オランダの建築設計集団MVRDVの作品集。


1999年以降のプロジェクトが掲載されている。


MVRDV初期の作品は奇抜な形態が先行しその形態に到った経緯がなかなか見えず、また同様な傾向があったその他のオランダの建築集団とともに「ダッチスタイル」ともてはやされた時期があったが、今回の作品からはそういう感じは受けなかった。


むしろ、彼らの都市と建築に対する態度が、どのプロジェクトも類似した形態となっているように思われた。


類似した形態の特徴をいくつかのタイプ分けをすると、


①建物の各階をスロープで連続的につなごうとしていること

②建物を持ち上げて、地上には大きな空地をとること

③高層建物の随所に緑化スペースが設けられていること

④高層建物の一部を切り取って視覚的にランドマーク化しようとしていること


の4つが挙げられる。


そして、この4つのタイプがプロジェクトの内容に応じて使い分けられている。


これらの具体的な作品としては、


①Anyang Peak(Anyang, South Korea)

②Sanpaolo IMI(Turin, Italy)

③Sky Village(Pittsburgh, USA)

④Edificio Mirador(Madrid, Spain)


がある。


こうした特徴は、彼らが“Pig City”プロジェクトで発表したようにオランダの国土事情が彼らに強く影響していることを示していると思う。


つまり、オランダは国土が狭いがゆえに国土の有効活用が常に求められていること、また人口密度が高いがゆえにオープンスペースも求められていること、が大きく関係しているのだろう。


そういうことを考えると、一見奇抜に見える個々の建築形態の理由も理解しやすくなるのではないだろうか。



3月9日 ~体調不良~

朝5時過ぎ、腹痛で目を覚める。トイレから戻ってくるも、どうも体の状態がおかしく、少しだるい。

6時半、チェックアウトして、バス乗り場ZOBに向かう。

行き先は、コペンハーゲンだが、今度はEurolinesというバス会社を利用する。車掌が少し怖く、移民系の人が怒鳴られている。荷物は2つまでといわれているのに、6つも持ち込もうとしているからだ。


7時半出発、乗車率は半分くらい。各人が2人分の座席を占領でき、ゆったりできた。

再びドイツとデンマークの海で挟まれた国境に差し掛かると、今度はバスごと船に乗り込んだ。船を降り、デンマーク側の土地に到着すると警察が乗り込んできてパスポートチェックが始まる。

何人かのヒッピー風の若者が、引っかかり1時間近く待たされる。

乗り合いの安バスだと、パスポートチェックが日常化しているのだろうか。13時過ぎ、コペンハーゲンに到着。

コペンハーゲンはデンマークの首都、人口108万人。通貨はデンマーク・クローネ(NOK)、1DKK=約20円。





到着後、最後の宿Danhostel Copenhagen Cityにチェックイン。ドミトリーで1泊あたり143DKK。今回も6人部屋。

荷物を下ろし、ベッドに横になると倦怠感がどっと押し寄せてきた。このまま外に出るとさらに体調を悪くしそうなので、夕方までこのまま休むことにする。と同時に、下痢も押し寄せてくる。完全に腹を下した。

夕方まで寝た後、夕食をとりに外に出かける。ブッフェ形式のレストランに入ったが、思いのほか食べられない。1人、先に宿に戻り、薬を飲んでそのまま夜8時に眠りについた。


3月10日 ~再会~

夜中に何回がトイレに駆け込むも、午前9時過ぎ、目を覚ます。昨日よりいくぶん体調はよくなったみたいだが、まだ無理をしない方がよさそうだ。

今日は雲が少なく、旅行中はじめてと言っていいくらい晴れている。1人、もう少し休んで11時前に宿を出る。

建築家ヘニング・ラーセン設計のデンマーク・デザインセンターに入るも、入場料に見合わない展示物のあまりの少なさに落胆する。

建物を出た後、市庁舎前で2人合流して、パスタのビュッフェ・ランチを食べに行く。しかし、食欲があまり沸かず、野菜ばかり食べてしまう。

それでも、引き続いてカールスバーグ・ビール工場に行く。ここの目玉は、見学の最後に2杯までビールを試飲できることだ。館内の試飲場所に行くとすでに数百人もの人々が飲み明け暮れていた。

2杯飲んで工場を後にするが、体調がすぐれないせいかすでに酔いが回り頭は痛い。それでもそのままバスに乗って、港にある人魚像を見に行く。

人魚象を見た後、市内中心部に戻って歩いていると、見慣れた若者が声をかけてくる。ノルウェーのベルゲンのユースで同じ部屋だったリアムだ。

4日後にデンマークで再会するなんて、なんという奇遇だろうか。たしかあの時コペンハーゲンに行くと言っていたけど、まさか。一緒に写真をとった後、屋台のホットドッグで夕食を済ませ、宿に戻る。

昨日から一緒の部屋に泊まっているノルウェー人の女の子3人がクラブへ出かけたのを機に、体調が悪いので部屋の明かりを消させてもらう。

すると、上のベッドで英語圏のカップルがいちゃつきはじめる声が聞こえ、気になってなかなか寝られなかった。夜中に一度、トイレがてらにカップルの方を見やると、男が裸でいた。


3月11日 ~オーロラ~

8時半過ぎ、チェックアウトして駅のコインロッカーに荷物を預ける。

相変わらず下痢はおさまらない。その後、朝食を出しているお店を探すが、今日は日曜日なせいもあってまだどこも開いていない。それまでの時間潰しがてらに、メインストリート、ストロイエを端まで歩く。



空港でおみやげを探すべく、少し早めの13時前に空港入りするも、スカンジナビア航空のチェックインカウンターは大行列。結局40分近く待たされる。

チェックイン後、空港内を歩いているうちに、出発時刻が迫ってくる。結局、コペンハーゲン滞在中は、トイレに行くときは必ず下痢が原因だった。

15時40分、定刻通り離陸。途中、ウラル山脈を越えたあたりで、機内からオーロラが見え皆食い入るように見続ける。オーロラを見下ろすというのも滅多に体験できないことだ。

そして、読書や機内のゲームをしているうちに、翌日12日午前10時30分、成田空港に到着。今回の旅行が終わった。

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長々となりましたが、勝手気ままに旅行記をアップしちゃいました。記憶が薄れないうちに書き留めました。

北欧は“デザインの国”だと言われますが、現地の家具などに触れていると、使い方がわからないものも多く、「デザインと機能は両立しない」と思いました。

また北欧は“環境への関心が高い国”と言われますが、ゴミの分別がほとんどされておらず、表面的にはよくわかりませんでした。

最後に、旅行中いつも痛感するのは、

「百聞は一見にしかず」。

この言葉を胸に刻み込みこんで、旅行記を締めくくりたいと思います。

3月6日 ~初体験~

朝7時過ぎ、チェックアウトしてベルゲン空港行きのバスに乗る。8時、空港に到着、とても小さい空港だ。

10時前に搭乗が始まるが、今度の飛行機は約50人乗りの小型機だ。

小型機に乗るときは、なぜかいつも落ちまいかと思い、恐怖感が増幅する。

11時半、再びコペンハーゲン・カストラップ国際空港に到着するも、荷物の受け取りに待たされる。

13時すぎの電車に乗ろうとしていたので、急いで乗車券売り場まで向かいハンブルク行きの乗車券を購入するも、次の便は15時38分だと言われる。

ただ、事前調査では1人1万円以上の出費を覚悟していたのに、“Special Offer”だとかで149DEK、約3000円で行けることになった。嬉しい誤算。乗車まで3時間近くあるので、予定を変更して帰国直前にも回るコペンハーゲン市内に出かける。

15時38分発車、車内は大変きれいで音もかなり静かだ。乗車率は6割程度か。

途中でデンマークとドイツの海で挟まれた国境に差し掛かると、なんと電車ごと船に乗り込み、気がついたら船の中にいた。どのようにして船に乗ったのかはよくわからないが、こんな体験は初めてなので興奮した。


20時10分すぎ、ハンブルク中央駅に到着。

ハンブルクはドイツ第二の都市、人口170万人。





9時頃、次の宿Schanzensternにチェックイン。

今回の旅行でこの宿だけはユースではなく、ゲストハウス。ドミトリーで1泊あたり19ユーロ。4人部屋だが、今夜は他に誰もいない。

その後、近くのスポーツバーに入り、チャンピオンズリーグを観戦。なんと4次元中継をしていたが、メインは“チェルシー対ポルト”と“リバプール対バルセロナ”。ドイツ人バラックが決勝点を決めても歓喜は上がらない。逆に、リバプールの勝利が決まると皆いっせいに歓喜の声を上げる。どういうことだ。

空腹のままビール瓶を2本空けたせいか、酔いが回る。店を出て軽食を食べながら宿に戻り、そのまま就寝。


3月7日 ~中世の面影~

朝7時半起床、朝食ビュッフェを食べて9時過ぎ出発。

今日は、まずハンブルクから電車で50分に位置するリューベックに向かう。

11時前、リューベック中央駅に到着。

リューベックは人口21万人の街で、中世のハンザ同盟が栄えた時代に、その中心として最も繁栄を極めたのだそうだ。

駅から歩いていくと、川に囲まれて切り取られたかのように当時栄えた場所が、周囲と明らかに異なる景観を呈している。当時を再現した模型をみると、典型的な城壁都市で星型に張り巡らされていたようだ。




午後3時すぎ、電車に乗って再びハンブルク中央駅へ向かう。

到着して、港湾部を散策していると雨で地面が濡れた後があるが、それが僕には街を幻想的に浮かび上がらせているように思えた。建物が川に背を向けないで、逆にその恩恵を授かって建物が活き活きしている。

夕食はドイツ料理をとり、その後ジャズハウスに入る。今夜は、素人らしい20~60代の7人による演奏だ。

僕はジャズのことは詳しくないが、音が外れていたり演奏ミスがいくつか聞き取れた。

でも、外国という場所にいるといつもと気分が異なるせいか、そんなことも許せてしまう。

ジャズハウスを出た後、昨日に引き続き、スポーツバーでチャンピオンズリーグの観戦。

今夜は“バイエルンミュンヘン対レアルマドリード”の試合をずっと中継していた。バイエルンの勝利に店内が沸く。

宿に戻ると、今夜はドイツ人の若者が1人いた。彼女に会うためハノーファーから来たそうだ。

それならこのようなドミトリーに泊まる必要がないのでは、と思ったりしながら24時過ぎ、就寝。


3月8日 ~飾り窓~

朝7時半に起床し、9時出発。聖ミヒャエル教会に行き、高さ80m余りの塔を登り、ハンブルク市内を一望する。市内観光する前に一望すると、地図以上に地理関係が把握でき場所のイメージがしやすくなる。

その後、2人別行動を取り、倉庫街に向かう。港町で19世紀につくられた赤レンガ倉庫と聞いていたから、横浜のようなこじんまりした光景を想像していたが、予想以上に広大だった。

続いて市庁舎へ。市庁舎前広場を歩いていると「コン・ニチハ!コン・ニチハ!」という声が聞こえる。振り返ると小学生20人くらいが僕の方に向かって叫んでいた。僕以外に日本人とおぼしき人が見当たらなかったので、手を振って答えると、彼らは大喜びの様子。

この街で日本人はまだ全く見かけていないが、それにもかかわらず日本語が小学生にまで浸透しているということなのだろうか。

午後、ハンブルクの歓楽街レーパー・バーンに行ってみる。

アムステルダムで見たような飾り窓地帯があるとのことで、興味本位で覗いてみたがショーウインドー越しに見える艶めかしい格好をした女性は中年や有色人種が多く、商売が成り立っているのか疑わしく思えた。




夕食は、宿周辺のレストランに入る。昨夜、おいしいと思ったAlsterwasserというビールを再び口にする。

ビールと言っても、あるジュースと割ったもの。作っているのを間近でることができたので、ぜひ日本でも試そう。

今夜は、いずれもドイツに住んでいる女性2人と一緒だ。

男女混同の相部屋ってのは了解しているが、やはり気を使い、2人の就寝に合わせて僕らも眠りにつく。明日はいよいよ最後の滞在先、コペンハーゲンだ。