「で、電子書籍……? 僕らが、本を出すんですか?」
テオの声が、誰もいない放課後の理科室に間抜けに響いた。サラは窓際の実験机に腰掛け、夕日を背に受けて力強く頷いた。
「そうです。noteに書き溜めてきた記事や、テオさんが今書いている小説。
これらを一冊にまとめて、Kindleで出版するんです。
今の時代、個人でも世界中に自分の本を届けられるんですよ」
テオはごくりと唾を飲み込んだ。Kindle。確かに名前は知っている。
けれど、それはプロの作家や、もっとすごい知識を持った大人がやるものだと思っていた。
中学三年生、しかも受験勉強から逃避している真っ最中の僕らが手を出していい領域なのだろうか。
「でも、僕なんかの文章でお金をもらうなんて……。
それに、作り方だって全然わからないし」
「わからないなら、調べればいいんです。
受験勉強の暗記に比べれば、出版の手順なんてずっとクリエイティブで楽しいはずですよ」
サラはスマホの画面を見せながら、テオの不安を軽やかに笑い飛ばした。
画面には『KDP(Kindle ダイレクト・パブリッシング)』の文字。
サラはすでに、出版に必要な最低限の知識をリサーチ済みだったらしい。
「テオさんは、今まで通りnoteに記事を書き続けてください。
それを僕らの『連載』にするんです。
読者の反応を見ながら内容をブラッシュアップして、最後に一冊の本として完成させる。
これなら、モチベーションも維持できるでしょう?」
サラの瞳には、迷いがなかった。
その熱に当てられたのか、テオの胸の奥で、今まで感じたことのない小さな炎が灯った。
偏差値の数字に一喜一憂し、何者でもない自分に絶望していた毎日。
けれど、もし本当に自分の本が出版されたら。自分の名前が、あのAmazonのサイトに並んだら――。
「……やってみます。僕、書いてみたいです」
テオが絞り出すように言うと、サラは満足げに微笑んだ。
「決まりですね。
ペンネームはどうします? タイトルは? 表紙は……あ、テオさんは絵も描けるって言ってましたよね!」
「えっ、あの下手なイラストを使うんですか!?」
「それが『味』になるんですよ」
こうして、受験生の二人は、合格への最短ルートではなく、最も遠回りで、最もエキサイティングな「無謀な挑戦」へと足を踏み出した。
放課後の理科室。
窓の外では秋の気配が忍び寄っていたが、二人の間には、模試の結果よりもずっと切実で、ずっと輝かしい、新しい「革命」の予感が満ちていた。
続く