5月のモロッコ・南欧旅行から帰国後、仕事の半分以上の時間を注力してきたプロジェクトが

なんとか先週フィナーレを迎えました。


2年目ということで、今回ははじめて全体(というか社内)のまとめ役として

各社と交渉・折衝してきました。


仕事の難易度、裁量権とも今までではありえない高レベルだったので

途中何度もくじけそうになりましたが、いろいろな方のご協力があって無事クリアできました。


「建築じゃないけど、不動産も面白いじゃん!」


と、もしかしたら初めて思えたプロジェクトでした。


やっぱり自分で考えながら、シナリオを作って、積み上げながら最後をクローズするってのは

建築設計や論文と通じるところもあって楽しいです。


仕事のやりがいがあると、自分の成長にもなるし、満足感も高くなるなって思いました。


そんなわけで気が緩んだのか、それとも今シーズンは未だにエアコンなして夜を寝汗をかきながら

過ごしていたせいか、昨日から風邪を引いてしまいました。。。


今年の夏休みは今月末を予定!


あと1ヶ月、早くこい!!!

5月5日
朝5時すぎ、リスボンのバスターミナルに到着。
予定より1時間早く到着したものの、交通機関は走っておらず、チェックインする宿も時間外というありがた迷惑な状況だ。
しかも気温は低く、15度くらいか。

リスボンはポルトガルの首都で人口約55万人。セビーリャとの時差は1時間。言語はポルトガル語で、リスボンはLisboaと書くらしい。

ターミナルで始発のメトロを待って、宿にチェックイン。
荷物は置かせてくれたけど、やはり部屋には入れず。

宿近くで朝食を取りながら、当初諦めていたユーラシア大陸の最西端、ロカ岬に行くことを決める。

午前8時過ぎの電車に乗り込み、40分でバスに乗り換えるシントラに着く。
それと同時に去年買い換えた携帯(N904iμ)がつながることに気づく。
手続きなしで切り替わることに驚くとともに、もはやどこでも連絡をたつことが出来ないくらいグローバル化していることを痛感する。

シントラは小さな町だが、緑と別荘が多く町の景観が世界遺産になっている。1時間あまりだったが、町を回る。

その後、バスに乗ること約30分、ロカ岬に到着。
沢木耕太郎は著書「深夜特急」の最後に、同じくユーラシア大陸の最南端、ポルトガルのサグレス岬で、そこでの眺めを目に焼き付けて旅をやめようとしたが、ここロカ岬もそんなところなのだろうか。

眼前に大西洋が広がっているが、遥か先にはアメリカ大陸があるとはとても思え、ない。
それにしても「ユーラシア大陸の最西端まで来ちゃったんだ。」と感慨に耽った。行き着くとこまで来ちゃうと、世界って果てしなくはないと思わざるをえない。



ロカ岬を後にして、再び午後1時半、リスボン市内へ戻る。
シアード地区(Chiado)やバイシャ地区(Baixa)、コメルシオ広場を回り、オリエンテ駅(Oriente)まで行ってポルトガル唯一の国際建築家アルヴァロ・シザのポルトガル・パヴィリオンを見たりして宿に戻る。




夜はたまたまリスボン工科大学に留学している日本人の建築大学院生と会い、少し話す。
リスボンは建築のニーズがなく、かといってリノベーションのニーズもないらしい。
確かに、よく見ると町の中心部なので空き家になっているところが多い。
回っていると人口の割りに街が大きく、セビーリャと比べて街がスプロールしているような気がしたのもあながち正しいのかもしれない。

今後、人口が減少していく日本の街も特に地方都市はこれから廃墟になる可能性が否定できないので、他人事ではない。

5月6日
午前は宿近くをぷらぷら歩き、今回の旅行最後の半日を過ごす。

午後12時過ぎ、リスボン空港に到着。
モロッコから来たため出国手続きで「どうやってヨーロッパに来たの?」と詰問を受けあまり納得してもらえないながらも、なんとか14時45分発のロンドン行きのポルトガル航空の飛行機に乗り込む。

午後5時、ロンドン、ヒースロー空港に到着。
サンダルをはいてたにもかかわらず、乗り継ぎの荷物検査で裸足にさせられる。

午後7時25分、定刻どおりANAの日本行きが離陸。
日本時間の5月7日、午後3時半、成田空港到着。

今回は問題も発生したが、とても楽しい旅行だった。
誰かが「旅行は何にも代えられない刺激があるからやめられない。」と言ってたが、その通りだ。

また休みを取って体力のある20代のうちにいろんな所を見聞しようと思う。

5月4日
どうも2日前ほどからお腹の調子が悪いとは思っていたが、今日も朝一でトイレに駆け込む。
もはや完全にお腹を下している。Sも壊して始めているようなので、モロッコの食のせいなのだろう。
思い当たるものはたくさんあって断定できないが、フレッシュジュース、生野菜、レア肉だろうか。

そんな状態でも、朝食は別腹といわんばかりにたらふく平らげる。
部屋に戻ると、昨夜は遅くに帰ってきたイタリア人も目を覚ます。

名前はマウロ。ボローニャから5日間の休みを利用して来てるとのこと。
「ボローニャを知っているか?」と聞かれても、何も思いつかなかったので苦渋のあげく「シニョーリ!」とサッカー選手の名前を叫んで話題をつなぐ。


打ち解けると陽気で、部屋のテレビからかかっていたPhil CollinsのInvisible Touchに合わせて歌いに歌う。
おかげで約20年前の曲にもかかわらず、旅の思い出となる曲になったことは言うまでもない。


http://www.youtube.com/watch?v=b4Va-drUxdo

マウロと別れを告げ、街へ出る。
しかし、今日は日曜日。
店という店はほとんどクローズ。
「スペインと言えばのZARAで買い物もできないじゃないの。」と思いながら、すれ違うおばさんが気さくに「オーラ!」と挨拶をしてくる。

「それではたまには建築を!」と、遠くに見えるサンティアゴ・カラトラバの橋を見に行こうとしたものの、意外と距離があって途中で断念。

そんなツキがない中、闘牛場を見学とでも行くとなんと今夜闘牛があることが判明し、即チケットを購入する。

昼はカテドラル近くのレストランで昼食を取るが、ここの店の当たりで今回の旅行で一番をいうくらい、大変おいしい。



レストランでビールを食らいながら、そのままカテドラル(大聖堂)へ。

セビーリャ大聖堂は、イスラム建築とゴシック建築が融合したこの土地だからこそ成しえた希有な聖堂で、西洋建築史にも登場してくる世界遺産だ。

聖堂併設の塔の上からセビーリャ市内を望むと、街がとてもコンパクトに凝縮しているのが手に取るように分かった。
隣の日本人団体客のおばさんが「この方向はたししたことないわ。」という方向で、僕は先ほど近くまで行けなかったカラトラバの橋を望んで、
「そりゃ聖堂の高さを越える橋を設計して、物議を醸したわけだ。」と思った。



セビーリャ大聖堂を後にして、周辺を歩き倒した後、街を流れるグアダルキビール川沿いで休む。
日差しが強く、どことなく日曜午後の空気が流れている。
時間に追われることのない、スローライフな一時を川を眺めながら過ごす。

午後7時、闘牛場で闘牛士と牛の試合がスタート。英語でBullfightingと言うらしい。
1試合約30分で全5試合があったが、想像よりも牛、闘牛士ともにアグレッシブではなかった気がする。それでも牛を少しずつ弱らせながら最後に射止めるのを見届けるのは、なんとも形容しがたい。




闘牛場を後にして夕食を取り、宿でシャワーを浴びてバスターミナルに向かう。

かなり早めの出発1時間半前に着いたが、窓口で前のおじさんがずっとゴネていて、やっとの思いでリスボン行きのチケットを買うと窓口はクローズ。
間一髪で買えたみたい。

午後23時59分、定刻どおり、リスボン行きのバスは出発。
約5割弱の人ごみだったので座席を3つ使って眠る。