長編小説「ミズキさんと帰宅」 28~ファーストキス~ | 「空虚ノスタルジア」

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ソースの香ばしい香りと踊るかつお節、ちゃんと青のりまで掛かっているお好み焼きを見て、私は「わあ~、美味しそう~」と思わず拍手をした。生地と刻んだ具材は待ち合わせ時間の前に予め準備していたらしい。

「笹島が昔、お好み焼き屋でバイトしててね、その店のがあまりに美味しくて、作り方を教えてもらったんだ。さすがにそこまでの味は再現出来ないけど自信はあるんだよ。ちょっと待っててね」

ミズキさんはまんまるのお好み焼きを切り分け、小皿に一切れずつ乗せた。断面を見ると美味しそうに焼けているのがわかる。

「本当に美味しそう」
「マヨネーズは好みの量を自分で掛けてね。それじゃ乾杯!」
「乾杯」

グラスに入った烏龍茶を一口飲むと、早速お好み焼きを頂く。キャベツのシャキシャキ感とカリカリの豚肉がふんわりとした生地にマッチして、ミズキさんは謙遜していたがお店で食べるような味だった。

「すごく美味し~い。ミズキさんのこと見直しちゃった」
「はは。ドジな僕しか見せてなかったからね。たまにはいい所見せなきゃと思って。これが無くなったらもう一枚焼いてくるからどんどん食べてね。フライパンしかないから一度に一枚しか焼けないんだ」

それじゃあ遠慮なく…といった感じで箸の手は止まらずにあっという間に一枚を平らげて追加の一枚も2人で完食するのだった。殆ど私が食べてしまった気がするが、そんなことを考える余裕も無いくらい夢中にさせる味だったのである。

その後、以前私の家にミズキさんが来た時のように食器を洗い、手が触れる度に軽く握ったり、声を出すことなく見つめ合ったりしながら私たちは部屋でテーブル越しに向かい合わせに座り、ひと息付いた。

「美味しかった~。ごちそうさま」
「どういたしまして。またいつでも作るよ」

外は私の今の状態が反映されているのかと勘違いするくらい爽快に晴れていて、どこかに出掛けるのも良さそうだ。けど、こうしてミズキさんの部屋でまったりするのも悪くない。他愛無い会話をしながらどっちがいいかなって考えてみる。贅沢な悩みだ。

「あっ!そうだ。忘れないうちに…」
私はバッグから昨日デパートで買ったプレゼントを取り出しミズキさんに渡した。
「たいしたものじゃないんだけど…」
「いや、嬉しいよ。良いハンカチだね」
色々あって迷ったのだがバーバリーのハンカチにした。バーバリーの柄はミズキさんによく似合う気がして。無邪気に微笑む顔に「ふぅ」と嬉しい溜息を付く。
「大事に使わせてもらうよ。ラッピングもちゃんと取っておくからね」
包装紙を綺麗に折り畳む姿に胸がキュンとなる。私の家族は皆、邪魔だと言って包装紙もリボンも即ゴミ箱行きなのだ。
「そうだ!ナツミちゃん、晩飯は笹島の店で食べないかい?あのご招待券もあることだし」
「いいわね。段ボール、引き取りに来てって私が言ったらどんな顔するかしら?」
…からかってみたいと思ってしまうのは、認めたくはないが姉譲りだろう。リサたちの前ではこんな顔を見せたことが無いけど、ミズキさんと居ると家族と居る時のように安心して、ついこういう私が出てきてしまうのだ。ミズキさんと出会わなければ深い眠りについたままだった「顔」だろう。

「あっ、洗濯物畳んでくれたんだね、ありがとう」
「ごめんなさい。何をどこに入れればいいのかわかんなくてそのままにしちゃってた…」
「アイロンまで掛けてくれたんだね、嬉しいよ。ナツミちゃんはいい奥さんになりそ…いや、何でもない…ごめん…」

…奥さんなんて…まだ気が早い…ってそうじゃなくて…謝られてもどう返していいのかわからず、私はしばらく固まってしまった。ミズキさんは狼狽した様子で手に取った服をもう一度床に置くと、私の方を向き…

「ミ、ミズキさん…」
「ナツミちゃん!ごめんね、うまくリード出来なくて。甘い言葉のひとつも言えなくてさ…でも、これが僕の今の気持ち、受け取ってくれるかい?」
私を抱き締めるミズキさんの両腕の力が強くなる。あまりに突然で驚いたものの、私の両腕は無意識の内に彼を包んでいた。これが私の「返事」だ。全身に伝う彼の体温と仄かに漂うシトラスの香りが優し過ぎて何だか泣けてきそう。
「ナツミちゃん…」
胸に耳を押し当ててた私の体を少し離すと、彼は肩に手を置き「目を瞑って」と囁いた。それが何を意味するかくらいはわかる。言う通りに固く目を瞑ると私の唇に柔らかい感触が宿る。思わず目を開けてしまいそうになるが、開けてしまえば魔法が解けてしまいそう、などという私には全く似合わないメルヘンチックな思いが過ぎり、瞑ったまま彼の唇を受け入れた。

「…なんかドキドキするね」
「…うん」

私たちはベッドに腰掛け、もう一度キスした。唇から全身が溶けてしまいそうな感覚と共に、このまま押し倒されたらどうしよう?と戸惑う私もいた。いくらなんでもそこまでの覚悟はまだ出来ていないし、まだ付き合って数日なのだから早い気もする。とはいえ、付き合ってどれくらい経てばオッケーなのか?と訊かれると困るのだけど…

「ナツミちゃん、押し倒そうなんて思ってないから安心して」
「えっ?」
今までで一番近い距離でミズキさんは穏やかな笑顔を見せた。彼の手はギュッと私の手を握る。
「好きだからこそそういうのは大事にしたいんだ」

優しく髪を撫でる姿に私は木漏れ日の下で眠っているような安らぎを感じる。それはどこか懐かしくて愛おしくて、彼の胸の中に頭を埋めた。そして堪えていた大粒の涙を流す。

「ご、ごめん…僕、悪いことしちゃったかな…」
「違うの…ちょっと感情が溢れちゃって…」

さすがにミズキさんも驚いて最初は狼狽えていたがすぐに「思いっ切り泣いていいよ」と背中をポンポンと叩いてくれた。
哀しいからじゃなく、幸せだから泣くこともあるのだと初めて知った瞬間であった。

(続く)


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