成熟日本への進路 「成長論」から「分配論」へ (ちくま新書)/波頭 亮- ¥819
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政界や財界から、景気回復、経済成長という言葉が発せられる時、そのほとんどが、どうもいまだにかつての高度経済成長期のイメージを引きずったままで語られているような気がしてなりません。
多くの国民はもうそんな成長モデルを望むことはできないということに気づいているはずです。
しかし、現実には、国家としてポスト高度経済成長期の経済成長モデル(いや、もはや全体としての成長は望めないので単に経済モデルというべきか...)を明確に示し、国民全体で共有するということがいまだにできていません。
本当は、10年、20年前に方向転換をしていて然るべきだったのかもしれません。
にもかかわらず、何兆、何十兆円という巨額の資金を投じて無駄な経済対策を繰り返してきた結果、国と地方の借金はどんどん膨れ上がり、将来を担う世代に掛かる負担はますます大きくなっているというのが現状です。
本当は誰も望んでいない幸せを前借りしているようなものです。
本書では、そんな日本の現状を踏まえた上で、成熟フェーズにおいて必要とされる新しい国家ビジョンとその実現のために必要な経済政策を示しています。
その国家ビジョンとは、「国民の誰もが、医・食・住を保障される国」を実現するという非常にシンプルなものです。
ありふれたビジョンのようですが、結局そこに収斂されるんですよね。
医療、介護、年金、雇用...
これらは、多くの国民が不安視している問題であり、社会保障の拡充によってこれらの不安を解消することこそが、成熟社会において求められている国家の使命であるということです。
それを実現させるための施策として、著者は以下のようなことを挙げられています。
・国民負担率を10%程度引き上げ、欧米並みにすることで財源を確保する。
・産業構造を医療・介護や外貨を稼げる産業へとシフトさせる。
・教育投資の拡充や、企業活動の自由度の拡大によって経済活力を確保する。
これらの施策については、様々な考え方があると思いますが、私が特に共感したのは、この中で語られていた「高福祉だからこそ自由経済」という考え方です。
つまり、
国が手厚い社会保障を実現すれば、国民の雇用に対する不安が軽減される。
そうすれば、国は企業の雇用や処遇に対して過度の規制をかける必要がなくなり、企業は雇用調整によって市場の変化に柔軟に対応できるようになる。
その結果、企業の競争力が強化され、利益を上げやすくなり、その利益は回り回って国の社会保障の原資となる。
という良循環のロジックが見えてくるというわけです。
雇用に関して今の政府がやろうとしているのはこの逆なんですよね。
手厚い社会保障を実現し、かつ企業に過度の雇用保護を要求する...
一見素晴らしい社会保障のように思えますが、著者も指摘しているように、この組み合わせは経済活力を奪う非常に危険な政策だと思います。
と、個々の施策についての感想はこれくらいに留めておきますが、
国家ビジョンを示し、その実現に必要な経済政策を示し、最後に、著者が多くのページを割いて説いているのは、その経済政策を遂行するためには組織・制度の改革が必要であるということです。
すなわち、変化を好まず、自己増殖を追い求める官僚機構という大きな壁を打破するということ。
結局、そこですか...ですよねぇ...と、遠い目になってしまいます。
しかし、前途は多難ですが、まずはこのような成熟フェーズにふさわしい国家ビジョンについての議論を深め、社会全体のコンセンサスを得ていくことが先決ですね。