無関心な人と執着 | 思いつくままに

思いつくままに

何となく疑問に感じたことや納得できないことを自分で腑に落とすために書いてるようなもんです。

昨日、無関心な人は執着心もなくて、うらやましいとは書いたものの本当にそうなのか?


確かに執着しないのはうらやましいとは思う反面、誰からもアテにされないのもどうなんだろう。人と深く関わりがない、それはそれで味気ない人生ではないのか?


例えば親友と呼べる友人もいない。愛に執着がなければ恋人もいない。まぁそれに全く興味がないから無関心な人なんだろうけど、誰も好きにならないって、むしろどういうことなんだろうと疑問も感じた。

心から好きだと感じる、愛してると感じる。その感覚や感情が欠落してるってことじゃないか?確かに好きな人に執着心や嫉妬心がなければ、どんなに楽かとは思う。相手が誰と会ってようが、何日連絡がなかろうが相手に執着がなければ全く気にならないわけだ。そんな恋や愛ならどんなに楽かと考える。


が、逆に言うと、そんな感情や感覚を感じるからこそ本当に好きであり、愛してる人なんだと実感するのではないだろうか?

好きな人、愛する人だからこそ、今どうしてるんだろうと考えるし、連絡がなければ不安にもなる。でも、友人ならどうだろう?執着心が全くないから深く考えないように感じる。

友人だって失いたくはない、が、恋人ほど切実に失いたくないとは考えないし、友人はいつまでも友人だと思い込んでるから…

恋人はいつまでも恋人ではない。好きという感情が無くなったらもう他人。友人であることに好きという感情は不必要なのか?


タイトルからズレたようにも考えるけど、感情が無いこと、執着心がないことも、あまりに薄っぺらな人生じゃないか?と考え直してしまう