむしろ堂々とした方がいいと思った。変に避ければ逆効果なのは立証済みだし、何より、僕には公平が必要だった。あんな奴らに断ち切られるほど柔な友情じゃない、ちっぽけな意地だと言われりゃそうかもしれないけど、底辺暮らしの人間にも明け渡せないものはあるのだ。

 

「今日も散々だったね」

「さっさと終わってくれないかなぁ。もう限界だって」

 

エスカレートの一途を辿るのは何も石橋に限った話じゃない。体育祭が近付くにつれ、宮田はもちろんクラス中が躍起になる。たかが中学校の運動会、なのに鬼婆は「絶対優勝」とかハッパを掛けるし、トシは「皆で朝練すんぞ!」とか言い出すし、反論の余地も無く実際に始まるし…僕らは放課後に愚痴を垂れるのが精一杯…いや、放課後が自由なだけまだマシってものか。3年生は最後の体育祭ってことで薄暗くなるまで練習だとキシモンがボヤいてた。あの様子じゃ告白はまだ先だろう。手紙に書こうかとか言ってたけど、彼には似合わない。まあ、そういうギャップが功を奏すかもしれないし、どういう手法にせよ、僕は見届けるつもりだ。正確には背中を押す役回りってとこかな。

 

「太一、また手が止まってる」

「考えてんだよ、脳味噌の詰まってる公平とは違うから」

「買い被り。僕だって何でもスラスラってわけじゃない」

 

ラインを越えていない…とはいえ、向かい合わせで宿題に取り掛かったり、音楽の話に興じる2人だけの空間が僕の性を掻き立てるのは事実、時折手を止めては彼の垂れた前髪から覗く瞳に見惚れてしまう。それは恋の類じゃなく、セックスへの好奇だけど、どちらにしろ、衝動に抗う時間だ。ただ、抗い切れる自信の無さにより、一緒に風呂に入るのは止めた。

 

「誰かが聞いたら妙な誤解を生みそう」

 

断る手立てとして吐いた遠回しな言い訳に何ら異議を唱えずに頷いたのは、彼が同類だからか、彼も実はからかいを受けているか、確かめる勇気はありゃしないけど、ルールになっただけ良しとしよう。彼がその一切の意味を分からずに吹聴してしまえば、確固たる証拠になり兼ねないのだから。

 

 

「もしかしたらあの子も来るかも。せいぜい頑張りなさいよ」

 

帰宅すれば母さんの悪意無き激励が飛ぶ。どうやら兄ちゃんとは密かに連絡を取り合ってるようだが、そんなことはどうでもよかった。運動音痴なのは小学生時代から承知の筈なのにケツを叩くことに嫌気が差すのだ。まあ、父さんは接待ゴルフか何かだし、我が家にホームビデオが無いってのが救いだ。風呂で疲弊し切った身体を慰めながら明日の雲行きに息を吐く。風邪でもひかないだろうか、どうせなら入院を必要とする病気にでも…思えば昔からこの時期になると不謹慎極まりない願いを掛ける。だけどもちろんそのような都合のいい展開は訪れない。去年なんかはバチが当たったのか、冬休みの直後に風邪をひいたっけ。

 

 

しかし、体育祭を来週に控えた大事な時期の中、事態は一変した。

 

「もういい加減にしてよ!いっそのこと、休んでほしいくらいよ!」

「そうよ、休んじゃえば?その方がクラスのためよ」

 

まだ授業中ではあったが、台風の目も100メートル走も遅れを取り、障害物競走じゃ初っ端から派手に転んだ僕に宮田たちの怒りは爆発した。グラウンドの真ん中にはリレー走者のヒロやトシがスタンバイしており、片隅に囲まれた僕なんか視界にも入らない。

 

「まあまあ落ち着けって。コイツだって懸命なんだしさ」

 

何人かの男子は庇ってくれたが、板橋は違った。腕を組みジッと僕を見据えながらこう言い放ったのだ。

 

「コイツは女みてーだもんな。男の戦力に入れるのが間違ってんだ。何なら俺が直訴してやろうか?女子と同じ扱いにしてくれ、ってさ」

 

その一言にまず手下が笑い、男子の誰かが続き、宮田たちへ感染した。影色のグラウンドに俯く僕から、嘲笑に呼応するように雫が滴り落ちた。胸を張れたことじゃないけど、僕は根っからの泣き虫だ。それでも中学生ともなれば人前で泣くのは恥ずかしい。

 

だから、ずっと堪えていた。

 

 

ずっと、堪えていたのに…

 

 

ただただ耳を塞ぎ逃げ去りたかった。脆い盾は修復など不可能で、これ以上の攻撃を防ぐ術も、耐える心も無かった。

 

嘲笑が木霊する。不様な僕の鳴き啜る様はスターターピストルさえ掻き消した。

 

 

「もう終わりだ」と思った。

 

引っこ抜かれたジェンガの残骸みたいに跡形もなく僕というものが崩れ落ちたのだから。

 

 

 

(続く)

 

 

 

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