長編小説「思春期白書」 48~陰の卑屈は無限の域~ | 有沢祐輔の「空虚ノスタルジア」

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「なーんだ、浴衣じゃねーのかよ、期待してたのに…なあ?」

 

キシモンが僕に囁いた。同意を求められても困るけど、一応は頷く。花火がよく見え、屋台も立ち並ぶ神社の境内はまだ陽も沈み切っていないのに、蝉の鳴き声さえ掻き消されるような賑わいだ。この程度の囁き、漏れる筈も無い。頭では理解しながらも、つい「万が一…」が過ぎる。いくらカムフラージュに効果的とはいえ、エロモンと同じ括りにされるのは御免だ。あの映画のときだってどうしてニコイチな扱いを受けなきゃならなかったのか…

 

「浴衣じゃなくて残念ね」

「だから僕は別に…」

 

振り返ると立っていたのは桑原だった。その後ろから正義がひょっこりと顔を出し、僕は全てを察した。咄嗟にエロモンを探したが、奴は公平を連れ既に焼きそばの屋台へ逃亡、腕組みした桑原の殺意にも似た眼差しは僕だけに向けられる。

 

「正義くん、タコ焼き食べる?このお兄ちゃんが奢ってくれるって」

「おい!何で僕が…」

 

しかし、不敵な笑みという表情の一変を前に、僕は言葉を呑むしかなかった。彼女が視線を向けた先には人数分のラムネを買うユリちゃんたち女性陣の姿、脅迫かよ…早速屋台へ走り出す正義を「迷子になんぞ!」と追いながら、途方に暮れた気分を味わう。混雑と賑わいが拍車を掛けるようだ。エロモンももちろんだが、あのクソガキも要注意人物。

 

 

薄っすら青を帯びた暗さが空一面を覆う頃、遅れてやって来たいっくんと合流した。見慣れた英字プリントのTシャツの裾が風にひらひら揺れ、微妙に素肌を覗かせる。初対面が銭湯だったし、だらしなくジーンズを腰履きするエロモンとは違い、下着がはみ出してるわけでもない。それでも、目を逸らしてしまう僕に、客観的なもう1人の僕が叱咤する。今日は桑原だけじゃなく、正義や公平、全員が揃い踏みだ、エロモンや瀬川くんだって妙な勘の鋭さを発揮するかもしれない。不自然な行動は慎まなければ。

 

背中にじんわりと汗が伝い、緊張感に喉が渇く。

この意識こそが命取り。

分かっちゃいるけど…分かっちゃいるけど…さ…。

 

 

「クラスの皆も来てるかなあ?」

「多分。けど、これだけ人が居るなら気付かないかも」

 

団体じゃ動きにくいから、自由行動を取ることになった。女性陣はヒマワリのカチューシャでおめかしした正子を妹のように可愛がり、いっくんは正義+エロモン、瀬川くんの監視役。あぶれた公平と僕は寄り添う感じでペアを組むことになったけど、1番気楽な相手だ。運も僕に向いてきたのかもしれない。

 

「ねえ、あの先輩のことが好きって本当なの?」

 

金魚すくいやヨーヨー釣りに目を光らせる子供たちを眺めながら、公平はその辺の風と同化するように言ってのけ、思わずラムネを吹き出しそうになった。どうせエロモンの吹聴だろう。あの男、無神経な上に口が軽いとは…いっくんたちにも余計な事喋ってんじゃないか、途端に不安になる。

 

「さぁ、どうかな」

「何だよ、他人事みたいに」

「公平はどうなの?好きな人とかいる?」

「うーん、僕は別に」

 

この場合、認めておいた方が賢い選択な気もするが、ついて出た言葉は本心に近いものだった。性の疼きは別として、何をもって「好き」に当て嵌まるのか、まだよく分からない。いっくんに対するものも、所詮は性の傾き、もちろん、「ずっと一緒に居れたら…」とか、淡い気持ちもあるが、その全てが純粋かどうか…いや、恋自体が不純なら、充分にそれに値する。きっと僕は恋なるものに清廉潔白を求め過ぎているのだ。或いは…認めるのが怖い。虚像に逃げ出すくらいだ、そっちの可能性が高い。

 

「公平、ひとつ訊いてもいい?」

「ん?何?」

 

浴衣姿のカップルが通り過ぎ、大人の色香が漂う中、公平の性に触れるには今しかないって思った。同類か否かじゃない、性が目覚めてるのかどうかを…太鼓の音に紛れりゃ周囲に聞こえもしないだろう…

 

「あれ?太一と公平じゃん。奇遇だな」

 

目の前に突如飛び込んだ光景は時計の針が止まったように周囲の音をかっさらった。ファッション誌の1ページが浮かび上がった洒落た2人組、ヒロとトシ。長々と筆記体の英文のプリントされたピンクのTシャツにミリタリー系のパンツ、そういや、制服姿しか見たこと無かったっけ。私服のセンスに日焼けした肌、上向きに整った短い髪、ラムネの爽快感に相応しい顔、周囲の視線を集める彼らは…

 

「2人で来たのか?よかったら一緒にどう?」

 

もはや、雲の上の人。背後から宮田たちが来るのが見えた。「邪魔しないでよ」とでも言いたげな眼差しは遠目にもミシン針みたいに鋭く突き刺さる。

 

忙しい心臓の高鳴りを抑えながら、話し掛けないでほしかった、と思った。こんな2人にお声を掛けて頂くほどの身分じゃ無いし、何より…周囲の視線が痛い。隣の公平の歪んだ表情は同じ痛みを感じるせいか…

 

惨めな僕らを彼らは知らない。ヒロに会えた嬉しさより、その無神経さに虚無に似た感情が渦巻いた。こういう状況を密かに待ち侘びていたのに、陰の卑屈は無限の域…か。

 

太鼓が遠くに鳴り響く、憧れと嫉妬、表裏一体の愚弄さを煽るように…

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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