競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書)/齊藤 誠- ¥777
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2002年から2007年にかけての「戦後最長の景気回復」と呼ばれる時期。
国民生活においておおよそ実感に乏しかったと言われるこの景気回復について、著者は、為替相場が示す「目に見える円安」と、各国の物価動向の違いからくる「目に見えない円安」の2つの円安によってもたらされた見せかけの豊かさであり、2つの円安のもと、輸出によって得た利益は株主や雇用者に十分に還元されることなく、過剰な設備投資へと消え、交易損失という形で流出したと分析しています。
その過程で影の部分としてクローズアップされたのは格差・貧困の問題ですが、この問題に関しては、ごく一部の人々に企業の生産コスト圧縮のしわ寄せが集中した一方で、組織に守られた大部分の人々が安堵し、緊張感を失ってしまったことにこそ問題がある、そこにメスを入れない限りは真の豊かさを得られないと訴えます。
豊かな幸福を手にするため、本書で主張するメッセージは以下の3点に集約されています。
- 一人一人が真正面から競争と向き合っていくこと。
- 株主や地主など、持てる者が当然の責任を果たしていくこと。
- 非効率な生産現場に塩漬けされていた労働や資本を解き放ち、人々の豊かな幸福に結びつく活動に充てていくこと。
中でも最も強調されているのは1つ目。
つまり、今問題となっている格差や貧困は、競争原理が貫かれた結果ではなく、競争原理を大きく逸脱し、一部の人々に痛みを押し付けた結果であり、その他大部分の人々が嫉妬や保身といった感情を抑え、競争と真摯に向き合い、他者に配慮し、相応に分かち合うことで克服できるのではないかということです。
ただ、これは具体的な政策論ではなく、個人の美意識や道徳に訴求するものであり、一人一人がそういう意識を持った上で、なおかつ社会全体でその意識を共有していかなければ実を結ぶものではありません。
しかし、高度経済成長が過去のものとなり、成熟社会、定常型社会への転換を余儀なくされている今の日本にとっては、小手先の経済政策よりも、豊かな幸福を手に入れるためにいかに働き、いかに投資するか、そういうところに立ち返って考えることのほうがむしろ重要なのではないかとも思います。
経済書でありながら、一人一人の働き方、生き方を考えさせられる一冊です。