Life After OMA -2ページ目

SUSの結果が出ましたね。

先月提出したSUSのコンペの結果がでましたね。

結果発表はこちらから→SUSホームページ

当選した人の名前と審査員の総評しか載っていないので、どんな作品が当選したのか検討もつかないですが、是非拝見して勉強したいです。


今回は完全に消化不良の作品を提出してしまいました。

結果が出る前から当選をしないとわかってましたから。短期間でやっつけでやってしまったのは残念ですが、完全に審査員が求めてる物を読み違えていました。

残念な物ですが、来月の頭に僕の作ったものをここに軽く載せてみたいと思います。

number1でなくてonly1を目指すという事

30歳を越してからJAZZに惹かれるようになった。

それまではトランスやテクノ等の頭がおかしくなりそうな音楽が好きだった。当時はクラブミュージックというのが好きだった。

やはり年のせいなのか、それともニューヨークというメトロポリタンに住んでいた影響なのだろうか。

New Yorkという街ほどJazzが似合う街はない。それは、Jazzがアメリカという文化で生まれ育まれてきたらかなのだろう。

最近、気になるJazz Pianistがいる。

Eric Lewis(エリック・ルイス)


彼は自分独自のスタイルを追求するプロセスにおいて、椅子に座らずにピアノを演奏したり、ピアノの弦を直接弾く事によって音を奏でたりするスタイルを確立した。

戦うピアニストとでも言えば良いのだろうか。




彼はまさに僕が好きな言葉を体現した人である。

それは、not to be number one, be only one.

1番になるのでなくて、唯一になれって事です。


建築でもそうだが、他の人達が真似をする事が出来ない確固たるスタイルを確立した人は成功されているケースが多い。

日本に生まれ育ち、大学教育をアメリカで受け、ニューヨークという世界の中心でヨーロッパの会社で経験を積んだ僕は日本へと帰って来た。他の人達には中々出来ない経験だと思う。

そんな僕が人とは違うonly oneに慣れる為にはいったい何が出来るだろうか。

試行錯誤の日々です。

流行っているらしいです、ウィルス性の感染症

今週1週間、見えない敵ウィルスに負けベットから動けない状態でした。

月曜の昼すぎに背中に悪寒を感じたと思ったら、同日の夜には激しい寒気を伴う頭痛と唾を飲み込むのも辛い程の喉の腫れに襲われていました。

今週は週末締め切りの仕事があるので早めに医者に行って治そうと思い、次の日家の側にあるクリニックに行ってきました。

この時点で、インフルエンザの時以上に頭が割れんばかりの頭痛に見舞われていました。

先生に症状を説明すると、直ぐに血液検査をされた後に抗生物質2本分の点滴を打つ事になりました。

20分の点滴が終わり、先生の元に戻ると血液検査が終わっていました。それを見て、先生がビックリしてる様子です。

何事か、、、、???



「これは大変だったでしょう」と一言。



普段の白血球の数値は6000位なんですが、その時の僕の数値は、




20,000



普段の3倍以上です。


それは辛いはずです。


先生曰く、ここまで酷い数値の人は今年初めてだと言われましたあせる

その日は一番強い抗生物質と解熱剤を貰って家に帰りました。

翌日、薬のおかげで熱もさがり楽になったと思ったのもつかの間、腹痛に襲われます。

この腹痛が辛いガーン

ほぼ食中毒と同じ痛みです。シカゴで食べ物にあたって、血まで吐いた時の事がフラッシュバックします。やはり、その夜は10回程度嘔吐し、一睡も出来なかったです。

翌朝病院に行き、即効で抗生物質と脱水症状予防の為の点滴を2本打ってもらいました。

その日は、胃薬と腹痛に効く薬を貰って帰りました。それが金曜日の事です。今では薬のおかげで、70%のところまで回復しています。

金曜日迄に口に入れる事が出来た物は水、ポカリ、ヨーグルト、ウィダーインゼリーのみ。アポロ時代の宇宙飛行士みたいな食生活を送っていました。

土曜日になって、ようやくうどんを口に入れる事が出来る様になりました。しかし、意外に痩せていなかったので残念です。きっとウィダーインゼリーのカロリーが高いんですね。


前ふりが長くなりました。

流行ってるそうですよ、今年はお腹と喉に同時にくるウィルス性の感染症が。

症状は、その人の体調にもよるみたいです。僕のケースは、感染した時に僕が相当弱っていたんでしょうね。白血球数が3倍以上になるまでウィルスが暴れてしまいました。

気を付けて下さいね。帰ったらうがいと手洗いは必ずして下さい。

さもないと、相当苦しい思いをします。

どんなかって???

インフルエンザと食中毒に同時に襲われた状態を想像してみて下さい。

olafur eliasson @ Gallery Koyanagi

昨日、銀座での打ち合わせの後に銀座にあるギャラリー小柳にolafur eliassonの個展を見に行ってきました。

以前、何度かブログでも取り上げましたが、olafur eliassonは、光、影、鏡を多用して現象的な作品を多く作りあげるデンマークの現代アーティストです。

今回の個展は今年の頭にニューヨークのTanya Bonakdar Galleryで展示されていた光と影の作品の一部と今年作成された新しいムービーが公開されていました。(他に照明や写真)

この新作のムービーは、小型のトラックに大きな1枚の鏡を載せて、ヨーロッパの都市でよく見られる
ローターリーをトラックが周回し、その鏡に映り込む景色を撮影するというものでした。

彼は頻繁に作品に鏡を取り入れるます。今迄の作品の鏡はStill(動かない)の状態だったのですが、この作品ではmotion (動いてる)の状態で時間軸を足し今迄使っていた彼の言語をもう1つ先に進めようとする試みだったんでしょう。

しかし、目新しいという感じはしなかったです。

作品の説明を読みたいと思い、受付に行き説明文を探していると一枚の紙が目に飛び込んできました。

作品の名前と簡単な説明文がそこにはありました。その横に¥のシンボルが、、、

この作品達が売られている事に初めて気がつきました。

どの位するのか0の数を数えてみると、、、、、

いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、

ん???

もう一度、、、

いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、

に、

に、

にせんろっぴゃくまん

¥26,000,000

これが二千六百万円の作品です。

Life After OMA

Life After OMA
これは今年初めにNYのギャラリーで撮ったものです。


何かを極めるって凄い事なんですね。

ある意味順調に動き出しました。

今月に入って仕事の方でバタバタしてブログをほったらかしにしていました。

ランキングも1000以下になって見捨てられた感がある僕のボログですあせる

仕事が忙しいと言いましたが、残念ながら建築の仕事が入ってきたわけでありません。片手間にしてるパースのお仕事の依頼がはいってきました。こちらの会社はもう一人のパートナーと一緒にやらせて貰っています。

東京に出て来てから、そっちの方の仕事もポツポツと入ってくる位だったので時間を見つけてコンペをしていたわけです。

しかし、今月に入って新規のクライアントから2件仕事の依頼が来ましたアップ

アトリエ系の事務所とゼネコンの大手からです。

クライアントだけを見ると、日本の最大手設計事務所とゼネコン最大手を相手に仕事をしてる事になります。

野望としては、このパースの仕事を拡張してプレゼン全般を扱える業務にし、その先はブランディングを出来る会社にしたいと思っています。

もちろん一番やりたい事は建築なんですが、プラダのブランディングやEUROの政治的なアイデンティティーや都市あり方等、斬新なアイディアを提案するOMAのシンクタンクAMOからこのアイディアは来ています。

僕の場合はもっと商業的な所を目指したいのですが。

腐る程いる建築家達の中で、ハード(建築)だけを提供するのでなく、そこに備わるソフト(コンテンツ)も一緒に提供出来る多彩な建築家というのが一歩先を行く建築家になるのではないかと思っています。