ここで、歴代ファラオについて、ざっとおさらいしておきましょう。

エジプトの異端のファラオ・アクエンアテンの跡を継いだのは、有名な若きファラオ・ツタンカーメンです。

そのツタンカーメンが若くして亡くなると、宰相のアイが王位を継承します。

しかし、アイの治世はわずか4年で終わり、第18王朝は幕を閉じるのでした。

アイの後に王位を継いだのは、将軍ホルエムヘブで、彼の治世と共に第19王朝が始まります。(紀元前1319年)

ホルエムヘブは王位の正統性を主張する為、ネフェルティティの妹と結婚しましたが、子供が出来なかったので、自ら後継者を指名しました。

それが、宰相にして将軍であるラムセス1世だったのです。

そして、長男が生まれると「セト神のしもべ」を意味するセティという名前をつけたのです。

やがて、父ラムセス1世が亡くなると、紀元前1306年、セティ1世が即位します。

そして、セティ1世の後に息子のラムセス2世が続くのでした。

花の第19王朝といった感じです。

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(私が見える?)

ここ、「セティ1世葬祭殿」には、有名な『アビドスの王名表』があるのです。

王名表には、歴代のファラオ76名の名前が刻まれています。

しかし、この王名表には、アテン神のアクエンアテン・ツタンカーメン・スメンクカラー(ネフェルティティ)・アイ、そして女性ファラオだったハトシェプストの名前は省かれているのです。

しかし、そのおかげでツタンカーメンの存在が知られず、彼の墓は盗掘に遭わずに済んだのでした。

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適当な場所を撮影したのですが、問題のその箇所を発見いたしました!

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拡大してみますね!⬇︎
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アメンヘテプ3世ホルエムヘブの間に、4人のファラオが抜けているのです。

第2列柱室の方から、西の通路へ向かう時に、右側の壁にありますので、訪れた時にチェックしてみて下さいね。

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セティ1世がアビドスに神殿を建立したのは、エジプトの古来からあるオシリス信仰の中心地を盛り立てる事で、古代の伝統への回帰を促そうとした為のようです。

オシリス神にマアト女神像を捧げるファラオ⬇︎
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オシリスの墓があると考えられていたアビドスは、古代エジプトの最も重要な聖地でした。

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なので、ファラオはアビドスに葬られる事で、死後オシリス神となって復活出来ると信じられていたのです。

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ファラオだけでなく、一般の人々も復活のため、アビドスに巡礼に訪れていました。

ミイラにする為の口開けの儀式⬇︎
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エジプト学者も「古代エジプト全ての神殿の中で、間違いなく最高といえる装飾を施した葬祭殿である」と絶賛しているくらい、ここ「セティ1世の葬祭殿」は、レリーフの完成度の高さ、色彩の美しさ、保存状態の良さなど、どれをとっても最高の出来映えだという事です。

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またここは、他の神殿と違い、7柱の神々を祀った「7つの至聖所」があることが大きな特徴となっています。

この礼拝堂は、巡礼地としてエジプトの様々な地域から訪れる人々を受け入れる場所として用意されたもののようです。

巡礼者たちが、ここで自分の出身地の神に祈りを捧げることが出来るように。

そして、たくさんの神々にもここアビドスに来てもらいたいというセティ1世の願いもあったようです。

光が入る入口正面の場所は、太陽神アメンラーの至聖所になっています⬇︎
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しかし、セティ1世は一般庶民が入って来られる外側のエリアを完成させる前に亡くなってしまいました。

その後、息子のラムセス2世が、父のやり残した仕事を受け継いだのでした。

当初、セティ1世は、7つの至聖所にはそれぞれに外側に通じる扉を作るつもりだったようです。

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ところがラムセス2世は、南側に巨大な壁を設けてしまい、至聖所の扉は塞がれてしまったのでした。

では、その扉をひとつずつご紹介していきたいと思います。

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まず、向かって右端から。

① ホルス神の至聖所の扉⬇︎
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② イシス女神の至聖所の扉⬇︎
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③ オシリス神の至聖所

こちらの部屋にだけ、奥に「オシリスの間」が続いているのですが、扉があったか記憶がありません。。

④ テーベの太陽神アメンラーの至聖所の扉⬇︎
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⑤ ヘリオポリスの神ラーホルアクティの至聖所の扉⬇︎
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⑥ メンフィスの神プタハの至聖所の扉⬇︎
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⑦ 神格化されたセティ1世の至聖所の扉⬇︎
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この7つの至聖所の扉を一挙にご紹介したものは、ネットで探してみたけど見当たりませんでした。

セティ1世がまさかそんな想いで、この至聖所を作ったとは誰も思わず、重要視されていないのかも知れませんね。

私も、オンム・セティの本を読んで初めて分かった事です。

なので、今回の記事はとってもマニアックかも。。

だけどホントにセティ1世の葬祭殿は建物も内容も実に素晴らしいのです。

葬祭殿については、まだまだ終わらないです。。続く。
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エジプト旅行フォトブックをネットで作ったら、思った以上に素敵な出来映えだったのです。

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なので嬉しくなり、アリゾナ旅行の方も作り出してしまいました。

アリゾナに一緒に行った仲間たちにプレゼントしようと思って、本人の写真に変えて、一冊ずつ違うフォトブックを作りました。

そんな事を夜になって夢中でやり出したものだから、エジプトの記事を書く時間がなくなってしまいました。。(汗)

旅行記は、まとめるのにもの凄く時間がかかるんです。

毎回、3時間はかるく要しているかと。

なので、困った時の照子さん頼み!って事で、久々に「世見」でーす。

そうそう、エジプトのフォトブックは、後日、読者さまにプレゼントさせて頂きますね。

うちの親が、「これ、あんたが撮ったの?売ってる写真集みたいだね。」と言ってくれました。

コンパクトで可愛いんです♡

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それに、エジプトのレア写真満載よ。お楽しみにしていて下さいね。


松原照子さんの「幸福への近道」より
今年も揺れる日本列島

<世見>2018.2.24

昨年の暮れあたりから、緊急地震速報が鳴るかもしれないと思い、揺れやすいので気を付けてとこの世見に書かせていただきましたが、1月5日の午前11時頃携帯が鳴り出し身構えましたが、ありがたいことに震度3でした。

今年もいつ緊急地震速報が発信されるかわかりません。

茨城沖千葉沖も、福島沖宮城沖も、東日本大地震の時の歪がまだ残っていると思えるのです。

日本海側も同様で、歪が蓄積されているとも思います。

地図を触ると胸の奥がキューンとなる場所が多過ぎます。

千島カムチャッカ海溝、日本海溝、伊豆・小笠原海溝も、東日本大地震の影響を受けていると思い込んでもいます。

千島カムチャッカ海溝が大きく動く日も近付いている気がします。

十勝に断層があるとしたら、この千島カムチャッカ海溝で大きな揺れが起きると思うし、根室・釧路・帯広は今後気を付ける場所にも思います。

新庄盆地、それと糸魚川の辺りも、今後揺れやすい場所に思いました。

三浦半島が細やかに揺れる日が続くことが起きると、小田原の辺りまで揺れを感じる大きめの揺れが関東は体験するとも思いますが、次大きく揺れると、揺れが広範囲に及びそうに思います。

今年も、関東は揺れを体験しそうです。東京23区の揺れる日も来ます。

地震を好きな人はいません。

恐れる前に、今生きていることがどれだけ尊く、自然界に生かされているかを自覚して、自然界に感謝することを忘れずに暮らすと、ご自分を守る神様がパワーを全開にして守ってくれます。

震度6以上の地震

<世見>2018.2.8

30年以内に震度6弱以上が起こる確率が高いですよ、と発表されたのがいつだったかは知りませんが、今から10年前には、もうすでに文部科学省だったかが発表していたと思います。

なのに、新しく発表される度に「30年以内」と言っているように思うのですが、勘違いでしょうか。

1995年に起きた阪神淡路の大地震後、震度6弱以上の地震が次々に起きています。

危険地帯は太平洋側とは決まってはいません。

日本海側にも危険が潜んでいます。
今年も油断出来ません。

私は、書いても書いても書きたくなり、随分と書きため状態が進行しているために、“後出し”になってしまうことも今まで多々ありました。

何故こんなにまで書きたくなるのかはわかりません。

もしかすると、私の身に何かが起きるからなのかもしれません。

私には理由など必要ありませんが、日本の未来は、あまりにも不安材料があり過ぎるのです。

首都東京に直下型地震が起きたとしたら、日本はどうなるのでしょう。

東京都では昼と夜との人口の差が大きいことから、地震の発生時間によって災害の度合いが異なります。

「元禄」 いつもながら、突然この言葉が浮かびましたが、意味はわかりません。

東京オリンピック開催時には、どうか地震が起きないようにと願うようになりました。

立川断層がどこにあるかもわからないのに、不明過ぎるのが気になっているのです。

6弱以上の揺れなど体験したくありませんが、迫りつつあるかも知れず、自然界に「ありがとう」を毎朝言うようになりました。

<転載終わり>

元禄地震は、1703年12月31日午前2時ごろ、関東地方を襲った巨大地震。

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震源は相模トラフの房総半島南端にあたる千葉県の野島崎と推定され、マグニチュードは7.9〜8.5。

海溝型の相模トラフ巨大地震。

立川断層帯⬇︎
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地震は、地球の自然な営みだから、来る時は来ます。避けられません。

だからこそ、1日1日を大事に生きていきたいのです。

先日、「潜在意識セミナー」に参加して、思うことを書き綴ったら、よっしさんがフォローして下さいました。

★潜在意識を自在に活用することについて

よっしさんからのメッセージ⬇︎
潜在エネルギーのセミナーで習う方法は、自分のエゴのために活用する事も可能で、ここで習った事を本気でやれば、強力に願い事を叶える事が出来てしまいます。

いわゆる秘技と呼ばれるものなので、普通は、何年も精神的な修行をして、師匠が認めた人だけに口伝で教えるものだと思います。

なので、本来は自分のためではなく世の中のために使うべきもの。

あるいは、ここぞと言う時や、ピンチの時にだけ使うものかと思うのです。

だから、本来ならば普通の人に知らせるものではなかったけど、これから、どんな災害や危機が訪れるか分からないので、いざという時のためや、自分の夢を叶えるために、御縁の有る方には知っておいてもらいたいと思っています。

自分もしくは先祖が貯めた徳を使う事で願い事が叶うと考えているので、潜在エネルギーを我欲で使い続けると、その時は良くても、やがて自分の徳が尽きたとき、逆に苦労をするんじゃないかと考えます。

そう思えるような例を、沢山知っているので、そこだけ気をつけて、潜在エネルギーを学んで欲しいと思います。

<転載終わり>

この潜在意識の力を活用する奥義は、地震などからご家族や愛する人を守る時にこそ使いたいですね。

97%の使っていない脳を活性化させ、危険を回避する直感を鋭くして、動物たちみたいに地震が起こる前に避難出来るようになっていたらいいんですよね。

私なんて、どっぷり左脳人間だから、直感が動き出すまでどんだけかかる事やら。。。

それよか、UFO呼べるようにしとこう(笑)
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エジプト観光4日目(1/19)は、ホテルからすぐのアビドス神殿にバスで向かいました。

ハウスオブライフホテル
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アビドスでは、古代都市の遺跡が幾つか出土していますが、一番有名なのは、セティ1世の葬祭殿です。

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早朝なのにもう、「ワンダラー、ワンダラー」という子供たちの声が。。(買ってあげられなくてごめんね。あちこちに沢山いるので。)

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この辺りで左手を見て驚きました。

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何と!白い太陽がっ!!

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エジプトの朝は、下の方が砂埃なのか白く煙っている事が多いのですが、それでも太陽がこんなに白く見えるのは珍しいようで、エジプト人のスタッフもびっくりしていました。

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私たちにこれを見せたと言う事は、ここが、とても神聖な場所であるから心しておくように、というメッセージなのかも知れません。

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「セティ1世の葬祭殿」入り口に到着しました。

セティ1世は、ラムセス2世の父親であり、この建物は約3300年前のものなのです。

第ニ列柱室
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しかし、建物は全体的に大変保存状態が良く、レリーフ自体もきれいな色が残っていました。

ホルス神から王である印をもらっているセティ1世⬇︎
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オシリス、イシス、ホルスに捧げ物をしているセティ1世⬇︎
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ジェド柱(中央・左)
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このオレンジ色した「ジェド柱」は、王の儀式で用いられたようですが、用途が不明で「オシリスの背骨」とも呼ばれ、一説では「高電圧絶縁器」なのではないかと囁かれています。

ここセティ1世の葬祭殿は、本当に見所が多く、オーパーツとも呼ばれるあの有名な「ヘリコプターと飛行船のレリーフ」もあるのです。

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このレリーフが騒がれている訳です。

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けれど、昔はファラオが変わると、その後即位したファラオの名前に彫り直したりするので、このレリーフは、父のセティ1世と、息子のラムセス2世二人の名前が重なっているだけのようです。

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つまり、息子のラムセス2世が、この神殿をまるで自分が建てたようにちゃっかり名前を彫り変えてしまったというわけです。

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偶然が成せる技というか、ひとつのレリーフに、ふたつも空を飛ぶ物体があったら、嫌でも目につくというものですよね。

文字が読める人にとっては何でもない事だったので、ヘリコプターに見えた事に逆に驚いたようです。

理由が分かったら、な〜んだぁ、ですよね。

でも、葬祭殿に訪れた時は、話のタネになるので、是非このレリーフを見つけて下さいね。

私は場所がよく分からなかったのですが、このあたりにあるようです⬇︎
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あら!たまたま私が撮影した場所の、ちょうど反対側だったのね⬇︎

第一列柱室
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柱の大きさもお分かりになるかと思います。

だけどここは、一回では語り尽くせません。すごい場所なんです!

続きます。

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