永田町異聞 -5ページ目

小沢新党への勘違い、筋違い

小沢新党「国民の生活が第一」が旗揚げした。


毎日新聞は「小沢新党 孤立深める船出」との見出しを掲げ、「急ごしらえの結党大会は来賓も少なく、目立つのは参加議員ら関係者ばかり」と水を差した。


朝日新聞は「小沢新党波高し」の見出しで、「肝心の橋下市長との連携は進んでいない」と、あたかも橋下頼みであるかのごとき印象をふりまいた。


このほか、「多難な船出」(日経)、「展望なき船出」(産経)などと、失礼ながら、大手各紙はまいどの横並び短絡記事ばかりである。


来賓が少なくとも、橋下市長との連携などなくとも、小沢新党に揺るぎはないだろう。


毎日新聞は、どんな来賓を想定しているのだろうか。財界、業界団体、労組の代表がはせ参じていれば、賑やかな船出で良いというのか。


そういう「しがらみ」はいっさい必要がない。真の「国民主権」をめざしているのだから。


朝日新聞は、橋下市長が小沢新党に脅威の念を抱き始めているのに気づいているだろうか。


官僚支配の中央集権的統治機構を解体するという小沢一郎の政治姿勢は20数年来、一貫してぶれることはない。その小沢が民主党のなかで行動を抑え込まれているうちは、地方分権を唱える橋下もエールを送るゆとりがあった。


ところが、小沢が民主党を飛び出して新党をつくり、「反消費増税」「脱原発」で、民・自・公との対立軸を鮮明にしたことにより、橋下の「維新の会」は選挙戦略の立て直しを迫られることになった。


これまで橋下は、民主党政権を批判し、悪者にすることによって、「維新の会」の革新性をアピールすることができた。


だが、野田政権へのアンチテーゼを明確に打ち出して小沢新党が登場したとあっては、その旗印が色あせていかぬとも限らない。


しかも橋下は、一時は「反消費増税」「脱原発」かと思わせながら、大阪都構想をめぐる民・自・公の橋下懐柔政策の罠にはまり、結局は腰砕けとなった感がある。


そしてつい先日にいたっては、消費増税法案で民・自・公の談合をやりとげた野田首相を「すごい、決める政治ができる」と持ち上げる始末となった。


おそらく、「維新の会」の票が小沢新党に流れるのではないかという不安が、ぶれまくる橋下の胸中にふくらんでいるのではないだろうか。つまるところ、小沢一郎という筋金入りの政治家に対する恐怖である。


大手メディアの世論調査結果とは違い、小沢新党「国民の生活が第一」への期待はツイッターなどネットを通じて広がりつつある。


組織やカネはなくとも、国民を裏切った政権への怒りの奔流が、真の政権交代へのエネルギーになるだろう。


55年体制の再現のごとき民・自・公なれあい体制によって、「決める政治」という名の愚策が進められ、マスコミがそれを称揚するようでは、真の議会制民主主義など確立できるはずもない。


勘違い、筋違いの政治、報道が横行するなか、「国民の生活が第一」の使命は重大である。


  新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)


小沢グループ離党の意義

朝日新聞の3日付社説は、小沢一郎とそのグループの離党についてこう書いた。


◇小沢氏は、消費増税関連法案の撤回を要求していた。129時間に及ぶ国会審議と、自民、公明両党との修正協議の末、やっと衆院通過にこぎつけた法案である。無理難題というほかはない。◇


苦労して衆院通過させた法案を潰そうというのか、となじっている。貴紙はいつから民自公の“感情代弁者”になったのかと問いたい。


輸出戻し税という大企業の消費税利権をそのままにしての増税に国民は納得がいくだろうか。


再販制による価格カルテルで増税分を自在に転嫁できる大新聞社が、そのうえ軽減税率の適用まで受けようと財務省に媚を売る。


一方で、財政再建、社会保障の持続などを大義名分に消費増税推進論を展開し、しかも、自らの特権を棚に上げた欺瞞性をいっこうに恥じることがない。そんな報道姿勢を、はたして国民は信用できるだろうか。


この不平等きわまりない法案に反対するため、資金不足や支援組織との関係など、あらゆるリスクをかえりみず、小沢氏をはじめ50人の国会議員が、霞ヶ関色にすっかり染まった民主党と決別した。


もし彼らの造反行動がなかったら、アンチテーゼが国民にかくも鮮やかに示されないまま、民自公の談合の産物である増税案がおおでを振って歩いていただろう。


「壊し屋」がまた政界をかき回しているという、画一的な記事の氾濫は、記者たちが自分自身の自由闊達な思考を封印しているせいに違いない。


新聞社やテレビ局という組織のなかでは、世間に受け入れられやすいイメージをもとに記事をつくるのが、処世術としても、短時間に書き上げる術としても、すこぶる楽なのである。


むしろ、この国の政治の不幸をただ一つあげるとすれば、これまで小沢以外に革命児的「壊し屋」がいなかったということだ。壊さなければ、新しい国のかたちはつくれない。


もし小沢一郎が存在しなければ、1955年以降初めて非自民政権が誕生した93年政変も、小選挙区制導入などの政治改革も、ましてや国民の選択で実現した09年の政権交代もなかったであろう。


ダイナミックな政治の動きには、ほとんど小沢がからんできた。


彼が離党、結党、解党をくりかえし、多くの政治家がついたり離れたりしたことをネガティブに言いつのる陳腐で定型的な言説があるが、それは官僚支配体制の解体、政治主導の実現という一本の理念を貫こうとする過程で生起したさまざまな現象を誇大に吹聴しているにすぎず、本質とはほど遠い議論である。


小沢は近いうちに新党を旗揚げし、「反増税」「脱原発」を訴えるという。選挙で勝つためのスローガンに過ぎないと受け取られがちだが、選挙で公約したことは最大限守るべきだという小沢の政治姿勢は、今回の離党で証明されたといえよう。


離党をためらう人数をかぞえて小沢の求心力低下に結びつけようとするマスメディアの近視眼に惑わされる必要はない。われわれは、大きい政治の流れのなかで小沢一郎をとらえる視点を忘れないようにしたいものである。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

決める政治の前進と増税案可決を礼賛する大メディアのおめでたさ

マスコミという特殊な世界では、昨今、「決める政治」というのが金科玉条になっているようである。


筆者にはごまかしとしか思えない「社会保障と税の一体改革関連法案」が衆院を通過して、「決める政治」が前進したという。


「『決められない政治』が、ようやく一歩、前に進む。素直に評価したい」(朝日社説)


「やっと一歩を踏み出した『決める政治』を前に進めていくしかない」(日経、池内新太郎政治部長)


打ち合わせでもしたかのような画一表現。これら論者の描くのは、「決めようとする野田首相の足を引っ張る小沢一郎」という構図だろう。


だから池内氏の「延々と同じ議論を蒸し返す。…底流に渦巻いていたのが小沢一郎元代表が仕掛ける権力闘争だ」など、片手落ちの議論がまかり通る。


決めようとする中身が悪いなら、決めないほうがよいのだが、それはさておき「政治とカネ」のみならず「決められない政治」の元凶にさえまつりあげられた小沢氏の身になって、よく考えてみよう。


そもそも、「決められない政治」をつくったのは、菅直人前首相ではなかっただろうか。


まさに今、野田首相が政治生命を賭けるという消費増税を、菅前首相が参院選前にぶち上げたことから、衆参のねじれが起こった。


「延々と同じ議論を蒸し返す」ばかりで、ついには国会の外の与野党協議という「談合」によって決めようと画策したのが、今回の消費増税法案であろう。


その密室談合はまさに、民主党分断をねらう自公の言うなりであった。「あんたのところの小沢、あいつと手を切れば組んでもいいぜ」といえば、少々やくざっぽいが、実態はそんなところだ。


消費増税でぶれたら自分の政権は終わりだと思えば、たとえ相手が悪魔であろうと詐欺師であろうと、救いの手にすがりたくなるだろう。


野田首相はこの罠にまんまとはまった。党内議論を十分に尽くさず、小沢グループ切りを覚悟で消費増税関連法案の採決に突っ込んだ結果、予想をはるかにこえる造反者が出た。


この法案への民主党の反対票は57人、欠席・棄権が15人にものぼった。彼らに厳しい処分を下さなければ参院審議に協力しないという谷垣自民党総裁の筋の通らない言いぐさからは、「国民不在」の党議拘束を民主主義と称してはばからない大マスコミと同じ傲岸不遜のニオイを感じる。


消費増税で手を組んだ自民、公明両党は、早期の解散・総選挙で政権を奪還することが最大の政治目的である。野田をたらしこんで民主党を分裂させたことにより、反野田となった小沢グループも勘定に入れ、内閣不信任をつきつけて野田を解散に追い込む展望が開けつつあるといっていい。


さて、法案の中身である消費増税のことについて、少しふれておきたい。周知の通り、このデフレ不況下、消費税は中小零細企業にとって本当につらい負担だ。簡単にいえば、消費税分を販売価格に上乗せできない、つまり転嫁できないからである。


1000円の商品を1050円で売りたいのはやまやまでも、競合他社が980円の値段をつけたら、それに合わせないと売れてゆかない。50円の消費税を客からとるどころか、収入を減らしたうえ、消費税分を自腹で納税することになる。


それでも消費税制度の理屈の上からは、980円のうち、46.6円は客から預かったものとみなされる。つまり実感では自腹だが、自腹とはいえないわけだ。


大企業の下請け部品工場でも、街の小売店でも、納税時期になると、たとえ大赤字といえど、わずかな社長の個人預金を取り崩したり、生命保険を解約したり、あるいはどこかから借りたりして納税分のおカネを工面しなければならない。


そのような庶民の痛みを知ってか知らずか、この国の首相は消費税を5%から2倍の10%に引き上げることに政治生命をかけるという。


困ったことに、日本の事業者の75%ほどが赤字だといわれる。そのうち9割以上は中小零細企業だ。


消費税の倍増政策は、「中小零細企業抹殺計画」といいかえてもいいほどである。中小零細企業で働いている大多数の国民が職を奪われ、いっそう深刻な不況に見舞われるのは目に見えている。


みんなが儲かってふところ豊かだった時代ならまだしも、カツカツで生活している人の多い時代に採るべき政策ではない。


むしろ、増税による税収増分は口を開けて待っている巨大天下り組織とそこからの受注に頼り切っている多くの企業に流れ込み、本当にそれを必要とする人々を潤す間もなく、乾いた砂に吸い込まれるように消えてなくなるに違いない。


倒産企業と失業者を雪だるま式に増やし、何年か後には税収が今よりもさらに落ち込んで、社会保障どころか展望の見えない生活苦で自殺に追い込まれる人もますます増加する可能性がある。まさに反福祉的政策であるといえる。


そういう意味で、小沢一郎ら消費増税反対を唱えるグループが、政権維持に躍起となる民主党主流派の圧力を跳ね返し消費増税法案の採決で反対を貫いたことは、ごく普通の考え方に沿ったものである。


人の暮らしを守ると言いつつ特権集団に与する現民主党政権首脳の、霞ヶ関的「机上の空論」に染まった脳天にも少しばかりは響いてほしいものだが、野田、岡田、前原、仙谷といった顔ぶれではどうにもならないであろう。


生活実感が乏しく想像力の欠如した「試験秀才」の政官財学報ネットワークががっちりこの社会に根をはっている以上、彼らの利益が優先される構造の「破壊者」がまずは必要であり、破壊することによって新しい統治の仕組み、予算の組み替えが可能になることに我々庶民は思いをいたす必要がある。


ゆめゆめ「壊し屋」というネガティブキャンペーンに乗せられることなく、小沢氏らの行動を見ていくべきだろう。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

野田首相が民主党にいる資格はない

被爆国でありながら日本政府は電力会社に税金と特権と規制による恩恵をほどこし、国内に原発をつくり続けた。


あげく、原発が「国民生活を破壊する」ありさまを福島第一原発の事故が見せつけた


その国の首相が「国民生活を守る」と大見得切って結論を出したのが、大飯原発の再稼働である。


殺人犯人が、被害者の亡骸を前に、使った凶器を他人に見せながら、君たちの生活を守るためにこれからもこの凶器を使い続けると宣言しているようで、背筋が寒くなる思いがする。


原発を止めたままでは停電が起こり命の危険にさらされる人も出ると野田首相は言う。


原発を無くさない限り、全国民が命の危険にさらされると、言い直すべきではないか。


野田首相はこうも言う。「福島のような地震・津波でも事故を防止できる体制が整っている。全電源が失われても炉心損傷に至らない」。


その一方で、万が一に備えて逃げも打つ。「もちろん、安全基準に絶対はない」「政府の安全判断の基準は暫定的なもの」。


それならなぜ、「事故を防止できる体制が整っている」と断定できるのか。


ごまかしが得意な官僚のいわゆる「霞ヶ関文学」か、それとも財界や霞ヶ関への思いやりが深い野田首相の論理破綻か。


先に結論があると、こじつけの理屈になる。特捜検察の作文も同じだ。


そういえば、ウソ満載の捜査報告書を検察審査会に提出して、小沢一郎を強制起訴に追い込んだ田代検事や、その上司である佐久間特捜部長らの犯罪は、閉鎖的なタコツボ論理のなせるわざという点で、野田官邸と通底する。


同じ身内への捜査でも、大阪地検特捜部のケースと違ってマスコミが騒がないのをいいことに、検察庁はなんとか裁判沙汰にせずごまかせないかと思案中のようだ。


このような検察に指揮権発動をしてでも田代検事らの起訴をさせようとした小川敏夫前法相の気持ちもよく分かる。


ただし、退任記者会見で「指揮権発動を考えた」と言うのは、首を切られた悔しさからくる「引かれ者の小唄」のようでもある。


検察への情に厚い野田首相が何と言おうと、法務大臣の権限である指揮権発動をやってしまえばよかったのだ。


いずれにせよ、野田首相は「原発によって国民の生活を守る」と宣言し、この国を旧態依然の官僚国家であらしめる路線を鮮明にしたといえる。


統治機構の改革を掲げて政権交代を成し遂げた民主党に在籍すべき政治家でないことは明らかである。

 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

官僚統治こそが決められない政治の根本原因だ

「増税の前にやるべきことがある。行政の仕組みを中央集権の官僚支配から地方分権に変える大改革を実行すると国民に約束した。それが緒に就いていない」


小沢一郎は、「官僚支配体制」の解体という、政権交代時に厳然と存在した民主党の理念を野田首相に諄々と説いた。


しかし、消費増税パラノ症候群に陥っている野田首相の耳には素直に入っていかない。


マスコミもこれを「増税の前に行政改革」という定型句で素通りし、野田首相の言葉を借りて、「消費増税時期の時間軸の違い」という技術論に矮小化しようとする。


官僚中央集権の統治機構こそ、「決められない政治」の根本原因である。政治家はなにごとも省益優先の官僚に依存し、「先生」とおだてられてその代弁者となり、「ご説明」にコロリと騙される操り人形に成り果てている。


「議院内閣制」は名ばかりで、実態は「官僚内閣制」だ。


各省庁が、天下り先の企業や業界団体の利害得失を優先した予算配分や政策を進めようとすれば、一般市民の価値観と対立するのは当然であり、そこから情報・便宜サービスによってマスコミを手なずけ世論を操作するという悪だくみも生まれてくる。


性急な消費増税論に走るのも、停電恐怖で原発再稼働という特攻精神をあおるのも、政治家の裏で振り付けている連中の仕業である。


国民に選ばれた政治家が「民権」を重んじず、実態として官僚組織に握られている「国権」の使い走りをやっている。


憲法上、国権の最高機関であるはずの国会は、さながら、官僚に振り付けられた政治家踊りの舞台のようである。激しい論戦であるかのごとき質疑の多くは、地元や支持団体向けのパフォーマンスにしか見えない。


小沢は、明治以来続いてきた骨抜き政治におさらばし、根本的に統治機構を変えたいと言っているのだ。


これまでの統治機構の延長線上でお愛想ていどに行革をやればいいという、霞ヶ関への迎合的姿勢が、野田首相をはじめとする政権中枢の面々に見えるからこそ、検察の弾圧で疲れ切った身に鞭打って、あえてここで小沢は踏ん張ろうとしているのではないだろうか。


それは、真の民主主義をこの国に確立したいという、多くの国民の願いと一致するはずだ。


日本になぜ真の民主主義が育たず、官僚支配体制が続いてきたのか。


その淵源は、大久保利通、木戸孝允、西郷隆盛らが相次いでこの世を去った明治11年以降、伊藤博文とともに政府の実権を握るようになった山県有朋が、ヨーロッパ視察でフランスの「民権」に恐れを感じて帰朝したあたりからみてとれる。


富農層の政治参加要求がもたらした自由民権運動は、憲法制定と議会開催を求めて盛り上がり、各地の演説会場はあふれるほど聴衆がつめかけるようになった。


山県は藩閥支配を脅かすこの運動に危機感をおぼえ、運動を弾圧するため、憲兵を設け、警官にサーベルをもたした。


政府は明治23年の憲法施行、帝国議会開催を約束したが、それまでの間に、山県有朋は周到に、官の権力を温存する仕組みをつくりあげた。


「天皇の軍隊」「天皇の官僚」。軍隊や官僚は神聖なる天皇のために動く。政治の支配は受けない。そんな仕組みを制度に埋め込んだのだ。


明治18年に初代伊藤博文内閣が発足し太政官が廃止されるや、内務大臣となった山県はエリート官僚を登用する試験制度を創設し、中央集権体制を確立するために市町村制、続いて郡制・府県制を実施した。


避けて通れないのが人心の問題だ。いかに政府の思うように大衆を引っ張っていくか。


江戸日本人の道徳は藩主、すなわち恩ある殿様を敬い、従うという風であったが、明治になって、それに代わる忠誠の対象が必要になった。


そこで山県を中心に考え出されたのが天皇の神格化であり、そのためにつくられたのが「軍人勅諭」や「教育勅語」である。


山県は松下村塾以来の皇国思想をその基盤とした。天皇と国民が道徳的絆で結ばれることで日本の民族精神は確立する。そして、それは日本の古代からの伝統である、というものだ。


ところが、記録のない古代はいざ知らず、実際にはこの国において天皇が国民と道徳的絆で結ばれて統治したという歴史はほとんどないといえる。


壮大なフィクションで天皇統治の国体を創造し、軍や官僚を中心に西洋列強の圧迫を跳ね返す国力をつけようというのが山県のねらいだった。


自由民権運動、政党の台頭、憲法制定という近代化の流れ。時代に逆らうことはできないと知りつつ、あたかもその推進力を形骸化するかのように、天皇の名の下に独裁に近い体制を築き上げていったのである。


そうした軍部や官僚への政党の関与を許さない、天皇直属体制が、昭和になって統帥権の名のもとに軍部の暴走を許し、気に入らない政治家を暗殺する暴力装置として働いて、国あげての軍事態勢へと突入していった。


そして、敗戦で過去の国家体制が崩壊し、新憲法で国民主権が謳われても、天皇の官僚は、必ずしも国民の官僚とはならなかった。


官僚は難関の国家公務員試験をパスした者たちの集団であるがゆえに、「一般人とは違う」という、いわば「身分」のような意識が強い。


封建的な表現でいえば、同じ身分、同じ階級の仲間共同体ができあがり、自分たちが国家を背負っているという自負心が増長しやすい。


そこで、自分たちの身分共同体、すなわち非公式の階級を守りたいという、組織防衛の意識が異常に強くなり、それが国家国民の公益よりも優先されるようになってくる。


そしてそのありがたい身分を老後まで守り抜きたいという思いが、共同体の掟のなかで受け継がれ、退職後の天下りやわたりの人事異動まで、出身府省の官房が世話をするという、生涯まるがかえの巨大官僚一家が構築された。


そうした官僚独裁ともいえる権力構造の解体をめざした政権交代の理念とは裏腹に、野田首相は自民党政権時代と見紛うばかりの官僚依存に戻ってしまった。その象徴ともいえる方針転換が、内閣法制局長官の国会答弁復活だ。


国の予算を握っているのが財務省とすれば、法の制定や解釈を左右するのが内閣法制局である。


法解釈を盾に内閣法制局が省益を守る側に立ち、政治主導による政策遂行を妨げることがある。


そのトップである内閣法制局長官を、民主党政権は国会で答弁する「政府特別補佐人」のなかから除外していたが、通常国会開会後の今年1月26日に復帰させた。


そもそも、内閣法制局長官の国会締め出しは、代表時代から小沢一郎が主張していたことだった。脱官僚依存を実行するためには、この組織の権力を削がなければ話にならない。


小沢は内閣法制局に自民党時代から何度も煮え湯を飲まされた経験がある。


1990年、イラクがクウェートに侵攻して湾岸戦争がはじまったとき、小沢は海部内閣時代の自民党幹事長だった。国連決議で派遣された多国籍軍に協力するため自衛隊を活用すべきだと小沢は主張した。


東西冷戦が終わり、日本も国際社会できちんと役割を果たす一人前の国家になるべきだという認識が小沢にはあった。


その意見に強硬に反対したのが内閣法制局だ。憲法で禁じられた集団的自衛権の行使にあたるという理由だった。


日本の石油タンカーが往来するペルシャ湾の危機に直面し、130億ドルもの巨額なカネを出しはしても、命を賭ける人的な貢献をしない日本政府に、多国籍軍に参加した各国から冷ややかな視線が向けられた。まさに外交敗戦だった。


内閣法制局が担う役割は内閣法制局設置法で次のように定められている。「法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べること」。


ところが、実態としては単なる意見具申機関にとどまらなかった。


内閣法制局の判断に従って政府提出法案がつくられ、憲法などが解釈され、それに沿って政治、行政が進められてきた。各省庁は、法制局のお墨付きを得られなければ法案ひとつ作れなかった。


積み上げてきた法解釈の連続性、整合性を、変転しやすい政治の動きから守ることこそ、自分たちのつとめだと信じて疑わないのが、内閣法制局の伝統的思想なのだ。


法制局の言い分も分からぬではないが、それで時代の変化に対応していけるかとなると甚だ疑問である。法解釈の整合性を重視するあまり思考が硬直化し、迅速で柔軟な法案作成が必要なときには、障害になるだけだろう。


とくに憲法解釈を内閣法制局が担うという実態には、根本的な問題がある。


そもそも憲法は、国民から統治者へ向けた、いわば契約書である。国民が守るべきものは憲法ではなく、法律や法規範だ。つまり主権者である国民の利益に反したことをしないように、統治者が絶体に守るべき基本ルールとして定めるものが憲法である。


その解釈を、行政サイドにある内閣の役人が担い、国民に選ばれて立法機関である国会に集まった政治家がそれに従うというのでは、国民主権と、憲法の目的からして、本末転倒なのではないだろうか。


その本末転倒が許されてきたのは、政治家の不勉強による官僚依存、政官の馴れ合いなど、いくつかの要素が重なり、絡み合ってきたからにほかならない。


小沢は、そうした日本政治のぬるま湯体質が、官僚の実質的支配につながり、ひいては役所や関連団体などの組織的増殖、天下りの横行を生んできたのだという問題意識を持ち続けてきた。


そして、国会の論戦さえ法制局の判断に依存するという悪弊を断ち切るために、法制局長官の答弁禁止を主張し、政権交代によって実現させた。


もちろん、法制局長官という強力な助太刀がないなかでの国会答弁は、閣僚に負担を強いることは確かである。


鳩山内閣では枝野幸男が、菅内閣では仙谷由人が法令解釈担当として国会で答弁する役割を担ったが、昨年9月、菅から政権を引き継いだ野田首相は、早々に方針を転換し、現内閣法制局長官、山本庸幸を国会の自席の後部席に座らせた。


失言へのガードが固い野田の性格がもろに出た手堅い変更といえるが、かつて自由党党首だった時代の小沢が、自民党との連立協議のなかで、官僚が代理答弁する政府委員制度の廃止を認めさせ、国会を議員どうしの討論の場にするよう変革を志した経緯を考えると、いささか、やるせない。


小沢はその自自連立政権において、政府委員制度廃止とともに内閣法制局長官の国会答弁廃止も求めたが、自民党はついに首を縦に振らなかった。しかし、民主党への政権交代にともなって、ようやくそれが実現したのである。


法案をつくるさい、各省庁は事前に法制局の審査を受け、承認を受けることではじめて閣議決定に持ち込み、国会に提出することができる。


だが、官僚が官僚の作成した法案に権威づけをして国家運営をコントロールしているにすぎず、国民に必要かどうかを判断しているわけでは決してない。


小沢はそういう官僚の脱政治的「職欲」とでもいうべきものを排し、政治家どうしの真剣な議論の末に法律や政策が決定される、ごくあたりまえの国会のありようをめざしてきたといえる。


行政も、国会も、司法も、変わらなくてはならない。真の民主主義のために。


「行政の仕組みを中央集権の官僚支配から地方分権に変える大改革を実行する」という小沢の統治機構改革が、いつの日か緒に就くことを期待したい。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

特捜の歴史的犯罪に手を貸す小沢控訴

近頃はやりの船中八策とくれば、司馬遼太郎がその話の途中、おりょうとのからみの場面で、龍馬に語らせたこのセリフを思い出す。


「人の諸々の愚の第一は、他人に完全を求めるというところだ」


だから、どうでもよいことで、争いが起こる。知恵がないから、いつまでも長引く。


検察が不起訴にし、東京地裁が無罪にしたにもかかわらず、指定と名のつく弁護士から控訴されるという珍現象も、諸々の愚のひとつにあげられよう。


資産家の娘を妻に持つ小沢一郎という政治家が4億円を持っていて、自分の政治団体に預けた。小沢にすればそれだけのことだ。


政治団体の会計責任者がその4億円を定期にして銀行から4億円のカネを借り、その年の政治資金収支報告書に「小澤一郎から借入金4億円」と記載した。


土地の代金を支払った日から、2か月ちょっとずれた翌年の初めに土地を登記し、その日を取得日とした。


これについて、小沢が4億円を持っていたことを隠そうとした工作であるように想像するのは勝手だが、完全隠蔽を企図したものなら、もっと違う手があるだろう。


どうみても、不手際とかミスの類で、従来だと報告書の修正ですんだていどのことである。


それを、いつまでも、果てしなく、統治機構の改革を掲げてきた政治家を悪者だと小突き回し、食いものにし、村八分にしようとする。


正義を勘違いした検察の病いは、指定弁護士とやらに感染し、そのウイルスは、控訴発表の朝まで「弁護士としてやるべきことか」と逡巡した良心の最後のかけらさえ粉砕した。


大手マスコミにとっては長い審理の末の「無罪判決」よりも、三人の指定弁護士が挙手で決めた「控訴」のほうが重大であるらしく、党員資格の復活が時期尚早だと言わんばかりの報道ぶりだ。


前原政調会長の言うように「三審制」に重きを置くならば、判決さえ出ていない段階で、なぜ党員資格を停止したのか、理屈がわからない。一審の判決を軽視する姿勢は政治家としていかがなものか。


それにくらべ野党でありながら、自民党の小野寺五典がツイートした以下の発信はごく普通の感覚で、これこそ人の好き嫌いや政治的思惑に左右されないコメントと合点がいく。


「今回の控訴には疑問が残ります。裁判過程をみても控訴審では無罪が濃厚です。いたずらに審議を長引かせ、選挙でえらばれた議員の活動をさまたげるのは議会制民主主義を否定するものではないでしょうか?」


前原だけではない、消費税に命を懸けるという野田首相、「原発を一切動かさないのは日本が集団自殺をするようなもの」という仙谷政調会長代行も含め、民主党中枢は、もはや精神病理学的に興味深い対象となってきた。


ところで、市民団体にもいろいろある。


検察の小沢不起訴を不服として検察審査会に申し立てた市民団体は代表者名など素性を明らかにしていないばかりか、市民オンブズマンのようにHPを立ち上げて公開することもない。


まさに、市民感情という得体の知れないものを旗印に、気に入らぬ人間を潰そうとする、現代の魔女狩りといえる。


一方、石川議員の聴取に関する虚偽報告書を作成した田代検事や当時の佐久間特捜部長らを最高検に告発し受理された「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」(八木啓代代表)は、記者会見まで開き、テレビやネットに姿をさらして勇気ある行動を続けている。


その活動のなかで、重大な事実が判明し、司法記者クラブで発表した。八木代表が入手した東京地検特捜部の捜査報告書。これをダウンロードして目を通すと、田代検事の報告書のほか、木村検事、斎藤検事(副部長)の報告書も含まれていた。


本来、不起訴を問題にしている検察審査会に対しては、なぜ不起訴にしたのかの理由を重点に検察は説明すべきである。ところが、検察審に提出されたこれらの報告書は審査員を強制起訴判断に誘導する目的をもって作成されたとしか考えられない内容だった。


たとえば木村検事が平成22年5月19日付で作成した捜査報告書の「捜査により判明した事実等」には以下のように記されている。


1.小沢事務所が受注業者の決定に強い影響力を有すると目されていた胆沢ダムの二つの工事の入札時期に、陸山会に各4億円の不自然な現金入金があったこと。


2.小沢事務所が胆沢ダムの2工事に関して水谷建設から合計1億円を受領し、最初の5000万円が本件4億円に含まれている可能性が高いこと。


3.小沢らは、本件4億円及び平成17年3月の4億円の各出所について不合理な説明に終始して、出所を明らかにしないこと。


証拠もなく、勝手に検事が当て推量しているだけの内容を、「捜査で判明した」としている。これでは素人の審査員が騙されるのも無理はない。


読売新聞でさえも、5月5日に次のような記事を掲載した。


「当時の東京地検特捜部長だった佐久間達哉検事が、同部副部長が作成した別の捜査報告書について、小沢一郎元代表の関与を強く疑わせる部分にアンダーラインを引くなど大幅に加筆していたことが分かった」


当時の佐久間部長以下、特捜部の強硬派が、不起訴処分に納得できず、検察審を利用して小沢起訴に持ち込もうと躍起になっていた様子がうかがえる。


まさに、歴史に残る東京地検特捜部の組織的重大犯罪といえる。


最高検は、大阪地検特捜部よりはるかに悪質なこの身内の犯罪を厳正に受けとめ、歴史に恥じぬ捜査を進めるべきである。


迷える指定弁護士の三人には、一刻も早くこの佐久間グループと同じような呪術的な精神症状から脱け出し、ことの本質が見える眼力を取り戻されるよう祈るばかりである。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

小沢無罪判決の本質

「これから控訴するというのはなかなかつらいというのが正直なところです」


記者に控訴するかどうかを問われ、小沢裁判で検察官役をつとめた指定弁護士は苦笑いしてそう言った。


もともと、お気の毒な立場の方々である。自分たちが捜査したわけでもなく、証拠はもちろん、さしたる信念もないのに、行きがかり上、役柄を割り当てられて、仕事をこなしてきた。失礼ながら、東京地検特捜部の下請けのようなイメージで見られることもあるだろう。


そのあげく、東京地裁の裁判長に、あなた方の言うことはよくわかるとその努力をたたえられたうえで、それでも小沢氏が元秘書と共謀したという証拠はないと突き放された。これ以上、我々になにができるというのか…そんな気分にもなるだろう。


小沢無罪は、当然すぎるほどである。もちろん、東京地裁の判決内容の細部には問題もあるが、「任意性の疑いがある捜査があった。あってはならないことだ」と東京地検特捜部の取り調べを批判し、虚偽捜査報告書について検察の自浄的調査を促した点は評価できる。


最高検は、大阪地検特捜部のFD改ざん事件で見せた身内への迅速な捜査を、東京地検特捜部についても進めるべきであろう。


さて、小沢裁判の本質は、政治資金収支報告書の記載方法というチマチマした問題ではなく、政権交代前夜の首相候補者を抹殺しようとした検察(行政)権力の企てに、司法権力がどう対処するかという、その一点にあった。


04年の陸山会収支報告書に「小沢一郎からの借入金4億円」と明瞭に記されている以上、小沢氏に4億円の資金提供を隠そうという意図や理由があったとは全く考えられない。


にもかかわらず、むりやり「4億円には水谷建設からの裏金が含まれている」というストーリーをでっちあげたのが東京地検特捜部だった。


2009年春、麻生政権は国民の支持を失ってダッチロール飛行を続け、誰の目からも民主党への政権交代、すなわち「小沢総理」の誕生が間近に迫っていると見えた。


しかし、そのころ東京地検特捜部では、小沢民主党政権誕生を阻止する方策が練られていた。


自衛隊は別として、現代の公的暴力装置といえるのは、人をお縄にかけることのできる検察や警察、そしてペンや電波の威力で世論を変えうるマスメディアであろう。


それゆえにこそ検察は、政治権力ににらみを利かし、政治家をバカ呼ばわりし、司法記者クラブを通じてメディアをコントロールして、正義を体現する国家の主人公であるかのごとき幻想にひたっている。


彼らにしてみれば、政治家は誰しも叩けばほこりが出る汚れた存在だ。不動産売買などが目立ち、つねに彼らがマークしてきた小沢氏が、仕留めたい政治家のナンバーワンだったことは間違いない。


加えて、官僚支配体制の解体を唱えていた小沢に反発する空気は霞ヶ関全体を覆っていただろう。


自公政権下で検察内部の「裏金問題」を隠し通してきたことも、麻生政権救済へのモチベーションを高めたはずだ。政権が代われば自分たちの組織も安泰とはいえない。


「その道の第一人者をターゲットにする」といわれる国策捜査への着手に向けた流れは検察の穏健派にも押しとどめようがなかった。


特捜部が政治家への捜査で目をつけるのは当然のことながら贈収賄の匂いがする資金の流れだ。政治資金収支報告書への記載方法をめぐる些細な案件で小沢の元秘書らを逮捕したのは、ゼネコンから裏献金を受け取ったと口を割らせたいからにほかならない。


特捜部は小沢から出た土地購入資金4億円に裏献金が含まれていると思い込み、元秘書らを締め上げるとともに、関連する建設業者への事情聴取を躍起になって続けた。


しかし、元秘書らは裏献金を全面否定し、服役中だった水谷建設元会長の「5000万円を渡した」とする供述を除いて、何一つ小沢サイドに不利な証言は出てこなかった。


しかも、水谷建設元会長は、冤罪の疑いが濃い佐藤栄佐久元福島県知事の汚職事件で、佐藤の弁護士に「検察の言うとおりに証言した」と告白したいわくつきの人物である。当然、その証言は証拠価値が極めて薄い。


結局、特捜部の手もとに残ったのは、建設業者への取り調べメモ70通だった。そして70通のすべてが、「小沢側にカネは渡していない」など、小沢有利の証言ばかりだった。


東京地検は上級庁と相談のうえ、やむなく小沢起訴を断念した。しかし、「小沢一郎との全面戦争だ」と意気込んでいた特捜部の急進派検事たちはこの決定に納得しなかった。真相の追求という本来の任務から逸脱し、自己目的化した小沢抹殺という、歪んだ情念をもはやかき消そうともしなかった。


彼らが目的達成に一縷の望みを託したのは、あろうことか、東京地検の不起訴処分が適正かどうかを判定する検察審査会の市民たちに与えられた強制起訴という新権力だった。


自分たちの組織が決定したことを不当だとして、小沢を強制起訴してもらうことが彼らの新たな目的になったのである。


吉田正喜特捜副部長は「今回は小沢を起訴できないけれども、検察審査会で必ずやられる」と、小沢の元秘書、石川知裕衆院議員に語ったといわれる。


自分たちの組織の決定を否定されることを望む一種の倒錯的な言動だが、彼らの「気分本位」な行動原理のうえでは一貫性があるのだろう。


この国の政治は、菅政権、野田政権と移りゆくうちに、脱官僚依存、政治主導という政権交代の看板理念はどこかに消え失せ、いまや自民党政権時代に逆戻りしたかのごとく財務省を中心とした官僚支配が復活している。


このため、省庁縦割りの壁がたちはだかって震災復興への足取りは鈍く、揚げ足取りに終始する国会のていたらくで、必要な法案もスムーズに通らない。


このような国難の時こそ、勇猛果敢に政治決断のできる人物が必要であり、日本の政界を見渡すとき、その適格者がいるとすれば小沢一郎しか思い当たらない。


ところがこの国には、はるか昔から、中央集権官僚を軸とした既得権を守護するモンスターのような強力免疫システムが存在し、小沢のような異端者を見つけると撃退にかかる。


そこにマスコミはおろか「市民感覚」の衣をまとった正体不明の新権力「検察審査会」までが小沢退治に加わって、暴力的な政治破壊へと突き進んだ。


それは、まさに小沢が法廷で次のように陳述した戦前の歴史を彷彿とさせる。


「日本は戦前、行政官僚、軍部官僚・警察検察官僚が結託し、財界、マスコミを巻き込んで、国家権力を乱用し、政党政治を破壊しました。その結果は、無謀な戦争への突入と悲惨な敗戦という悲劇でありました。昭和史の教訓を忘れて今のような権力の乱用を許すならば、日本は必ず同様の過ちを繰り返すに違いありません」


モンスターのごとき官僚組織の最前線に立つ検察は戦前、天皇の名のもとに権力を使ったが、戦後は仕える相手を国家という抽象的な概念に置き換えて、国家の守護者たる自分たちこそ正義であると盲信し行動しているかに見える。


その傲慢な遺伝子のルーツをたどれば、平沼騏一郎に行き当たる。政治に介入する検察をつくった平沼の血を戦後に受け継いだのが「検察の鬼」といわれた河井信太郎といえるだろう。


警察より検察の力が強くなったのは1909年(明治42年)の日糖事件がきっかけだった。大日本精糖が衆院議員に贈賄攻勢をかけたこの事件で、検察は衆院議員二十数人と日糖の重役を起訴した。


もちろんこれほど多数の国会議員がからんだ汚職事件は初めてのことであり、ときの大審院(今の最高裁)検事だった平沼が、桂太郎首相の懇請を一部受け入れるかたちで貸しをつくりつつ、検察という組織への恐怖を政界に植えつけた。


これを機に検察の捜査権限、訴追裁量権が拡大され、平沼を中心とした思想検事たちの、いわゆる「平沼閥」が形成されてゆく。


平沼の指揮のもと「史上最大の暗黒裁判」といわれる大逆事件で幸徳秋水らが死刑になったあと、海軍疑獄のシーメンス事件の捜査では第一次山本権兵衛内閣が倒れるほどの衝撃を政界に及ぼし、平沼がのちに第二次山本権兵衛内閣が誕生したさい司法大臣として入閣する道を開いた。


そのころ、平沼は皇室中心主義の「国本社」なる修養団体を結成し、司法官僚や軍部将校、国家主義的政治家を集めて、国粋主義、右翼思想の拠点とした。


平沼は天皇の諮問機関「枢密院」副議長だった1934年、帝人事件の発覚と同時に、首相の座をめざして大勝負に打って出る。


斎藤信内閣を倒すために配下の司法官僚を動かし、検察に政財界の16人を贈収賄などで起訴させて倒閣に成功したが、全員に無罪判決が出て、「検察ファッショ」「倒閣目的のでっち上げ」と批判された。


自由主義的な政策を打ち出していた斉藤内閣が崩壊したことにより、日本は軍国主義の道をひた走る。平沼は1939年、念願の首相の座に就いたが、三国同盟をめぐる閣内対立により8か月足らずで早々と退陣した。


明治憲法においては行政官庁である司法省が裁判所の人事権を握っていたため、現実には検察が裁判所に干渉することが可能だった。平沼が登場してからは「検事司法」と評されたほど検察の優位がめだった。平沼主導のもと検察は政治性を強め、思想検察といわれるグループが主流派となっていった。


いまの東京地検特捜部を見ていると、その実態は平沼の「思想検察」とほとんど変わらないように思える。


平沼の強権性の遺伝子を受け継いだのは河井信太郎といっていいだろう。


1954年の造船疑獄は、誕生間もない東京地検特捜部が総力をあげて取り組んだ戦後初の本格的贈収賄事件だ。


マスメディアの「検察正義史観」は、河井が関わったこの事件に端を発しているのではないかと思われる。


戦争で疲弊した造船や船舶会社が経営再建のため、有利な立法を画策し、政官財界に巨額のカネをばら撒いた。


容疑者の一人が、政権を握っていた自由党の幹事長、佐藤栄作だったが、指揮権発動で刑事訴追を免れた。


政治権力に幹事長の逮捕を阻まれ、河井ら正義感の強い特捜部の検事が涙を飲んだという伝説がいまだに信じられている。


伝説をつくったのは、もちろんマスコミだ。政治家は自らの利益のために「正義の検察」を邪魔する悪党であるというイメージが国民の頭に刷り込まれた。


しかし実のところ、それは、検察が政治に敗北したのではなく、勝利したことを意味していた。


ジャーナリスト、渡邉文幸の著書「指揮権発動」が、その理由を解き明かしてくれる。


この本の核心は、事件捜査当時、法務省刑事局長だった井本台吉氏による40年後の証言だ。


それによると、河井信太郎ら特捜部が佐藤逮捕をめざして宣戦布告したものの、捜査が進むにつれ検察に勝ち目のないことが分かり、検察首脳の焦りはつのった。自ら撤退すれば検察の威信が揺らぐ。


そこで、東京地検検事正、馬場義続は、やむなく捜査を終結せざるを得ない状況をつくるため、副総理、緒方竹虎に「指揮権発動」を働きかけた。馬場の親友、法制局長官、佐藤達夫も援護射撃し、最終的に吉田茂首相が「指揮権発動」を決断したのである。


こうして東京地検特捜部には「名誉ある撤退」の道が開け、かろうじて面目を保った。その一方で、犬養法相は「指揮権発動」の翌日、辞任した。


河井信太郎について、元検事総長、伊藤栄樹は「河井の調べを受けて自白しない被疑者はいなかった。しかし法律家とはいえなかった。法律を解釈するにあたって、無意識で捜査官に有利に曲げてしまう傾向が見られた」と語ったという。


ここに、ロッキード事件から村木冤罪事件につながる数多くの強引な捜査の原型があるとはいえないだろうか。そしてそれは、石川知裕衆院議員への取り調べ録音テープでうかがえるように、陸山会裁判にも通底している。


河井の強引な捜査手法を形成したのは、やはり平沼騏一郎由来のDNAであろう。


マスコミによって「正義の特捜」vs「巨悪の政界」という単純図式を、世間は信じ込まされ続けてきた。


平沼から河井、そしてその後輩検事に受け継がれた独善・歪曲のDNAは、ロッキード事件、リクルート事件など、世間の喝さいを浴びる一方で冤罪の疑いも濃い捜査を生み出した。


その後は住専事件、鈴木宗男・佐藤優事件など、摘発のハードルを下げて、真実追求よりも、特定の対象を狙い撃ちにする国策捜査に堕落しながら、特捜の存在価値を維持しようとして間違いを犯してきたといえる。


陸山会事件は、政治資金収支報告書の記載方法をめぐる些細な解釈の違いをあげつらって、元秘書3人を逮捕し、国政に影響の大きい小沢という一人の政治家の政界追放を画策したものであり、まさに国策捜査のなかでも、最悪の部類に属する。


今回の小沢無罪判決は、元秘書三人への「推認」による有罪判決で「異常」を露呈したこの国の司法が、わずかながら、「普通」を取り戻したということであろう。


これを報じるテレビ、新聞は、三年余りにわたるほとんど誤報に近い小沢バッシングの自己正当化をはかるかのごとく、「グレー」とか「限りなく有罪に近い無罪」とか、判決の片面ばかりを異常に強調する。


どの民放テレビ局を見ても、高井康行、若狭勝といった特定のヤメ検弁護士が登場してこの判決のコメントをしていたのも気になった。


「小沢元代表無罪 許せぬ検察の市民誤導」と題する東京新聞の社説があったのは、新聞界にとってせめてもの救いといえよう。


 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

大メディア「合意のでっちあげ」に騙されるな

よーく考えたいものである。われわれは、消費税で幸せだったことがあるだろうか。


好不況に影響されにくい安定財源だというのは、年貢をとりたてるお上の理屈である。


そのために、大赤字の中小零細企業でも、不安定な心をかかえながら、それこそ安定的に、税金をむしりとられるはめになった。


そのあげく倒産、廃業、失業は増え、グローバル経済の進展のなかで、デフレ不況の泥沼から抜け出せないのが現状ではないか。


デフレがはじまった年といえる1997年に消費税は3%から5%に引き上げられたが、その後の不況で法人税や所得税収入が落ち込み、2011年までに約12兆円も税収が減少した。


それでも5%という、他国より低税率の消費税で、しかも大部分を国内の金融機関や機関投資家が買っているからこそ、日本国債は売り込まれることもなく、低利率を維持している。


5%ていどに据え置いて、むしろ消費税率の伸びしろを残しておくというのは有効な手だてといえよう。


ヘッジファンドマネジャーのカイル・バスは何度も日本国債売りを仕掛け、ネット上でも「日本国債危機」説を流したが、同調者はほとんどおらず、日本国債は微動だにしなかった。


もちろん、国債の94%を日本の機関投資家などが保有しているからだ。ヘッジファンドがいくら先物市場で「売り」を仕掛けようと、クレジット・デフォルト・スワップのレートを上げて不安感をあおろうと、骨折り損になる。


日本国債はいまのところ、増税で見せかけの財政再建路線をアピールしなければならないほど、心配する状況ではない。


にもかかわらず、短期的な収入増しか頭にない財務省は、ギリシャ・ショックを利用し、財務大臣、副大臣経験者である菅前首相や野田首相らを巧みな「ご説明」でソブリンクライシス恐怖症に陥れて、自在に操った。


菅首相が打ち出した消費増税路線が、参院選の大敗北で国民に否定されたにもかかわらず、野田首相は「政治生命を賭ける」という思いつめようで、勝栄二郎財務省のみごとな手綱さばきに走らされている。


在任中の短期業績だけにしか興味のない経済界のトップ、そこから資金を得ているシンクタンクのテレビ御用達研究員らが大応援団を編成、財務省記者クラブでのレクによって洗脳されたマスコミが盲信してつくり上げようとしているのが「社会保障と税の一体改革」という共同幻想である。


国の借金と家計の借金を、同じ次元で考えるよう読者、視聴者を誘導し危機感をあおるというのは、ノーム・チョムスキーの言う「合意のでっちあげ」である。そもそも、家計には、紙幣を印刷できる中央銀行は存在しない。


そうやって財務省の機嫌をとり、消費増税の例外ワクに新聞を入れてもらおうなどと姑息なことを考え、記者クラブ利権につかりながら、年収2000万円もの記者をかかえる大新聞が、公務員の給料を云々するのもいささか偽善めいているといえないか。


それよりも、小沢一郎が主張しているように、税金の恩恵に人一倍浴してきた団体や個人の既得権構造を解体し、予算をごっそり組み替えていくのが肝心だろう。


「社会の木鐸」であろうとするなら、まず新聞自らが、再販制という価格カルテルや電波利権を破壊するべきではないか。


もっとも「社会の木鐸」なる言葉も、メディアやそれに毒された専門家の欺瞞性を多くの人が知ってしまった今となっては、もはや死語であるに違いない。


消費増税大キャンペーンにもひるまず、政権交代時の国民への約束を守るため、与党内から反対の姿勢を鮮明にしている小沢一郎ら一部政治家を、党内民主主義を乱すというタコツボ理論で斬って捨てる翼賛的な姿勢こそが、不況下の商業主義がはびこる現代マスメディアの病弊といえる。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

毎日「小沢真相解明されぬ空虚さ」記事の空虚さかげん

社会部記者の陥りやすい病気は、情緒過多症である。その原因に、社会面特有の「雑観」記事があると思う。

大きなニュースの場合、出来事をストレートに伝える「本記」を一面トップへ、その場にいる人々の表情や行動、発した言葉などをつないで読み物にする「雑観」を社会面へと書き分けることが多い。

どちらかといえば、筆力や観察眼を要するのは「雑観」のほうで、社会部記者の腕のふるいどころでもある。

もっとも、いまのように映像メディアが克明に現場の臨場感をお茶の間に運ぶ時代になると、活字の「雑観」は相対的に軽視されるのがあたりまえで、そのせいか社会面で「読ませる記事」に出逢うことは滅多にない。

そのくせ、事実より気分に流されて、少しも道理の通っていない記事は、せっせと量産される。まさに紙面を埋めることしか意味のないような記事が目白押しだ。

3月20日の毎日新聞朝刊「傍聴記:陸山会事件・小沢元代表公判 真相解明されぬ空虚さ」(社会部・和田武士)などは、記事そのものの「空虚さ」を感じさせる。

◇小沢元代表は審理の最後も、独自の司法批判で締めくくった。本来、裁判に期待されるのは「真相解明」だ。(中略)
強制起訴された元代表は「法廷で真実を述べる」とコメントし、一定の期待を持った。
政界の実力者が進んで説明責任を果たすのであれば、この裁判に少なからず意義はある、と。
だが、元代表が初公判の意見陳述で述べたのは、検察と、元秘書3人を有罪とした判決への不満と不信だけだった。
今年1月の被告人質問…元代表の答えは「記憶にない」「知らない」「関わっていない」の繰り返し。…空虚だった。(中略)有権者の疑問は結局、解消されないままだ。
公判では、元秘書を取り調べた検事による「架空内容」の捜査報告書が検察審に送られていた問題も発覚。元代表側の防御術とあいまって、裁判の意義をかすませてしまったように思える。◇

裁判に期待されるのは「真相解明」だと和田記者は言う。では、「真相」とは何か。

裁判に期待するものというより、この場合、和田記者が期待すること、すなわち小沢氏が「関与」を認めるという状況が、和田記者にとっての「真相解明」なのではないのだろうか。

田代検事がウソの捜査報告書を書き、供述調書が信頼するに足らないものであったことがわかったが、これは真相ではないのだろうか。

こうした検察の犯罪的な捜査にもとづく捏造資料が、検察審査会に提出されたために、強制起訴という誤った判断がなされ、今回の裁判が行われた。

それが小沢裁判における唯一の実質であり、ほかはすべて、架空の物語についての「空虚な審理劇」にすぎなかった。

だから、もともと和田記者が言うような「裁判の意義」などはないのであり、「空虚だった」「意義がかすんだ」というのは単なる幻想である。

小沢氏が「記憶にない」「知らない」「関わっていない」と繰り返すのは当然であり、それこそが真相であろう。

ことのついでに、毎日新聞の社説も、同じく「空虚」な思考を展開しているので、取り上げておこう。その後半部分。

◇元代表は「政治資金収支報告書は一度も見たことがない」と被告人質問で言い切った。「政治資金の収支を全部オープンにしているのは私だけ」と折に触れ繰り返していた発言は何だったのか。また、必要性に疑問符がつく4億円の銀行融資の書類に署名した点について「何の疑問も感じなかった」と述べた。一般人とはほど遠い金銭感覚は他にも随所でみられた。◇

まず、小沢氏の「収支報告書を見たことがない」と、「収支を全部オープンにしている」という発言が、いかにも矛盾しているように書いているが、筆者には全く次元の違う話だと思える。

収支報告書の作成は秘書に任せ、目を通すことがなくとも、できあがったそれをオープンにするのは積極的にやりたいというわけである。べつに異常なことではないだろう。

人には色々なタイプがあって、なにごとにつけ細かくチェックする小うるさい政治家も数多い。それは秘書泣かせというものだ。信用され、任せられたら人はがんばるし、成長もする。

それに、4億円はわれわれにとっては一生お目にかかれない大金だが、「一般人とはほど遠い金銭感覚」を必ずしも悪いことといえるかどうか。小沢氏が一般人であるよう望むことにどれほどの意味があろう。

2010年12月1日の当ブログで筆者は「干天の慈雨となった小沢資金」という記事を書いた。以下は、その一部。

◇一昨年の9月24日、選挙の顔として麻生太郎氏が首相の座に就き、いよいよ衆院解散と思われていたころ、小泉純一郎氏は高まる総選挙ムードに水を差すように、こう言った。

「解散をちらつかせながら任期いっぱいまでやったら民主党は資金が底をつくだろうな」

野党の乏しい懐具合を見透かした不敵な発言だった。

勝てる自信が持てない麻生は、リーマンショック後の経済対策を口実に解散を先送りし、結果的には小泉の言ったとおり、任期まぎわまで政権に居座り続けた。

候補者たちは、ぶら下がったままの「解散ニンジン」をにらみながら、一年近く走らされたため、選挙本番を前に、資金面の体力が消耗しきっていたことは間違いない。

政権交代に心がはやる民主党は、選挙資金の捻出にさぞかし苦労したことだろう。

党の資金が乏しければ、多くの支持者から献金を集められる実力政治家が一肌脱ぐしかない。

小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」は、昨年7月の衆院解散から8月の総選挙公示までに、民主党の立候補予定者91人に、一人当たり200~500万円、総額4億4900万円を寄付していた。

昨日公開された09年の政治資金収支報告書でわかったものだが、候補者にしてみれば、干天の慈雨のごとき資金だったことだろう。◇

「一般人とはほど遠い金銭感覚」の持ち主がいたからこそ、ジバン、カンバン、カバンのない新人候補でも多数当選し、歴史的な政権交代につながったのである。
 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo) 


証拠なき強弁となった小沢裁判論告求刑

 「そもそも、検察審査員が証拠評価を誤ったとしても、そのために検察審査会の議決が無効になることはない」


小沢一郎氏に禁錮三年を求刑した指定弁護士は、裁判がなぜ無効ではないのかを主張するため、躍起になって奇怪な理屈をこねた。


「検察審査会に提出される証拠は信用性について十分吟味されたものとはかぎらない…捜査関係者や裁判関係者であっても、証拠の信用性に関する判断を誤ることはあり得る。いわんや、一般市民である審査員が、証拠の判断を誤り錯誤に陥ることはあり得ることだ」


プロでさえ、証拠について判断を誤るのだから、一般市民にすぎない検察審査員が錯誤に陥ったとしても、そのために検察審査会の議決が無効になることはない、というのだ。


指定弁護士という立場はあるにせよ、小沢氏に論告で求めた「規範意識」が著しく鈍磨しているといわざるをえない。


これでは、検察審査会制度の欠陥をあらかじめ認めたようなものであり、その欠陥の罠にかかって被告人席に座らされる者の人権を、あまりにも見事な捨象の仕方で無視している。


そして、その欠陥を補うものとしての立場に貶められた裁判所について以下のように述べる。


「検察審査会法には、検察審査会の議決が無効となる場合の定めはない。…裁判所は取り調べに証拠を総合して評価し、その上で事実の証明がないとの判断に達したのであれば、判決で無罪を言い渡すべきであり、それで足りると解すべきである」


つまり、誤った起訴であっても、裁判所が無罪を言い渡せばこと足りると、いささかの恥じらいもなく、空疎な論陣を堂々と張るのである。


それなら、検察審査会なるものにどういう存在意義があるというのか。


今回のように、東京地検特捜部がウソの捜査報告書で審査員の判断を誘導しようという悪魔の誘惑に駆られたのは、検察の判断をチェックするはずの検察審が、逆に検察の手でいかようにも操作できるという自明の理を承知していたからである。


検察審に小沢に不利な捏造捜査報告書を提出した一方で、70通にのぼる小沢有利の取り調べメモを審査員の目に触れないようにしていたことが明らかになっている。


小沢氏の元秘書、石川衆院議員を取り調べた田代検事が、報告書の「虚偽記載」で市民団体に刑事告発され、検察当局から事情を聴取されたのも周知のとおりだ。


場合によっては、特捜部長をはじめ3人の検事が逮捕された大阪地検特捜部の二の舞いになりかねない。


いやむしろ、公文書の虚偽作成によって、一人の政治家を罪に陥れようとしたことは許されるべきではなく、検察は再び身内の犯罪を立件してしかるべきである。


官僚支配統治機構の解体を唱える政治家の抹殺をねらった特捜検察の小細工は、石川供述調書など、小沢氏の関与を裏づけるものとされていた証拠を東京地裁が不採用とするのに十分な所業であり、指定弁護士は小沢氏有罪を立証する手立てを失った。


虚偽捜査報告書などに誘導されて強制起訴が決まり、それにもとづいて続けられてきた裁判。そのうえ、石川調書という最大の攻め手を奪われて、指定弁護士はさぞかし途方にくれたことだろう。


だからこそ、指定弁護士はまず冒頭で、この裁判の有効性を語ることによって自らの弁論の正当化をはかり、証拠にもとづかない主観的判断を糊塗するかのように強弁的な論述を展開するほかはなかった。


 「石川はほぼ毎朝、被告と会っており、本登記を先送りし、代金全額を支払う処理をすることを隠す理由などは全くなく、被告の指示・了解なしに、このような処理をすることは絶対になかったというべきである」(指定弁護士)


事実そのものに迫真性があれば、「絶対に」などという言葉は全く不要であろう。


 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)