3月3日 ~世界一物価が高い都市~

朝7時半過ぎチェックアウトし、ストックホルム中央駅へ。8時半、定刻通り出発する。

ここからオスロまでおよそ300キロ、約6時間。乗車券は2等席で356SEK、約6400円。

中はとてもきれいで、この値段は安い方か。市内を抜けると車窓からはひたすら森林が続く。同じヨーロッパでもオランダとかドイツの場合はだだっ広い牧草地が続くから、都市間の様子がかなり違う。

国境をまたぐにもかかわらずパスポートチェックはなく、14時36分、定刻通りオスロ中央駅に到着。

オスロはノルウェーの首都、人口51万人。通貨はノルウェー・クローネ(NOK)、1NOK=約19円。

ATMで現金を引き出した後、バスに乗って次の宿Haraldsheimにチェックイン。ドミトリー、朝食付きで1泊187NOK。今回は6人部屋。

ただ立地が悪く、最寄りの停留所から500m近く雪の積もった丘を登らなければならない。

荷物を置いて市内に出かけ、今までの都市との違いを感じる。1つは、タバコのポイ捨ての多さ。

ノルウェーは屋内全面禁煙となっているせいか、その分道端に捨てられている数が半端ない。

また2つめは、移民の多さ。黒人やイスラム教徒、中国人の姿が目につく。移民を積極的に受け入れているのだろうか。

また、オスロは世界一物価が高い都市と聞いていたのである程度は覚悟をしていたが、その高さに驚いた。

500mlのペットボトルジュースが1本400円。マクドナルドのマックチキンが1個400円。バーガーキングのセットとなると1500円。




夜、宿に戻ると部屋には、体臭がきついが陽気なイタリア人クラウディオ、名前を忘れてしまったが気の弱そうなギリシャ人らしい○○○ギウス、他におじさん2人がいた。

夜中、寝床を荷物で占領されていたギウスがおじさんともめていた。


3月4日 ~消化不良~

9時、チェックアウトし、荷物をオスロ中央駅のコインロッカーに預ける。

そして、オスロ市庁舎を見学したのち、「ムンクの叫び」が所蔵されているオスロ国立美術館に足を延ばすも、ムンク作品は展示の整理期間中で鑑賞することができなかった。

11時、ノルウェー料理の店でランチを頼む。

ミートボール3個と若じゃが3個にソースがかかって133NOK、約2500円。もはや殺意すら抱く価格。その分、ゆっくり味わおうとしたが、可もなく不可もなく、といった味だったのであっさり食べてしまった。




午後は2人別行動にして、オスロ港近くのアーケル・ブリッゲ(AKER BRYGGE)地区に向かう。

ここは、かつての港湾倉庫地区が約10年前に再開発された場所で、飲食・ショッピング・オフィス・住居などが混合している。

およそ10万㎡にも及ぶ再開発だが、個々の建物に使われている素材が異なっていることもあって、新しさを感じさせず日本のようにテーマパーク化していないところに好感が持てる。なかなか見習うべき点の多いプロジェクトだ。

その後、いくつか回るが、今日は日曜日で飲食店以外はほとんど休みなのでお店を覗くことができなかった。

午後6時、再び合流して夕食をとり、駅構内のバーで酒を飲んで時間つぶし。

23時前、ベルゲン行きの夜行列車に乗り込む、ほぼ満席。

この通称“ベルゲン急行”は、車窓から見えるフィヨルドの景色が素晴らしいらしく、鉄道マニア憧れの路線の1つらしいが、夜行なので残念ながらみることができない。

それより残念だったのは、夜行で714NOKしたのでベッド付きかと思ったらさにあらず、普通の座席だったこと。それでも、出発してすぐ眠りにつく。


3月5日 ~悪天候~

朝6時30分過ぎに目が覚める。6時50分前ベルゲン中央駅に到着。

ベルゲンはノルウェー第二の都市、人口24万人。


8時過ぎ次の宿Bergen YMCAにチェックイン。ドミトリーで1泊166NOK。今回も6人部屋。市の中心部に立地し、とても便利な場所だ。

荷物を置いた後、外に出かけるが港町ゆえの風と雨が強く、まるで台風のようだ。一度、宿に戻り休みながら雨脚が弱まるのを待つ。

昼頃、近くのレストランでランチをとる。1人49NOK、この街はオスロより物価が低いのかもしれない。

午後は、市内を徒歩で観光。雨は相変わらずだが、風はおさまった。


ベルゲンは、中世のハンザ同盟の一貿易港として栄えた街とのことで、港付近にはその面影を残す建物が残されている。また、港のすぐ後ろには山がせり出しており、斜面に建っている家々の屋根の色がとても映えている。今までは都市を回ってきたけど、こういった小中規模の街を旅行するのもまた違った醍醐味があるものだ。




宿に帰ると、1人の若者がいた。名前はリアムと言い、イギリスのシェフィールドから来た、シェフィールド・ユナイテッドの熱狂的なサポーターらしい。彼はこの後、コペンハーゲンやスウェーデンに向かうとのこと。

夜は、早めに宿に戻り、荷造りなどに時間を割く。どうやら今夜の部屋は僕ら2人とリアムの3人だけみたいだ。明日は早朝便でコペンハーゲンに到着後、電車を乗り継いでドイツのハンブルクへ移動だ。

今回の旅行で唯一の、ほぼ完全な移動日になるだろう。

2月28日 ~刺激的街~

明け方、ふと目を覚まし窓の外を見やるが、雪はまだ降り続いている。8時過ぎからは除雪する音が聞こえる。

10時前にチャックアウトし、再びヘルシンキ・ヴァンター国際空港に向かう。次の行き先はストックホルムだ。

時差の関係で、13時30分に出発して13時25分に到着するという不思議さ。

そして定刻通り13時25分、ストックホルム・アーランダ国際空港に到着。

ここも雪が積もっている。

ストックホルムはスウェーデンの首都、人口76万人。通貨はスウェーデン・クローネ(SEK)、1SEK=約18円。

空港からバスに乗ってストックホルム中央駅近くのバス停所に到着。

中央駅で地下鉄に乗り、道に迷ったあげく次の宿Zinkensdammにチェックイン。4人部屋のドミトリーで1泊200SEK。

その後ストックホルムの旧市街ガムラ・スタンに向かい、その周辺の軽食スタンドで夕食をとるが、物価の高さに驚く。2人分とはとても言えないタコスが小皿に乗ってジュースと共に出されて1人44SEK、約800円。

食事を済ませた後は、夜の街をあてもなく闊歩する。

夜風は冷たいが、街はネオンに照らされ明るく、歩いていて楽しい。また、ストックホルムの地下鉄駅構内は芸術家のデザイン場となっているらしく、照明が暗い場所もあるけど、とても新鮮だった。

日本の地下鉄は、どこの駅に着いたのかを標識を見ないと分からないくらい、没個性化しているのが残念に思えてならない。




部屋に帰ると、日本人の方が1人いて、洗濯がてらにしばらく話し込む。29歳で、妻を日本に残して2ヶ月間の旅行をしているらしい。

彼の話によると、ガーナで一見真面目そうな日本人女子学生が薬と性に溺れてたそうな。人は見た目が9割というのはありえない証左か。なかなか面白い人だった。


3月1日 ~建築の旅~

今日から明日の昼過ぎまでは2人別々行動。

9時前にチェックアウトし、1人、次の宿Skeppsholmenにチェックイン。ドミトリーで1泊210SEK。

ここは兵舎をリノベーションしたユース、でも内部にその面影は見当たらない。

市内へ出かけ、建築家ラグナル・エストベリ設計の近代建築の傑作と言われる、ストックホルム市庁舎を見学。外壁や内部のディテールを間近で見て、その完成度の高さに感心する。雑誌でみる写真は遠方から全体を写したものが多いから、その良さがよくわからなかったがやっと合点した。


その後、昨夜歩いたガムラ・スタンまで徒歩で歩き、目についた店で昼食。ケバブ屋でドリンク付きの野菜食べ放題で65SEK、約1200円。なかなかおいしく量も多い。

大聖堂近くでなかなか始まらない衛兵の交代式を途中まで見た後、今回の旅行で楽しみにしていた一つ、建築家グンナー・アスプルンドの“森の葬祭場(Woodland Cemetery)”に行く。

字のごとく墓場兼葬儀場だが、その一体となったランドスケープが素晴らしく、現在、世界遺産にも指定されている。というのが一般向けの説明だろうか。

門をくぐり、写真で見る一面芝生にポツンを立っている十字架の場所へ向かうも、芝生は約15cmの雪に覆われていて、建物と起伏のある芝生の関係がよくわからない。

しかし、木造の建築だけは、天に捧げる銅像の神秘さを際立たせていることが読み取れた。




森の葬祭場を見た後は、市内をぶらつく。夕食はスーパーでかったパスタサラダを宿に戻って食べる。

今夜は3人部屋で、おじさん2人がすでに寝ていた。


3月2日 ~デザインと気候の関係~

朝にシャワーを食べた後、同じ部屋のおじさん1人と一緒に朝食を取る。ノルウェーから仕事探しに来たそうで、「ノルウェーは物価が高いよ。」と諭される。

チェックアウト後、宿周辺を散策し、しゃれたデザインの掃除ブラシを購入したりもする。昼食は次の宿周辺で食べる。

インドカレーのブッフェで69SEK。食べ放題となれば、元を取る自信があるので、とにかく食べまくる。

そして、次の宿Fridhemsplanで2人合流して、チェックイン、2人部屋で1泊500SEK。内部は、まるでホテルのようでテレビとインターネットが完備されている。再び市内へ出かける。

「北欧はデザインの国」と言われているだけあって、日本では見たことない雑貨や家具が見受けられる。

これらのデザインに共通しているのは、“丸さ”と“原色の多用”の2つだろう。そして、この2つは北欧独特の気候から説明できると思う。

北欧は、僕らが来てからまだ太陽を見ていないように冬は陽がほとんどなく、夏のわずかな期間だけ日差しが差す地域だ。

また冬は長く、寒さも厳しい。そのため、人々は温もりを“丸さ”求め、陰鬱な雰囲気をやわらげようとして一見派手にさえ映る“原色の多用”をしているのだろう。

また、建物で言えば窓面積を大きく取っているのも光への渇望の証であり、建物に対する高さ制限も厳しく操作対象として建物のファサードが着目されて、ガラスが多用されることにもつながるのだろう。




夜はヘルシンキで買い込んだビールを飲みながら夕食を取る。

途中、買出しに外に出ると強い雨が降っていた。この旅行中に晴れることはないのだろうか。

明日は電車でノルウェーに移動だ。

2月26日 ~トラブル~

成田空港に到着したものの12時半出発予定のコペンハーゲン行きの飛行機が1時間遅れることを知り、若干あせる。

というのも、当初の予定ではコペンハーゲンに同日16時10分に到着、80分後のヘルシンキ行きの飛行機に乗り継ぐはずだったからだ。

13時半過ぎようやく出発し、同日16時50分コペンハーゲン・カストラップ国際空港に到着。雪が積もっており、気温も日本よりかなり寒い。

急いで飛行機から降りたものの入国審査の列で待たされ、審査が終わった時点で17時10分。ヘルシンキ行きの搭乗ゲートは、ここから一番遠い場所に位置することが判明して500m近く走るに走る。

そして出発10分前になんとか搭乗。ヘルシンキ行きは定刻通り出発し、20時10分、ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に到着。

しかしトランジットが短かったせいか、預けた荷物は届かずBaggage Claimで手続き。

ヘルシンキはフィンランドの首都、人口55万人。通過はユーロ、1ユーロ=約158円。


空港からバスとトラムを乗り継いで夜10時頃Eurohostelにチェックイン、2人部屋で1泊あたり42ユーロ。その後、ヘルシンキ中央駅近くのバーまで出かけ、ビールで到着を祝う。外が寒いせいか、店の中はとても暖かく感じられる。

それにしても外は寒く、雪もいくらか積もっている。北欧でセントラル・ヒーティング(CH)の普及率が非常に高いのも頷ける。

要するに快適な生活するのに必要であって、日本でCHがほとんどないのは、なくても生活できる地域がほとんどだからであろう。


2月27日 ~静かな街~

朝食時に昨夜、受け取れなかった荷物をフロントで受け取る。

9時、Eurohostelを出て、トラムでヘルシンキ大聖堂に向かう。そこで、4月から働く会社の同期と同じ研究室の人と偶然出会う。

港沿いを歩くが海は凍っており、銅像にもうっすら氷が張っている。




12時前、中央駅近くで昼食をとるが、何か物足りなさを感じる。

建築家アルヴァ・アールトの出身地だけあって、外壁の装飾が少ない建物が多いからだろうか。それもあるが、喧騒がないのだ。

日本の駅前で耳にはさむ、うるさいくらいの音楽は流れておらず、アジアで見られる車やバイクの騒音も聞こえてこない。

外を歩く人が多くないため、行き交う会話もほとんど聞こえてこない。

とても静かな街。




午後から雪が降り出す。


その後、建築家スティーブン・ホールやアルヴァ・アールトの作品を回っていたら、今度は学科の先輩と会う。

その人とは4年前にもフランスで会ったので、行動パターンが似ているのかもしれない。

それにしても、知り合いに2人も会うなんて世界は狭いもんだ。

本当に北欧に来たのか疑ってしまいたくなる。

そもそも日本から半日強で北欧まで来ている事実も信じられなくなり、実は映画「トゥルーマンショー」のように虚構のテーマパークに来ているかのような錯覚さえ覚えてしまう。

夕方すぎ、夕食や翌朝の朝食などをスーパーで買い込み、Eurohostelに戻る。

雪は降り続いており、かなり積もってきた。

気温も昼間より冷え込み、とても夜に出かける気にはなれない。明日は昼の便でスウェーデンに移動だ。