長編小説「ミズキさんと帰宅」 27~社会勉強~ | 「空虚ノスタルジア」

「空虚ノスタルジア」

オリジナルの詞や小説を更新しているアマチュア作家のブログです。

前回の話はこちら

28話はこちらから


「あの、その、色々とごめん!」
「最初っから正直に言ってくれたらよかったのに」

顔を赤く染めて謝るミズキさんに私は呆れながら笑った。胸に手が触れたのは、そもそも無理やりベランダに行こうとした私にも責任はあるし、不慮の事故みたいなものだ、と私は自分でも驚くほど落ち着いていた。逆に落ち着きが無いのはミズキさんの方で何度も「ごめん」を繰り返す。
彼の言う「色々」とは胸に触れたことだけでなく、ベランダに無雑作に置かれていた段ボールのことと、それの存在を隠していたことも含まれている。

「そうだよね、あんなとこに隠されたら気分悪いよね。ごめん…」
「ううん、別に怒ってないわ、ビックリはしたけど。でも…男の人ってこんなたくさんアダルトビデオ持ってるの?」
段ボール隙間から覗くパッケージを眺めながら、真っ赤な顔がとても可愛らしい彼に意地悪な表情で尋ねる。もっとその可愛らしい顔が見たいなどと思う私はもしかしてSなのだろうか?って、何を考えてるのかしら、私は。
「あ…ど、どうかな。ちょっと他の人のことはわからないけど…」

「ごめんなさい」
頭を掻いて困ったような表情をするミズキさんの姿を見てる内に、さすがにこれ以上詰め寄るのは申し訳なく思えて私は頭を下げた。
「どうしてナツミちゃんが謝るんだい?悪いのは僕なのに…」
「この段ボール、笹島さんが持ってきたんでしょ?」
まさか笹島さんの名前が出てくるとは思わなかったのだろう。ミズキさんは口をあんぐりと開け、何も発せないでいる。
「段ボールを中に入れた時、中からこれが落ちてきたの」と、右手に隠し持っていた笹島さんの店のご招待券を見せた。
「えっ!そんなのが入ってたの?気付かなかったなあ…はあ、ビックリしたよ、ナツミちゃんって超能力者なのかと思っちゃった…ご察しの通り、昨日の夜遅く、笹島に[女の子を部屋に呼べないから預かってくれ]ってこの段ボールを置いてかれちゃってさ、とりあえず今日だけベランダにと思ってね、雨の予報も無かったし」
「どうしてさっき、笹島さんのことを言わなかったの?」
私が問うとミズキさんはテーブルの方に座り、緑茶を飲み干した。私も喉がカラカラなので後に続く。

「まあ、僕だってアダルトビデオは持ってるし、言い訳めいたことは言いたくなかったんだ」
「意地悪な質問してごめんなさい」
「はは。ナツミちゃんの口からアダルトビデオってフレーズが出てきたのはビックリしたなあ。そういうの嫌がるタイプだと思ってたから」

確かに段ボールの中を見て「キャッ!ヤダ!」とでも言えれば可愛らしいのかもしれないが、残念ながら私には多少免疫がある。姉の部屋の押し入れにも相当な枚数のアダルトビデオがあって昔はよく私の机の引き出しに忍ばせ「キャッ!」と驚かせる悪戯をされたものだ。姉曰く「AVだって立派な社会勉強よ。特にあんたみたいな知識ゼロの人間はいざって時に困るでしょ。大人の保健の授業みたいなもんよ」ということらしいが…

まあアダルトビデオの話はここぐらいまでにして、何事も無かったかのように落ち着きを取り戻したミズキさんは「ちょうど12時だね、昼飯にしようか?」と立ち上がった。
「何作るの?手伝うわ」私も立とうとすると彼が首を振る。
「いいからナツミちゃんはゆっくりしてて。ちょっとは僕にいい格好させてよ、僕だってたまにはいいとこ見せたいし」
それを聞いて私は黙って頷いた。何を作るのか知らないけど得意料理だって言ってたし、こんな風に男性にご飯を作ってもらうのは初めてで私の為に作ってくれるという嬉しさもあった。


セカオワの曲を聴きながら、今度はミズキさんに許可を貰い、段ボールのせいで忘れ去られてしまっていた洗濯物を取り込んでゆく。冷たい風に激しく揺れるタオルやトランクスが寒気を帯びて「早く中へ入れてくれよ」とでも言いたげだ。ミズキさんの畳み方がわからないのでいつもやってるように畳んでいると、キッチンの方からガシャンと何かが床に落ちたような音や「うわっ!」というミズキさんの声が響いて思わず手が止まってしまう。

(やはり私が手伝った方がいいかしら?)

「ナツミちゃん!こっちは大丈夫だから気にしないで!来ちゃダメだよ!」

…気にするなという方が無理だと思うけど、私は再び洗濯物畳みに戻った。衣装ケースの横にアイロンがあったのでシャツのシワを丁寧に伸ばし、何をどこに入れたらいいかわからないのでとりあえず床のカーペットの上に重ねる。
アイロンを掛けている途中でキッチンから今度は「ジュー」と何かを焼いているような音が聞こえてきた。そのどこか美味しそうな音に思わず笑みを浮かべてしまう。任せて正解だったのかもしれない。

全て畳み終えて一息付いていると「できたよー!」とミズキさんの達成感に満ち溢れているような声が聞こえてきた。
「お待たせ!すぐ持ってくるからね!見栄えはめちゃめちゃ美味そうだよ、できたできた」

少々はしゃぎ過ぎな気もするが、そんなミズキさんも素敵で、この人と出会えて本当に良かったって泣きそうなほどに気分は高揚する。

「じゃーん!!」

ミズキさんが持ってきた料理を見てさらに気分は高まり、本能がお腹を「グー」っと鳴らすのだった。

(続く)


にほんブログ村