5月3日
朝は昨夜に引き続き、屋上でゆっくりして過ごす。

チェックアウト後、午前11時発の船に乗るべく午前10時から出国手続きに入る。

不法に出入国する中国人が多いのか、今までの旅行で経験した出入国手続きではじめて次のことを試された。


●ひらがな表を見せられ、いくつか指差したものを読む。
「お」と「を」を同じ発音で言ったら、検査官が怪訝な様子になって焦った。


●紙に書いている文章を読まされる。
引き続き
「日本の総理大臣は福田です。」
「私はスペインに行きたいです。」

と書かれたものを読まれて、やっと出国を許可される。


手続きに時間を要したため、急いで船に乗ろうとするも船がいくつもある。チケットを見せながら5~6人に聞くも、全員が「あっちだ」「こっちだ」「まだ船は来ていない」などと全く違うことを言うので途方にくれる。

ようやく目的に船にたどり着いたときは、まさに出港する寸前だった。
ここタンジェからスペインの港町アルヘシラスまで1時間半。
車も乗る比較的大きな船にもかかわらず、途中、揺れがすごく船内を歩くのも困難なほどだった。

アルヘシラスに12時半に到着、と思ったら時差の関係で2時間進んでいてすでに午後2時半だった。
時間があればアルヘシラスを少し楽しもうと思ったが、今日中にスペイン第4の都市セビーシャまで行くことを決めていたので急いでセビーリャ行きバスのチケット売り場を探す。ようやく午後4時に4時半発のチケットを購入してバスに乗り込む。

セビーリャまでの約3時間の道中で車窓から見えたのは、草原と畑と馬と牛と風車ばかりだった。


午後7時半、セビーリャのバスターミナルに到着。最近出来たのか、『地球の歩き方』には書いていないトラムが市内まで通っていたのですぐに宿にチェックインできた。

モロッコから来たせいか、街がやたらと都会に見える。
というかヨーロッパの他の都市と同様にも見える。
また今日は土曜日、気温も夜8時過ぎでも30度あるので、人々の様子はまるでバカンス気分のように見える。




日の入りも遅く暗くなったのは午後10時前。
サマータイムで1時間早まっているとはいうものの、ちょっと不思議な感覚で、日本でサマータイム導入議論があるけど日本では意味ないと思った。

サマータイムは時間を有効活用する目的で欧米実施されているが、これは夏の日照時間が長い欧米だから可能なのだろう。
日本で導入してもせいぜい午後8時までしか明るくなく、早めに仕事を切り上げてジョギングに犬の散歩にトレーニングに時間を割くようなことにはならないと思った。

その後、明日乗る予定のリスボン行きのバスが出発するバスターミナルを確かめ、午後11時前から遅めの夕食を取る。

モロッコではレストランで飲めなかったお酒を飲みながら、本場スペインのイベリコ豚料理に舌鼓を打つ。

今夜の宿は3人部屋で、僕ら2人以外の夜中に帰ってきたもう一人は翌朝、イタリア人と知る。

5月2日
朝6時半前にチェックアウトして、6時50分発のタンジェ行きの電車に乗り込む。
カサブランカからの電車同様6人用のコンパートメント、途中で乗り換えがあり、乗り換えた電車でアハマドという30歳過ぎと思われる男としばらく話ながら、13時過ぎにタンジェ駅に到着。



タンジェはモロッコ北端の町で、この街から出ている船に乗ってジブラルタル海峡を渡り、スペインに行こうというわけだ。
駅から宿までの交通手段はここでもタクシーしかなかったのだが、英語が全く通じず、悪戦苦闘しながら仕方ないのでHotel Continentalと泊まるわけでもない高級ホテルの名前を連呼してなんとかたどり着く。

泊まった宿はDar Jameel、今回の旅行で一番のいい宿にふさわしい清潔さも眺めもホスピタリティもすべてが素晴らしい。


チェックイン後、街に出かける。フェズと同様の暑さに加え、白い建物が日差しを反射してかなり眩しい。

Sと別れ、一人タンジェ空港にタクシーで向かう。ここも空港までの交通手段はタクシーのみ。約20分で到着するも小さな空港で、エールフランスの係員に荷物のことを告げると数分後に渡してくれた。3日ぶりに手元に
戻ってよかったものの、対応の悪さにやはり憤りを覚える。

夕方、Sと合流し海岸沿いのカフェや、海岸のビーチで休む。これがスローライフなのかなと思いながら、ビーチでサッカーや日焼けに興じている人々を眺める。



その後、旅行代理店で船のチケットを購入し、明日のスペイン行きに備える。

夜は宿の屋上でつくろぎながら、港を行き交う船を見つめる。屋上に併設している部屋がまた素晴らしく、そこでかけた音楽が演出するさらなる非日常感に酔いながら夜を過ごす。

5月1日
今日は午前からメディナに行こうと計画していたが、Sの体調が悪く午前は静養したいとのことなので、午前は一人市内を歩く。

5/1はメーデーということで街はあちこちで集会が開かれている。
しかし、アラビア音楽が流れている中をイスラムの衣裳を身にまとった人々が集まっている光景は、どうみても日本人のボクからは怪しい集団に見えて仕方がない。

午後、Sとともにメディナに行く。
メディナは街の周囲を壁で囲みながら、中は迷路にように路地が複雑に要りこんでいて、ここフェズのメディナは世界でも一番複雑と言われている。
そのため昨日インフォメーションセンターで、路に迷わないために
“Go straight and sraight and straight.”
ととにかくまっすぐ行けとアドバイスを受けていた。

だが、いざ門からスタートして路なりにまっすぐ行ったつもりが、道幅がどれもあまり変わらないことのあって気がついたら全然違う場所に向かっていた。
しかも、モロッコに入ってからは僕ら以外の日本人を2人しか見かけていないのに、いろんな野郎が日本語で一発だましてやろうという気概なのかやたらと声をかけてくる。
ボクの名前は、「マイフレンド」でも「チキチキ」でも「チンチン」でも「オッパイ」でもありません。

また、路地は人だけでなく馬やロバも通っているので、いたるところにフンが落ちている。

 


そんな方向と人とフンに注意しながら、30度はあろう暑さの中、メディナと一望できる高台に行き着く。
そこには今までアジアやヨーロッパで見たことがない景観が広がっていた。やはりここはアフリカ、そう感じながらしばらくぼうっとする。



その後、再びメディナの中を歩くも、結局もう出口にあたるもう一つの門までたどり着けずに、逆に入り口に戻ってしまった。

宿に戻ってから、ダメ元で空港のバッゲジクレームカウンターに電話する。29日「明日電話して。」と言われ、昨日30日に電話したら「明日電話して。」といった具合だったからだ。

しかし、電話したら「荷物はカサブランカ空港にあるから取りにきなよ。」と言われる。
すでに何百キロも離れたフェズにいるし、カサブランカに戻る予定もないから「5/6にポルトガルのリスボン空港から帰るから、リスボンかそのまま日本に戻して!」というと「No!」の一点張り。

そのまま英語で何分か押し問答の末。次に立ち寄るタンジェの空港に引き取りに行くことでまとまる。取りに行くこと自体、腑に落ちないものの荷物を受け取れるだけでありがたいと思い、納得する。

夜は宿のアブドゥラさんのアドバイスで明日のタンジェ行きの乗車券を買った後、市内のお店で夕食を取る。いわゆるレストランで腹一杯食べてもせいぜい80DH(約1200円)だから物価は日本の半分くらい。

その後、明日の早朝出に備え、早めに寝る