高知散策(2) | Archive Redo Blog

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DBエンジニアのあれこれ備忘録



高知2日目は、早朝まず高知城へ。

ゴールデンウィーク中は8時から開いているということで7時半頃から散策開始です。

まずは追手門。

櫓型の門で、門前が枡形になっており、攻め手を三方から攻撃できます。

追手門の前に小さく写っている石柱がありますが、この石柱には「国宝 高知城」と記されています。

今は重要文化財ですが、戦前は国宝だったそうです。

昨年、松江城が国宝に指定されたことから、高知城を再び国宝にという機運が高まっているのだとか。




高知城は関ヶ原後に土佐一国を与えられた山内一豊が築いた城です。




大河ドラマ「功名が辻」で広く知られるようになりましたが、山内一豊と言えば、その正室、千代(まつという説も)の内助の功によって出世したという逸話が数多く伝えられています。

高知城内には、そんな逸話の一つ、嫁入りの持参金で一豊に名馬を購入させ、それが信長の目に留まり加増されたという話に因んだ像もありました。




そして、土佐出身で自由民権運動を主導した板垣退助の像もありました。




追手門から入って石段を上がり、杉ノ段から仰ぎ見た天守。

三層六階建ての望楼型天守で、入母屋破風の上に唐破風の意匠、最上階の黒漆で塗られた高欄などが特徴的です。




杉の段から石段を上がり、鉄門跡を過ぎると正面に詰門が現れます。

本丸と二ノ丸の間に設けられた門で、一階部分は籠城用の塩蔵、二階部分は本丸と二ノ丸をつなぐ渡り廊下であり、家老・中老らの詰所にもなっていたそうです。




三ノ丸から見た天守。

この角度から見るのが一番美しいように思います。




二ノ丸への石段から見た天守と東多聞。





二ノ丸に上がると、先ほどの詰門、その後ろに廊下門、さらにその左斜め後ろに天守が見えます。

この詰門の中を通り、廊下門をくぐり、本丸に抜けると受付があり、入場料を払って天守へ。




天守には本丸御殿が付随しています。

本丸御殿が現存しているのは、現存十二天守の中でも高知城だけなのだそうです。

このユニークな波の欄間は土佐の荒波を表現したもの。




上段ノ間は藩主の御座所。

大河ドラマ「龍馬伝」で山内容堂公が座っていたシーンを思い起こします。




本丸御殿に続いて天守に登ると、城下が一望できます。

こちらは南側の景色。




こちらは北側の景色。




また、西側の下を見ると、東多聞、廊下門、西多聞、黒鉄門と、本丸を囲む建物群がよく見えます。




細かな仕掛けもいろいろあります。

本丸御殿側から見た横長の武者窓と丸型の狭間。




外から見ると、その下に石樋もあります。




天守の下端に設けられた石落としと忍び返しの鉄剣。

現存するものとしては全国唯一のものなのだそうです。

右手の窓は連子窓になっていますね。




石樋は杉の段の下の石垣にも見られました。

これも他では見られない珍しいものなのだそうですが、雨の多い土佐においてはこうした排水の機構も重要なのですね。

野面積みの石垣が多いのも、排水能力が高いからなのだそうです。




その他、追手門脇の石垣には、「エ」や「ケ」などの刻印も見られました。


と、細かく観たつもりではありますが、まだいくつか見落としがあった模様。

城を観るのはなかなか難しいものです。