福島遠征2日目の10月4日、安達太良山に登ってきました。
山に登る前、深田久弥の「日本百名山」の安達太良山の章を読んでいると、高村光太郎の詩集「智恵子抄」に歌われた安達太良山のこと、そして高村光太郎と妻智恵子が安達太良山を眺めた丘に上ってみたことが書かれていました。
山に登る前、あるいは登った後には、その山の全景を遠望すると、その山の記憶がよりしっかりと根付きます。
また、その山にゆかりのあるものに触れると、より味わい深い登山となります。
ということで、私も登山の前に、深田久弥と同じように、高村光太郎と智恵子が登った裏山の上に立ち、「智恵子抄」に収められた傑作「樹下の二人」に歌われた安達太良山や阿武隈川の景色を眺めてみました。
ここには「樹下の二人」の一節が刻まれた歌碑もありました。
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あれが阿多多羅山、
あの光るのが阿武隈川。
ここはあなたの生まれたふるさと、
あの小さな白壁の点々があなたのうちの酒庫。
それでは足をのびのびと投げ出して、
此のがらんと晴れ渡った北国の木の香に
満ちた空気を吸はう。
あなたそのもののやうな此のひいやりと快い、
すんなりと弾力のある雰囲気に肌を洗はう。
高村光太郎
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この丘は二本松市にある鞍石山という山で、高村智恵子の生家の裏手にあります。
安達太良山と反対側を眺めると、中央やや左に白く光るのが阿武隈川。
手前の集落の右の端の方に高村智恵子の生家があります。
その生家がこちら。この裏には記念館もありました。
あいにく、まだ開館前ではありましたが、この地域一帯は「智恵子のまち」として高村智恵子ゆかりの史跡めぐりが楽しめるようです。
鞍石山にはもう一つ、鞍掛石奮跡というものがあります。
これは伊達政宗が二本松城を攻める際に片倉小十郎盛重がここに布陣し、愛馬の鞍を下ろして巨石に掛けて馬を休ませたという話を後世に語り継ぐために建てられた碑なのだそうです。
その二本松城にも寄ってみました。
高石垣も見事だし、箕輪門も立派です。
この二本松城も昨日立ち寄った白河の小峰城と同様、戊辰戦争の舞台になった場所。
会津の白虎隊などと同じようにこちらでも二本松少年隊が国を守るため奮戦したそうです。
二本松城内にはいくつか見どころもあるようですが、この日の城内は菊人形の準備中だったので、間をすっ飛ばして天守台へ。
こちらからは安達太良山がよりきれいに見えました。
さて、ここからようやく安達太良山登山です。
二本松市内から車で奥岳登山口のあるあだたら高原スキー場に向かい、そこからロープウェイで標高1350mまで一気に上がります。
ロープウェイの山頂駅から少し歩くと、薬師岳展望台に着きます。
ここからは安達太良山の全景を一望でき、また、高村光太郎の「あどけない話」に歌われた”ほんとの空”の標柱が立っています。
安達太良山の上の空は、朝方は晴れていたのに、ここに着いた頃には薄曇りになっていました。
ただ、”青い空”ではありませんが、見事な紅葉が見られました。
赤に橙に黄に緑。
上の方がやや赤が強く、山頂から紅葉が下りてきていることがよくわかります。
さて、山頂に向けて登り始めます。
最初は灌木の中を歩いて行き、やがて視界が開けてくると、間近に紅葉が迫ってきます。
ナナカマド。
リンドウ。
ツルリンドウ。
マイヅルソウ。
ゴゼンタチバナ?
シラタマノキ。
うーん、なんでしょう?
この季節は花や実よりも紅葉ですね。
ミネカエデは黄色から橙色。
赤いのはツツジ類。
少し登っては振り返り。
那須岳もすごかったですが、安達太良山の紅葉もスケール感では負けてませんね。
(2)へつづく...