魂からの叫び 子どもたちを守りたい! / 東尋坊に行って来ました | misaのブログ

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🟣子どもたちをワクチンから守ろう!

えりごんさんから、マエダさんの動画を教えて頂きました↓


ワクチン反対派の人も推奨派の人も、両者が手を取り合って、命を守るためにこの苦境を乗り越えなくてはならない。

証明もされていない新型コロナウイルスなのに、皆さんワクチンを打っている...

もう既に沢山の人が、子どもさんが亡くなってしまっています。亡くなっているかたは因果関係が認められていません。

初めから政府は立証する氣がないんです。

そんなものをこれから12歳以下5歳から打とうとしています。

有効成分など一つもありません。

今までのワクチンの歴史約150年を遡ってみても、今まであるワクチンのただの一つも有効成分がないことが調べるとわかります。

1番最初に打ち始めたアメリカでは60数パーセントの方が接種しています。

今年5月から始めた日本は7割が接種しています。

アメリカのごく一部が打っていない。それは黒人です。

黒人は今まで散々ワクチン実験に使われてきた。もう知っているんです。

どれだけの同胞がワクチンにより殺されてきたのかを知っているからです。

だから打たない。だからアフリカの大統領はワクチンを受け入れなかった。

受け入れなかった5つの国の大統領はみんな亡くなっています。

同じことが日本でも起きています。

つい先日、インフルエンザをばら撒いているということをずっと訴え続けていた母里啓子医師が講演先の宿泊施設で、何か身体がおかしいと訴えてそのまま亡くなりました。


活動している人は命をかけて訴えています。

わたしはただの主婦です。子どもが一人いる、何の知名度もない主婦です。

だけど子どもを守りたい。

小さい頃からずっとみてきた子どもの友達が、もうワクチンを打ちはじめているんです。

その子たちが被害者になるのをみたくないんです。

わたしがこうして声をあげると、私が狙われるかも知れない、デモを立ち上げる時に相当悩みました。

わたしの子どもが狙われるかもしれない。

でも、黙っているわけにはいかないんです。

誰かが声をあげなければいけないんです。

この日本を、そして日本をこれから背負っていく子どもたちを私たちが守らなくて、誰が守るんですか!

だから、今いる大人のかた、皆さん、せめて自分の家族を、友人を、好きな人を、せめて大事な人を守れる知識を自分で調べて下さい。

<要約終わり>

普通の主婦の方が、子どもたちをワクチンから守りたいと立ち上がりました。

何か世の中がおかしいと、誰もがそろそろ氣づいても良い頃です。

コロナに感染しても無症状か軽症で済む子どもたちに、何が入っているか分からないワクチンは必要ありません。

治験中なのです。ワクチンで子どもたちがどうなるか実験したいのです。

子どもたちを実験に差し出すのですか?

接種後、お子さんに万が一の事があった時に、1番後悔するのはご両親です。

テレビを信じて接種する前に、必ずワクチン接種反対派の意見を聴いて下さい!



🟠金沢への旅報告

ブログにあげた4枚の写真だけで、何処の場所か分かった方が何人かいらっしゃいました。

そう、最初に訪れたのは『東尋坊』でした!

東尋坊に来たのも2度目でしたが、あまりに昔過ぎて全然記憶に残っていませんでした。


東尋坊は、荒々しい岩肌の柱状節理が延々と1kmに渡って続く場所です。


最も高い場所で約25mの垂直の崖があるそうです。

まさに、ここはサスペンスドラマの聖地!

船越英一郎さんがいつ現れてもおかしくない場所でありました😀




東尋坊を構成する岩は、輝石安山岩の柱状節理で、これほどの規模を持つものは世界に3ヶ所だけであり、地質上極めて貴重とされ、国の天然記念物および名勝に指定されています。



東尋坊は、今から約1,200〜1,300万年前の新生代第三紀中新世に起こった火山活動で、マグマが堆積岩層中に貫入して冷え固まってできた火山岩が、日本海の波による侵食を受け地上に現れたものとされています。

日本海が緑色でした!


マグマが冷えて固まるときにできた五〜六角形の柱状の割れ目(柱状節理)がよく発達しており、この柱状節理の規模の大きさが地質学的に極めて貴重なのだそうです。




ここがどうして『東尋坊』と呼ばれるのか。

東尋坊とは、実は僧侶の名前だったのです。

ー東尋坊の云われー

昔、平泉寺には数千人僧侶がいた。

その中にいた東尋坊という僧は、怪力を頼りに、民に対して悪事の限りをつくした。

東尋坊が暴れ出すと手がつけられず、誰も彼を押さえることが出来なかった。

東尋坊はまさにやりたい放題、好き勝手に悪行を重ねていたので、当然のように平泉寺の僧侶は困り果てていた。

また東尋坊は、とある美しい姫君に心を奪われ、恋敵である真柄覚念という僧と激しくいがみ合った。

そんな寿永元年(1182年)4月5日、平泉寺の僧たちは皆で相談し東尋坊を海辺見物に誘い出す。

一同が高い岩壁から海を見下ろせるその場所へ着くと、早速、岩の上に腰掛けて酒盛りが始まった。

その日は天氣も良く眺めの良い景色も手伝ってか、皆、次第に酒がすすみ、その内、東尋坊も酒に酔って横になり、うとうとと眠り始めた。

東尋坊のその様子をうかがうと一同は目配せをし、真柄覚念に合図を送った。

真柄覚念は、ここぞとばかりに東尋坊を絶壁の上から海へ突き落とした。

平泉寺の僧侶たちのこの観光の本当の目的は、その悪事に手を焼いた東尋坊を酔わせて、高い岩壁から海に突き落とすことにあった。 

それから49日の間、海は大荒れとなった。。。


奇しくもその後、私たちはその平泉寺に行くことになるのですが、その時はまだ予定にも入っていないし、平泉寺の存在も知らなかったのでした。



断崖に近づき、自撮り棒で波を撮るワタス↓


軽い高所恐怖症である井上先生は、海の方には決して近づこうとはしませんでした😅


まぁ、アリゾナのホースシュー・ベンドでもこの崖っぷち↓に座っていた私ですから、このくらいの段差は別に平氣です😆



今回、ましろさんは参加出来なかったのですが、彼女がいたら全力で却下されていたであろう場所でした。

(ましろさんは、筋金入りの高所恐怖症😂)

東尋坊を堪能した後は、駐車場まで続くお店をみてまわりました。

越前ガニの美味しそうな匂いに誘われて入ったお店「やまに水産」さん。

ここのかに玉は、普通の「カニたま」ではありませんでした!


カニの甲羅にカニ味噌を入れ、そこに卵を落として焼いてあります。

それが、めちゃうまでした!

見て、田中師匠のこの嬉しそうな顔!↓

私史上、1番の美味しい目玉焼きでした。

美味し過ぎて自分の顔まで目玉焼きになってしまったよ😆


そして、お次はまだ一度も訪れたことのない『有名なお寺』に行くのでした。

続く。。