《四国徳島・阿波川島駅周辺を散策》
久しぶりにブログを更新致します。
今日は聖地である、阿波川島駅周辺を散策したので、その時の様子を写真を交えてご紹介致します。
11月26日、私は、徳島駅から普通電車で車窓を眺めながら、主が学生時代に通われたであろう事を想い描き、阿波川島駅に向った。
阿波川島駅を出て真っ直ぐ歩いて行くと、すぐ右手に「川島特別支部」がある。
この日は、翌日に落慶感謝祭に参加予定の、多くの会員さん達が訪れていて、各々記念写真を撮ったり、参拝されたりしていた。
少し道を戻り、駅を見て右の方へ行き、すぐに右に曲がると、主の御生家がある。
記念写真を撮ってそのまま道を進むと、道はT字道に突き当たるが、左へ曲がり御生家の裏側に出て、そこに畑が見えてくる。そこは、主のお話に出て来る離屋が立っていた所である。
そのまま、道を進んで行くと川島小学校のあった場所に出る。
ここには、二宮金次郎の銅像も残っていた。
写真は桜の枝越しになってしまったが、この桜も小学校時代のものがそのまま残っている。
来た道を少し戻り、左手の小道を入っていくと、これもお話された「主が幼少時に落ちられ、お母様に助けられた溝」がある。
どの様なリアクションをして良いか判らぬまま、少し微笑み写真を撮った。
次は、駅から右側に少し歩いて15分程度の所にある「川島城」へと向かった。
ここは、眺めるだけにして、城の左側にある「川島神社」へ足を向けた。
たぶん、ここのお城や神社境内でも、主は幼少時にお遊びされたことだろうと、思いを馳せ、数十年前の空気を吸うが如くに感じながら、参拝させて頂いた。
その後、神社の左側に上へと続く階段があり、そこを上っていくと、大きく視界の広がった展望所があった。
吉野川である。
時々、写真やビデオで視る風景がそこに広がっていた。
この日は曇りであったが、この時、ほんの一瞬だが、夕日が吉野川の一部を照らしていた。
急いで写真を撮った。
そのまま振り返ると、やはり、よく紹介される橋が見える。
川を眺めながら、ふと丘の左側を眺めて見ると、遠くの小高いところに何となく気になる建物があることに気付いた。
肉眼ではそれが何であるか明確には分からないが、カメラの望遠レンズ越しに視てみると「生誕館」であることが判明した。
下の写真は、帰宅後PCで拡大したもの。
PCでみると、文字もはっきりと見えるが、ブログでは難しいようだ。
その後、生家周辺を散策したが、日も落ち、お腹もすいたので、今日の宿泊場所である徳島駅へと戻ることにした。
《余談》
駅近くの居酒屋で地元料理を堪能しながら、そこで知り合った青年達三名と仲良くなり、話が弾んだ。いつの間にか悩み相談になってしまい、職場の人間関係や、未来について、はたまた政治について等、馬鹿話も交えながら楽しく過ごすことが出来た。
もちろん、最後は確り主の御降臨を伝えることも忘れては居なかった。
青年達も、目を輝かせ聞いていた。きっと何時か、何処かの支部の門を叩くときが来ると堅く信じ、再会を約束し別れた。
《御生誕館》
私は、翌日の27日、落慶記念式典に参加させて頂いた。
27日は前夜から雨が降っていたが、阿波川島駅から生誕館まで歩いて行くことにした。
やはり、聖地川島の空気を思いっきり吸って感じたかったからである。
徳島駅から電車で阿波川島駅まで行ったが、車内で登山の格好をした方とお話することになった。何と成しに知り合って、お話をお伺いすると、四国巡礼されていて、しかし、白装束が嫌で、また趣味で登山もするので、その様な格好で巡礼をしているとのことであった。
三〇分程度お話することが出来たが、勿論、主の御降臨をお伝えする事も忘れては居なかった。これもやはり何かの御縁と、昨夜の若者達とこの方に感謝し、今世の使命を全うされます様にと祈念し、その様な機会をお与え頂いた主に対して、心から感謝せずには居られなかった。
駅に着き、そこから御生家の横を通って、線路下を潜って行くと、地元の方達のお墓が見えてくる。その中央に「中川家」と書いた立派な墓石があった。
そのお墓が何なのかは知る由もないが、感じるものが有り、また、その墓地に縁ある方達も、きっと主の幼少時に深く関わりを持たれた方もおありだろうと思い、感謝の念を捧げさせて頂いた。
御生誕館迄の道のりは、上り道が続く。
傘を差して歩く私の横を、シャトルバスが引っ切りなしに通り過ぎていく。
私は、ゆっくりと雨音を聞きながら歩いていた。しかし、いつの間にか、心の底から嬉しさと感謝がこみ上げてくるの感じていた。
道が右に大きく曲がると、会場を案内されるボランティアさん達の姿が見えてきた。
生誕館に着いたのである。
そこは未だ工事中で、鉄板を敷いた歩道が急ごしらえで作ってあった。私は、足下に注意を払いながら、滑らない様に用心して歩いた。
足下を見ていた目線を上げてみると、そこには美しい生誕館があった。
息を飲む様な、聖なる階段が私を出迎えてくれ、そこを一段一段上がって行くにつれ、その歩調に合わせるかの様に、感謝の念が大きくなっていくのを、私は、はち切れんばかりの心で受けとめていた。
雨が降っていたせいか、階段には誰も居らず、聖なる階段をその時は一人で使わせて頂いた。
落慶記念式典が厳かに行われたが、その事について書くのは止めておく。
何としても皆様ご自身で、参拝され、心で感じて頂ければと思う。
地上に命ある内に、是非、行っておきたい所である。










