伝奇谷への抜け道は獣道のように鬱蒼としながら狭くなり奥へ行くほど道とは呼べないものになっていた。
『誰だ!』
千月洞の元・現洞主、鳳鳴山荘元・現盟主その配下の者達一同が集結しているにも拘らず歩を止めず近付く者がいる。
近付いてくる者の正体が現れるのを皆は見守った。
草むらを無理やりかき分け現れたのは
『・・・・』
『・・・・顔・・様』
『お、お前は!!』
明らかに千月洞の者だった。
『葉顔、どこの星僕だ?』
『は、はい・・翼星主の配下の者です』
『翼星主?』
『おい、お前・・何があった?怪我をしているようだが・・お前の主は何処にいる』
『じょ、上官秋月様ですか・・翼星主より伝言が・・』
『どうした!何があったのだ?よもや翼星主が何か…』
矢継ぎ早に詰問する葉顔に黙するように合図する。
『葉顔、伝言が先だ』
『はっ・・取り乱しました』
『秋月様、葉顔様。私は翼星主に仕える者です。
葉顔様と別れた後翼星主とこの辺り一帯を探っておりました。
星主様は・・【彼の想い人】を直接守ることができないならば遠くから平穏であるようにしたいと仰って・・』
『ん・・・それは?【彼の想い人】とは誰だ?』
清流は星僕の放った言葉にくいつく。
『清流、今はそれは良い』
秋月に窘められ仕方なく引き下がる清流
『この辺りで最近人影を見た者が多く、警戒を強めていました。伝奇谷の山城は立ち入りが禁止されています。しかし今日は思い切って山城を
調査しようということとなりました。星主は以前より山城を調査するつもりでしたので…』
『長い間手付かずのままで放置状態だったからな』
『はい、全く私の油断でした・・・警戒もなく私が先陣を切り侵入しましたが襲撃を受けて・・』
『どういう事だ?無人の筈の城に』
『どこの者かは分かりませんが賊にも見えぬ人間が立ち入っております。いえ、根城にしているのです』
『賊でもない?』
『はい。全くの町人風情で油断していまいました。私はてっきりこの辺りの薬草を取りに来た町の薬師が迷い込んだと思い込み・・・』
『星主が止めるのも聞かずに近付きました』
『それで返り討ちに?』
『はい・・・』
『しかし、敵にはならぬ程度の武芸も素人です。ですが人質が…』
『人質?』
『は、はい』
秋月の一瞬の激情に恐怖心が湧く
『人質とはまさかとは思うが…』
『・・・・』
『雪蘭様と桃雨様です』
『なっ!なんで雪蘭が!!』
狼狽える清流を睨む秋月
『あの者たちの格好は碧水の町民の格好でした…本当に町人であるかは別として町民に見せて賊のような悪事を行なっているのではないかと』
『なに?町人がか?』
『江湖統一した今、それは断じて許されない』
簫白は憤った
『私の目の黒いうちにそんな事が起こるとは考えられない…残党が町人に化けたのではないか』
『相変わらず正道を正当化する男だな。いい加減に覚えよ。考えられぬことが起きるのがこの世の理ではないか?簫白元盟主』
秋月の一言は蕭白を突き刺した。
『しかし雪蘭が簡単に人質とは…考えられない』
『桃雨様は雪蘭様の傍には居ませんでした。子供の声が谷にこだましておりましたので恐らく別の場所に…泣いている声ではありません。何者かと会話をしておりました。』
『秋月様、この者は間者としても働き良く、偵察が得意ですので人の声には高い判別能力があります』
『…だが桃雨の声かは分からぬ』
『はい、しかし姉様姉様と申しておりましたので…それからこの辺りはここ数年で地盤が悪くなっております。穴がいくつも開いており。恐らく散歩中に桃雨様が落ち、救い出そうとしているところに手助けに現れた賊に騙されて背後から撃たれたのではないかと・・・そう推測しました。
斜向かいの牢に気を失った女子が鎖で繋がれ矢が刺さったのか背中から流血をしておりました。あの賊達が穴に思わぬ宝が落ちていたと言っていましたから…町で見かけぬ程の美女は傷があっても美しいと。連れていた野犬は殺したと言っていたので星主が春花様か雪蘭様ではないかと…』
『姉上は雪月にこの事を知らせるようにと命じたんだな』
『それで?』
『背後からの襲撃に星主が私を庇い、怪我を…私を逃した後牢に入れられたようです。星主は雪蘭様を確実に救い出すために葉顔様に助けを求めよと。
しかし翼星主は機会があれば自分が救い出すつもりです』
『何故油断したのだ?お前ともあろう者が』
『…はい。迷い込んだ町人かと思い正しい道を教えようと背を向けた途端に背後から襲うなど非常に狡猾です。碧水は職人の町です。複雑で頑丈な手枷を掛け金品がないなら労働するようにと言い出しました。』
『碧水といえば…我々にとっては昔長生果の競りで大勢の同志達が殺し合いの末全滅した忌まわしい地だ・・』
『義父上、すぐに雪蘭を救い出さねば・・急ぎましょう』
『清流、待て・・慎重に進めるのだ相手が狡猾で尚且つ捕らえたものの仲間が逃げ出したとわかれば相手も警戒する。そんな中にやみくもに突っ込んでも返り討ちに遭うだけであろう?』
『流風の言う通りだ・・・しかし碧水にそんな手練れはおらぬ筈だが・・・一体』
蕭白は首を傾げた
『力のない者でも頭が使えればこの世は渡っていける・・だがそれも今日で終わりだがな』
『秋月、気を鎮めよ。まずは雪蘭、桃雨の救出が先だ雪蘭の状況は何となくは分かったが桃雨は不明なのだぞ』
『全員ここから生きては出さぬ』
『父上・・』
炎輝までもが父の冷たい怒気に恐怖を感じた。
『秋月様、これだけの人数がおります、一気に攻め入っても良いのではありませんか?』
提案したのは長年の腹心葉顔であった。
『・・・』
『待て、相手は狡猾な者達だぞ』
流風の言葉に鋭い一瞥と共に溜息を吐く葉顔
『だからこそです。狡猾されど武芸では素人。考える暇を与えず一気に叩き潰すのも手かと・・』
『それが一番早いな』
『はっ』
『牢の場所は分かる。二手に分かれて一気に叩く・・敵とは言え無能がいくら集まったところで人数に入らぬわ』
『・・・・』
その頃春花の傍で体を横たえていた雪月が顔を上げ春花に鼻を近づける
『雪月?どうした?春花殿はまだ目覚めぬよ・・・』
冷凝は立ち上がり春花を心配する雪月の頭を撫でた
『春花殿はお前の飼い主の母だからな・・・お前にとっても母みたいなものだろう』
『ん・・・』
『え、春花殿?彩彩!彩彩!春花殿が気がつきそうだ!薬湯はいいから早くこちらへ』
薬湯の準備をしていた彩彩を大声で呼ぶ冷凝
『冷凝?どうしたの』
『春花さん?・・・』
『桃雨!!!!』
2人が見つめる中目覚めると同時に春花は体を起こそうとする
『ど、どうした急に春花殿』
『桃雨が泣いてる!』
『・・・・・・』
『・・・・・・』
『二人とも聞こえないの?この声・・・』
『・・・・泣き声は何も』
『そう言えば二人ともなぜここへ?だって私は雪蘭と桃雨を探しに出たのに……』
無言で肯定する2人に、春花は納得した。
『分かったわ兄上ね…』
『春花殿、落ち着いて…乱れた心では正常な行動ができないわ』
『私は大丈夫。大丈夫だからお願いがあるの』
『お願い?』
『そうよ・・・二人にしか頼めない』
『・・・・・』
『なんだ?』
『私を・・伝奇谷の山城へ送ってほしいの』
『あの断崖にある?どうしてまた・・・雪蘭たちの事は秋月や流風が探している。蕭白様もいるのだから心配せず待つがよい』
『いいえ、游絲さんの夢を見たわ、彩彩さん。あの子たちは伝奇谷の牢にいる』
『・・・あ、あの?』
『私しかあの子を救えない!桃雨が不安がっている気がするの・・・お願い』
必死な春花の姿に冷凝も彩彩も断ることはできなかった。
その後6へつづく