
松江城周辺を午前中で回った後、午後は出雲大社に向かうことにしました。
マイカーでの旅ですが、あえてローカル私鉄、一畑電車に乗って。
一畑電車では、大都市圏の私鉄のお下がり車両を使用しているのですが、私が乗った3000系は、元南海電鉄21000系とのこと。
黄色にブルーのラインの編成のほか、南海カラーの編成も走っていました。
記憶は定かではないですが、たぶん、南海時代に一度や二度は乗っていたのではないかと思います。
古い車両だけによく揺れますが、松江しんじ湖温泉駅から一畑口駅までは車窓から宍道湖の大パノラマが見られ、爽快です。

また、一畑口駅では平地なのになぜかスイッチバックがあって進行方向が逆になったり、川跡駅では松江方面行き、出雲市方面行き、出雲大社方面行きの列車が同時に到着して三方向入り乱れての乗り換え大移動があったり、女性乗務員が観光案内のアナウンスを行ってくれたりと、景色や車両以外にもおもしろいところがいろいろあります。

他にもこの「デハニ50形体験運転」や「ご縁電車しまねっこ号」や「ビール電車”酔電”」など、様々なイベントやサービスを実施されているようで、とても活気のあるローカル線に感じられました。
映画「RAILWAYS」の舞台にもなったんですね。
出雲大社に行くなら一畑電車、おススメです。

出雲大社はお盆ということで多くの参拝客で賑わっていました。
初めて来るので知らないことだらけだったのですが、出雲大社は正式には”いずもおおやしろ”と読むのですね。
参拝の作法も、一般的な神社の二拝二拍手一拝ではなく、出雲大社では二拝四拍手一拝だそうです。
また、参拝の順序も、まず最初に祓社にお参りするらしいのですが、これが小さくてあまり目立たないもので、ほとんどの方がスルーされていました。
そのあとは、手水舎で手と口を清め、拝殿にお参りするのですが、拝殿の裏側に回ると、特別に八足門を潜って本殿にお参りできるようになっていました。
しかし、八足門を潜るには、やや緩めのドレスコードがあり、袖のない服、短パン、サンダルなどの方は門前払い。
夏の暑い時期ですから、知らずに来るとかなりの確率でアウトになってしまいますよね。
ただ、ドレスコードがあろうがなかろうが、出雲大社を参拝するにはちょっとラフすぎる人が目立っていたような気がします。

本殿をお参りした後は、本殿に周囲を回りながら各摂末社にお参りするという手順になっているのですが、横や後ろからは本殿の姿もうかがえます。
ただ、60年ぶりの遷宮ということでしたが、何かあまり新しくなった感じがしません。
出雲大社の場合は伊勢神宮のように丸ごと新しいものに作り変えるというわけではないのですね。
また、この本殿、建物は南が正面になっているのですが、御祭神大国主大神は右奥の一角に西向きに鎮座されているとのこと。
本殿の周りをぐるりと回ると、ちょうど御神座の正面に拝所が設けられており、最後にここで改めてお参りするのが作法となっているようです。
予習をしてこないと、このとおりに参拝するのはまず無理でしょうね。

そういえば、拝殿の大注連縄をみて、「ん? 思ったより小さいな。」と思ったのですが、テレビでよく見る大注連縄は、拝殿の西側にある神楽殿のものなんですね。
この神楽殿は近代的な作りになっていますが、一体何のためにあるのか...過去に複雑な経緯があったようです。

出雲大社に祭られている大国主大神は、”国譲り”の神話で知られる神ですが、一般には稻羽之素菟(因幡の白兎)の説話で兎を助ける神としての方が有名かもしれませんね。
というわけで、出雲大社の敷地内のあちこちにうさぎ(の像)もたくさん居ました。

出雲大社に参拝した後は、その東側にある「古代出雲歴史博物館」へ。
古代から近代までの出雲地方の歴史について学べるこの施設ですが、もちろん出雲大社の歴史も紹介されています。
古代の出雲大社の本殿は高さが今の約2倍の48mもあったと言われますが、当時の姿を想像して模型にしたものはこんな感じです。
このとおりであったかどうかはともかく、古代にこのような建物を建てる技術があったとは驚きです。
この他には世界遺産の石見銀山や「もののけ姫」でもおなじみのたたら製鉄の展示、そして何より荒神谷遺跡で発掘された銅鐸、銅剣、銅矛の一括展示が圧巻でした。
古代出雲の歴史に興味のある方にはおススメです。

さて、出雲大社からの帰りはもちろん、一畑電車。
行きと同じ車両がお出迎えでした。
ちょうど夕暮れ時。
晴れていれば、車窓からは夕日に染まる宍道湖を見れるはずですが、この日はあいにくの曇り空でただ暗くなっていくばかり。
晴れの日はあえて夕暮れ時を狙って乗車するのもいいかもしれません。