あわただしく時が過ぎ、ふと我に返ると父がいない事に氣づき、例えようもない悲しみがじわじわと襲ってきます。
自分と言う人間をこの世に誕生させてくれた人が消えると言うことが、どれだけの喪失感をもたらすのか、この重大さをあらためて思い知った次第です。
人として誰もが必ず2回、この喪失感を味わう定めなのですね。
私は、父が94歳まで生きてくれたので、かなり遅くの悲しみとなりました。
高齢なので覚悟はしていたつもりですし、充分、親孝行はして来たと思っていました。
ところが、父の最期を看取った後は、後悔ばかりになってしまいました。
まさか亡くなるなんて思いもしなかったから、最期の数日間、なんでもっと会いに行かなかったのか、なんでもっと会話をしなかったのか。。(耳がめちゃくちゃ遠いので、会話に苦労していました)
父が認知症になってしまって母が介護うつになってご飯が食べられなくなってしまった為、やむなく父を介護施設に入所させましたが、どうして家に帰れないのかと、父はきっと寂しかったに違いない。。と。
どんな思いで最期を迎えたのか。。
父はまだ、施設にいるような氣がしている間は大丈夫なのですが、ひとたび父の事を考えると後悔ばかりが思い浮かび、涙を堪え切れなくなります。
まだまだ時間が必要なようです。
誰もがたどる道なのですから。。
このブログを始めたキッカケは、当時お付き合いしていた彼を亡くした事からでした。
なので、ブログをやめるきっかけは、父の死になるのかも知れないなんて考えたりもしています。
ちょっとまだ、ブログを更新する意欲が湧かないでおります。
ごめんなさい。
四十九日が過ぎれば、少しはマシになるのかな?
昼間、母の前では明るく振る舞っていますが、毎晩、ひとりになった時にこんなに落ち込むとは、自分でも思っていませんでした。
それか、氣持ちが落ち着いたら、更新が開くかと思いますが、細々とやって行くのかも知れません。
こんな状況ですが、よろしくお願い致します。
それでも私にはまだ94歳の母がおります。
父の分まで、母を大事にしていこうと思います。









