建築家との家創りって?
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整ってきたときほど、違和感が見えることがある

打ち合わせを重ねて、
図面や仕様がだいぶ整ってきたころ、

 

「ほとんどいいと思うんですが、
 ここだけ少し気になっていて…」

 

そんな声を聞くことがあります。

 

大きな方向は決まっている。

 

全体としては、
まとまってきている。

 

それでも、
一部分だけが引っかかる。

 

この感覚に、
少し戸惑うこともあるかもしれません。

 

ここまで整ってきたのに、
なぜまた違和感が出てくるのか。

 

もう少しで終わりのはずなのに、
また立ち止まってしまう。

 

けれど、
この変化はとても自然です。

 

設計の初期は、
全体を見る段階です。

 

大きな方向や、
暮らしの骨格を整えていく。

 

そのときは、
細かな違和感は
まだ見えにくい状態です。

 

そして、
全体が整ってくると、

 

今度は視点が
細部へと移っていきます。

 

余計な迷いが減ることで、
小さな違いに気づけるようになる。

 

整ってきたからこそ、
見えてくるものがある。

 

違和感が出てくるのは、

 

設計が崩れているからではなく、

 

むしろ、
精度が上がっている状態とも言えます。

 

大きな方向に問題があれば、
そこに意識が向きます。

 

けれど、
そこが整っているから、

 

細かな部分に
目がいくようになる。

 

その違和感は、
無理に消す必要はありません。

 

どこでそう感じるのか。

 

どんな状態なら
しっくりくるのか。

 

それを少しずつ
確かめていくことで、

 

空間は
もう一段整っていきます。

 

整ってきたときに出てくる違和感は、

 

終わりを遠ざけるものではなく、

 

仕上がりを
より自分たちらしいものへと
近づけるための手がかり。

 

その感覚をそのまま受け止めて、

 

あと少しだけ、
丁寧に見てみる。

 

その積み重ねが、
静かな納得につながっていくのだと
思っています。

安心と不安が同時に存在する状態

打ち合わせを終えた帰り際に、
こんな言葉を聞くことがあります。

 

「安心しているんですが、
 同時にちょっと不安もあって…」

 

ここまで進んできた実感がある。

 

方向性も見えている。

 

だからこそ、
ほっとする気持ちがある。

 

けれどその一方で、
どこか落ち着かない。

 

はっきりした理由はないのに、
小さな不安が残っている。

 

この二つの感覚が、
同時に存在する状態です。

 

安心しているのに、不安もある。

 

矛盾しているように見えますが、
この状態はとても自然です。

 

設計が進むほど、
選択は具体的になっていきます。

 

その分、
「決めた」という実感が強くなる。

 

安心は、
その積み重ねから生まれます。

 

一方で、
選んだということは、

 

選ばなかったものが
確実に存在しているということでもあります。

 

もっと別の形があったかもしれない。

 

気づいていないことが
まだあるかもしれない。

 

そうした余白が、
不安として残る。

 

また、
ここまで考えてきた時間が長いほど、

 

その選択に対して
慎重になるのも自然なことです。

 

簡単に決めたものではないからこそ、
最後まで確かめたくなる。

 

安心と不安が同時にあるのは、

 

迷っているからではなく、

 

ちゃんと向き合っている状態です。

 

どちらか一方だけに
する必要はありません。

 

不安を消そうとしなくてもいい。

 

安心を疑う必要もありません。

 

その両方を持ったまま、
もう少しだけ見てみる。

 

どこに安心を感じているのか。

 

どこに少し引っかかりがあるのか。

 

それを確かめていくことで、

 

少しずつバランスが
整っていきます。

 

設計は、
不安がなくなることを目指すものではなく、

 

安心と不安が重なった状態の中で、
納得に近づいていくプロセスです。

 

その揺れを含めて、

 

いま進んでいること自体が、
ひとつの前進なのだと
思っています。

完成前に「これでいいのか」と思う瞬間

現場の確認に立ち会ったとき、
ふとこんな言葉が出てくることがあります。

 

「ここまで来たのに、
 これでよかったのかと思ってしまって…」

 

壁が立ち上がり、
空間の形が見えてくる。

 

図面で見ていたものが、
実際の大きさとして現れてくると、

 

一気に現実味が増します。

 

その中で、
少しだけ気持ちが揺れる。

 

この感覚は、
とても自然なものです。

 

完成が近づくほど、
「決めたこと」が
現実として固定されていきます。

 

ここに壁があり、
ここに窓があり、

 

これから先、
大きく変えることは難しい。

 

その状態に触れたとき、

 

「これでいいのか」

 

という問いが、
もう一度立ち上がることがあります。

 

それは、
最初の迷いとは少し違います。

 

選択の前にある迷いではなく、

 

選択したあとに感じる、
確認のような揺れ。

 

本当にこれでよかったのか。

 

見落としていることはないか。

 

もっと良い形があったのではないか。

 

そうした思いが、
頭をよぎる。

 

けれど、
この問いは、

 

間違いを示しているとは限りません。

 

むしろ、
ここまで向き合ってきたからこそ、

 

最後にもう一度、
確かめたくなっている状態です。

 

もし何も感じなければ、

 

どこかで
考えきれていない可能性もあります。

 

だから、
この「これでいいのか」という感覚は、

 

止まるためのものではなく、

 

少しだけ立ち止まって、
見渡すためのもの。

 

いま気になっていることは何か。

 

どこに違和感があるのか。

 

それを一度、
丁寧に拾い上げてみる。

 

多くの場合、
その違和感は、

 

すでに調整されていることだったり、

 

小さな部分で解決できることだったりします。

 

あるいは、
時間とともに馴染んでいくこともある。

 

完成前に感じる揺れは、

 

設計が
間違っているサインではなく、

 

ここまでの選択を
自分の中で受け入れていく過程なのかもしれません。

 

その時間を、
無理に消さずに、

 

少しだけ味わってみる。

 

その先に、
静かな納得が重なっていくことがあるのだと
思っています。

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