四国4日目の5月4日。
今日は九州に渡りますが、昼までに八幡浜港に着けばいいので、朝一、内子に寄って少し散策してみました。
内子には内子座という古い芝居小屋があり、それを観てみたかったのですが、内子座以外にも江戸から大正にかけての町並みが保存されているのですね。
重要文化財クラスの建物もいくつかあります。
こちらは木蝋生産で財を成した豪商の芳我家の本家、本芳我家住宅。
懸魚、鏝絵、海鼠壁、出格子など、随所に凝った意匠が見られます。
通りには敵の進行を妨げる枡形もあります。
こういうのは江戸期の名残ですね。
その昔ながらの町並みからは少し離れたところに内子座があります。
正面に唐破風、屋根の上には太鼓櫓を備えた瓦葺入母屋造。
大正5年に建てられたもので、重要文化財に指定されています。
同じ愛媛県にある道後温泉本館とも似た雰囲気が感じられます。
一階平席は桝席になっています。
昔は枡単位で席が売られていたそうです。
舞台から客席方向。
二階席は大向という低料金の客席。
左右には桟敷席。
天井も凝ってます。
二重折上格天井という格式の高い天井で、二条城二の丸御殿大広間の上段の間などが有名です。
舞台は回り舞台になっており、せりも設けられています。
奈落にも下りられるようになっていて、せりや回り舞台の仕掛けも見ることができます。
花道にはすっぽんと呼ばれる装置も設けられています。
すっぽんの下も見られます。
内子座の窓の一部には建築当時のガラスが残っています。
ガラスの向こう側が揺らめいているように見えるのが当時のガラスだそうです。
とっても素敵な芝居小屋です。
一度こういう所でお芝居や落語などを鑑賞してみたいです。
内子座を見学した後は、入場券(セット券)に含まれていた商いと暮らしの博物館と木蝋資料館上芳我邸も見学しました。
こちらは重要文化財に指定されている上芳我邸。
芳我家の筆頭分家で本家と同じく製蝋を生業としていたそうです。
かなり広いお屋敷です。
内部も弁柄塗りで部屋の中もほんのりと弁柄色を帯びています。
2階は未完成のままのようで、不自然に広い空間になっていますが、小屋組がよく見えます。
中庭も大きいです。
上芳我邸は住居と木蝋生産施設が一体となっています。
木蝋の原料となる実がとれるハゼノキ。
漆の仲間だそうです。
漆と蝋というと、藤沢周平の「漆の実のみのる国」を思い出しました。
漆蝋の殖産に励んだ上杉鷹山公の時代の米沢藩の話ですが、結局、この西国のハゼノキの実から作る櫨蝋に押されて成功しなかったんですよね。
そのハゼノキの実から作る櫨蝋ですが、内子で主に生産していたのは和ろうそくの原料となる生蝋ではなく、生蝋から不純物を取り除いて漂白した白蝋で、化粧品や文房具などに使用されたそうです。
他の産物でも思うことですが、当時の製法だとかなりの労力を必要とし、それほど多くを生産できるわけでもなかったと想像しますが、それでもこれほどの屋敷を建てられるほどの財を成したというのが、現代の感覚だとにわかに信じがたいところがあります。
でもある意味では今よりもいい時代だったのかも。