昨日に引き続き今度はナイアガラです。ブログにペースが上がってきた!?

26日も朝9時~12時まで講義を受けていたのですが、最終日ということもあって12時以降はこのワークショップで唯一のフリータイムだったので、今回のメンバーのうちの6人で迷わずナイアガラ・フォールズ(Niagara Falls)に行くことにしました。


トロント市内からナイアガラ・フォールズまで「COACH CANADA」のバスで約2時間、料金は往復27.55ドルでした。地球の歩き方には学割で50ドル、子供で27ドルと書いてあったので、切符を買うときは本当に往復料金か不安でしたが、まあ安かったのでよかったです。
(もしかして子供と間違われたのか??笑)

さて、午後3すぎにナイアガラ・フォールズのバス停で降りて、ナイアガラの滝行きのバスに乗り換えたら5分もしないうちに着きました。そして、すぐ目の前に滝があったのですが、マジすごかったです。本当にこんなのが世の中にあるんだ、ってかんじで写真を撮りまくりました。




で、1846年の創業から150年以上の歴史を持つ観光船、霧の乙女号(THE MAID OF THE MIST)に乗船しました。売りは、「ナイアガラで最も有名な船上から滝壷を体験できる30分間のアトラクション」らしいです。それにしても、150年以上も前からこれを商売にしているのはすごい!

実際に船が滝の近くまでいくので、レインコートを配られたけど、本当にびしょぬれになりした。船は1階と2階に分かれていて、どちらからも見れたのですが、2階にいった3人はレインコートなんておかまいなしに、ずぶぬれになってました。僕は最初から1階にいたからそれほどでもなかったけど、それでも写真撮るときは濡れないように必死でした(笑)。




たしか13ドルしたけど、乗る価値は絶対あります。たぶん日本でやろうとしても危険だとか言ってできないとおもわれるくらい、激流の中までいってました。

そのあと、滝沿いの道を歩いて断層の近くまでいったけど、これもまた凄かったです。上空何十メートルまで上がってる水しぶきで、近くにいたら雨の中にいるみたいでした。
地震のない国でなんでこんな断層ができたのか不思議で仕方がありません。




そんなこんなでナイアガラで食事をして、トロントに戻ったのは夜9時すぎでした。


p.s.「地球の歩き方」にはナイアガラはできれば1泊した方がいいと書いてるけど豪遊しないつもりなら日帰りで十分だとおもいます。ナイアガラは滝とカジノの街みたいなので。

今日からトロント、ナイアガラ、ニューヨーク、ボストンの4回に分けて現地でのことを報告したいとおもいます。てことで、一回目の今回はトロントです。トロントには8月21日~26日まで6泊しました。
まずはトロントのピアーソン国際空港についていきなり問題が起きました。

「Baggage Claim」でいつまで経っても荷物が来ない!おそらくユナイテッド航空を使ってシカゴ経由で入国したせい。。結局届いたのは翌日の朝、しかも密かにお詫びで何かくれることを期待してたのに、あったのはお詫びの紙切れ1枚。がっかり。。。
ってか旅先の日本人でも同じようにアメリカ系の航空会社を使って荷物が来なかったと言ってた方に2人遭遇したので、どうやらアメリカでもよくあるみたい。をいをい(怒)

さて22日~26日の朝9時~12時はトロント大学内の教室で現地の先生によるトロントの都市計画やら歴史の講義を英語で聞いて、午後は市内&市外を向こうの先生の案内で見て周ってました。

で、感想としては、写真にもあるように

1、トロントがコルビュジェの「輝く都市」に出てくる建築物は高層で建物の足元は緑地、というドローイングが実現した姿なのかなあ、ということ。




2、建っている建築物は地震が一切ない北米だからこそできるのであって、地震がない凄さと肌を持って実感した、ということ。




3、市内を周りから覆っているグリーンベルト(緑地帯)の幅は4~5キロで、想像していた申し訳程度の数百メートルの帯ではないスケール感覚に驚いた、ということ。

4、戸建て住宅地では日本で崩壊しつつある、地域コミュニティというものがしっかりあって機能している、ということ。実際現地の住宅地を見学しているときにも、窓や玄関近くから僕らの行動を見ている(監視している)光景に何度も遭遇しました。




などなどです。

それぞれについてもう少し付け加えると、

1、「輝く都市」といっても都市計画の失敗と言われているチャンディガールやブラジリアのようにヒューマンスケールを超えた公共交通中心の街ではなく、あくまでも歩行者や自転車交通のことも配慮された中でも高層ビルと緑地も組み合わせであるので、環境破壊が進んでいる自然豊かな地域において「輝く都市」の可能性も捨てたもんじゃない。

2、地震がないので当然というか柱断面の施工も高層ビルにしてはありえないようないい加減さで、だからディテールも精密にはつめていられない。これを目の当たりにしたときにMVRDVの老人のための集合住宅を見に行ったときに、ディテールの雑さにがっかりした経験とリンクしました。

3、グリーンベルトには農地や畑も含まれていて、確かに幅があるだけに市内と郊外の間の緩衝帯の役割を果たしていました。でも近年はトロント圏への人口増加もあって、エッジ部分の緑地が宅地開発されているらしいです。

4、塀のない戸建て住宅だからこそ可能な異質者に対する住民による監視機能が働いているのだとおもいます。しかも塀がなく、タウンハウス形式なので日本みたいに隣家との間のデッドスペースは存在してませんでした。

他にも向こうの先生の家でのBBQパーティに招待されたときに、家の内部も伺えたのは貴重な経験でした。バスルームにいったら、なんと洗面台が2つあったし!

今回のお題ともいうべきものは、東京23区とほぼ同面積のトロント市の人口が今後30年間で現在の230万人から2倍に増加すると予想される中で、いかに環境を破壊しないで人口の増加を受け止めていくか、ということでした。

で、最終的な印象として、人口密度の問題にしても最後まで日本にいるときのスケール感覚との大きな違いに驚く連続でした。(中心部で郊外の2倍の80人/haだから「High densityだから住みにくくなる!」みたいなことを言ってたけど、東京の密度に比べたらねえ・・・とか)
とにかく今回の視察を機に今までと違った視点から東京の住環境に考えてみようとおもいます。

p.s.建築学生的なことを言うとトロントにミース、フォスター、リベスキンド(建設中)の建築があったのは意外(?)でした。あと10月中旬に今度はトロント大学の人達が東京にきて同じような形式でワークショップをやります。宿泊先は先生の要望で旅館だけど大丈夫なのでしょうか?(笑)

日にち的には1日遅れで、しかもカナダ&アメリカのことを順を追って伝えると言いながら、いきなりで何ですが、やはりまずはテロのつめ跡について触れたいとおもいます。
写真は僕が世界貿易センター跡地に行った8月29日に撮ったものです。跡地は4周が柵に覆われていて、これから建築家ダニエル・リベスキンドの設計案に修正を加えたフリーダムタワーを建設するみたいです。このフリーダムタワーも商業本位だとか、跡地には何も建てるべきではないとかいろいろ賛否両論があるみたいですが。




実際に行ってみて驚いたのはテロで犠牲になった人々を「HEROES」と呼んでいたことです。たしかに中には救助活動をしようとして殉職された方もいるけれども、犠牲者をHEROESと呼ぶのには違和感を覚えます。




それは、犠牲者を引き合いに出してテロやイラク戦争を正当化しているようにもおもえるし、市内で「I LOVE NEW YORK」を着た人が一杯いるように愛国心を変な方向にあおっているようにもおもえるからです。

つまり、イラク戦争では未だに戦争をしかける正当な証拠を提示できていないし、この証拠がないことを隠すかのように国民の目を違うベクトル(アメリカVSテロリストの二項対決構図を作り上げる)に向かわせてごまかしているようにおもうのです。まるで右翼みたいだな、と。。




この違和感は個人的なものかもしれないけれども、アメリカがこれまで行ってきたこと(他国干渉や独断的行動)を顧みながら、何かもっと違う形でこのテロに向きあうべきではないかと感じながら、グランドゼロを後にしました。