ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11)/早川書房- ¥1,100
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村上春樹訳のレイモンド・チャンドラーの私立探偵フィリップ・マーロウものの代表作。
日本では長年、清水俊二訳でお馴染みの作品で、私も昔読んだことがあるのですが、数年前にこの村上春樹訳が新たに出版されたので、どう違うものかと興味本位で読んでみました。
と言っても、清水俊二訳の「長いお別れ」を読んだのはもう20年ほど前のことで、話の筋のほとんどを忘れてしまっており、比較もへったくれもないんですが、その辺りのことについては、村上氏本人によるあとがきが補ってくれました。
この作品を読み進めながらまず思ったことは、昔読んだ時の印象と異なり、どうも読みにくいということ。
回りくどく無駄な描写が多く、話の流れにスムースさを欠いていて、読んでいてなかなかドライブが掛からない感じなんです。
それもそのはず、清水俊二訳の場合は意図的に細かな描写をかなり削っているとのこと。
それでも、それはそれで筋や雰囲気を理解するには何ら不足はなく、むしろ軽やかに愉しく読めるという点で優れた翻訳ではあると思います。
それに対して、村上春樹訳では、回りくどい部分も含めて原作の魅力を余すところなく伝える完訳版とでもいうべきものを目指したとのこと。
これはこれでまた、チャンドラーの文章の本当の魅力に触れるには原文を読むしか術がなかった日本の愛読者にとってはうれしいことです。
どちらがいい、悪いではなく、両訳は併存しうるものかと思います。
そんな翻訳の話のほか、チャンドラーの文章の魅力など、一本のエッセイとしても出せるくらいに充実したあとがきもこの作品の大きな魅力です。
私がフィリップ・マーロウという存在に対して抱いていた、”魅力的ではあるが、本当はどういう人物なのかわかるようでわからない”感覚についても、納得のゆく解釈を示してくれました。
それにしても、チャンドラーが描くフィリップ・マーロウがいる世界、カリフォルニアの風の中にどことなく村上春樹作品の香りを感じてしまうのは面白いですね。
もちろん村上春樹訳だからということもありますが、村上春樹作品自体がチャンドラーの作品の影響を受けているからという側面もあるのでしょうね。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))/早川書房- ¥1,050
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