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ぴーやんのブログ

日々の出来事や読んだ本の感想などを気が向いた時に更新してます。
自分史も始めてみました。

小学校時の経験が元になって趣味になっていったことは

結構あると思います。

 

私の場合は音楽と読書。

 

音楽については姉が習っていたので、オルガンを

習い始めたのが最初。

でも、先生が厳しく両手で上手く弾けないと横で

付いていてボールペンでビシッと叩くので、

赤バイエルを卒業せず挫折。

次に音楽の授業の合奏でマーチの名曲「ボギー大佐」

をやった時に小太鼓担当で、皆んなと音、リズムを

合わせる楽しさを覚え、オルガンの挫折を乗り越え

音楽が好きになりました。

元々歌は好きで、放課後に家の手伝いで父親の

仕事の荷物持ちによく車で出かけた時に、ラジオ

から流れてくる歌謡曲やアニメの主題歌を歌って

いました。

(この後の自分史の中でも多く語られると思います)

 

読書については、本来は好きではなく夏休みや冬休み

の課題で読む程度でした。

ところが5、6年生の時の担任の先生が、読書は

前頭葉を鍛えるから普段から読んで感想文を提出

しなさい、と個人個人が今何冊読んでいるかを

教室に張り出すようになったのをきっかけに

読み出したのが最初です。

国内物では「南総里見八犬伝」「真田幸村」など

NHKの人形劇で興味を持ったものから、

先生からの推薦本でフィリパ・ピアス

「トムは真夜中の庭で」やルネ・ギヨ「377号機関車の男」

など読んでいるうちに頭の中で登場人物の顔や、

場面の状況を想像して、読書の魅力に気がつきました。

 

途中で挫折してしまいますが、漫画は大好きで

お小遣いをもらうと貸本屋に行って石森章太郎や

楳図かずお、田川水泡等の本を借りてきては

必死に模写したりしてました。

特に石森章太郎(今は石ノ森)先生の「マンガ家入門」、

「続・マンガ家入門」はお小遣いを貯めて買い、

読んでは自分でも書いて、色々試行錯誤してました。

流石にペン先やペン軸、インクなどを買ってというのは

後々のことになるので、鉛筆書きが精一杯でしたが。

一昨日は開幕から勝ってないDNAに負けたとあって、

同級生達に負けじと西宮の廣田神社まで参拝に行ってきました。

桜とツツジのコントラストが綺麗だったです。

 

巫女さんを発見!廣田神社では社務所以外では初めて見ました。

 

タイガースの勝利を祈願。無事昨日は勝ってくれました。

 

せっかく西宮まで来たのだからと、市西まで足を伸ばしました。

小さくてわかりづらいですが、今年の軟庭(ソフトテニス)部は

近畿大会に出場するみたいです。他にも沢山の部が近畿大会

または全国大会に進んでるようです。

がんばれ後輩!

5月にカシオペアのライブに行くことが決まっていたのですが、

先に4月29日に妻と伊藤蘭さんのコンサートに行くことが

決まりました。

 

 

アイドルのコンサートは生まれて初めてなのでちょっと緊張ものです。

今でも親衛隊のような人たちはいるのでしょうか。

観覧後にまた、報告させていただきます。

 

さて、3月の読書ですが、以下の通り。

「減酒セラピー」    吉本 尚          読了

  通院している精神科の先生にもきつく怒られたので、

 やっと、減酒する気になって図書館で借りました。

 アルコール度数を減らすことや休肝日を作ることなど、

 当たり前のことですが出来ていないことについて、一つづつ

 実行して肯定的に評価することで成果を挙げる記述に

 救われ、現在実践中です。

 

「サンカと共に大地に生きる」  清水 精一    読了

  大正から昭和にかけて人の生きる道を求め、禅僧になり、

 山で一人瞑想に耽り、また大阪の貧民窟に住み、最後は

 乞食となり、底辺の暮らしをしている人たちに働いて

 生きることを教えようと奔走した男性の実話。

 個人的には考え方は理想を追い求めすぎていると思うが、

 その行動力は並大抵の人に真似など出来ない凄まじさ

 がある。

 

「人生リーチ、時々ツモ(麻雀小説傑作選)

  大沢在昌、黒川博行、新川帆立、竹本健治、筒井康隆、宮内悠介

                       読了

 書名だけで飛びついて購入した一冊。麻雀に纏わる

色々な短編が面白く、素直に楽しめた。

 

「めちゃくちゃすごいよ!宇宙大図鑑」  村沢譲  読了

 豊富なカラー写真で太陽系の星々や宇宙の今わかっている

ことについてわかりやすく説明してくれている。

ハッブル宇宙望遠鏡やジェームス・ウェブ宇宙望遠鏡などの

最新映像も載っていてその美しさに見惚れてしまう。

 

「陰陽師たちの日本史」     斉藤英喜     読了

 陰陽師たちの始まりから栄枯盛衰、そして現代までを

時系列に教えてくれる珍しい一冊。

京都・晴明神社が安倍晴明の邸宅跡とされているのは間違いで、

上京区の京都ブライトンホテルの駐車場西橋当たりという

のも初耳であった。

 

「台湾&沖縄チュラネシアへの旅」 三枝克之   読みかけ

 中高と同級生の知人の最新著作。まだ100あるトピックスの

うち21までしか読んでいないけど、ここまでの感想を。

1ページに入っている情報量がすごく、地学、植物学、海洋学

文化など多くの興味をそそるワードが多く、写真や注釈も

豊富で飽きさせず、またわかりやすい説明。

自信の一冊だと納得です。

ただ、私自身は沖縄にも台湾にも今まで関心があまりなかったので、

読み進めながら、他の本で歴史とか知りたいと興味が広がってます。

 

 

皆さん、小学校の時は何して遊びましたか?

 

学校の休み時間は主にドッジボール、

「天大中小」というボールゲーム(下図)

かくれんぼの変形「盗人と探偵(通称ヌスタン)

「水雷艦長」(ジャンケンと鬼ごっこが混ざったような遊び)

をよくして遊びました。

 

運動(球技)は特に下手な方で、近所の子供達で作った野球チームでは

いつもライトで補欠だったし、

サッカーに乗り換えて日曜スポーツクラブに入っても、

スターティングメンバーに選ばれて対外試合に出してもらったのに、

バックスで守っていた自分に味方がパスしてくれたけれど、相手の

プレッシャーが強くキーパーにパスしたつもりがオウンゴールしてしまい。

即交代。2度と使ってもらえなくなり退部。

走るのは好きだったけど体が小さく、女子でも体の大きい子のストライド

の長さに対抗できなく、リレーや徒競走ではパッとしなかった。

 

小4まで泳げなかった(泳げて10メートルか15メートル)ので、

親に頼んで近くの市民プールの水泳教室に通わせてもらった。

バタフライは出来なかったけど、クロール・平泳ぎ・背泳ぎは出来るようになり、

平泳ぎなら結構長く泳げるようになった。

小学生6年の時には潜水で100メートル(50メートルプール1往復)を

達成して自分的には満足して水泳は辞めてしまいましたが。

 

鉄棒も逆上がりが小5までできなくて、放課後遅くまで練習してた

思い出があります。(手のひらにマメができて潰れるくらい)

 

そういえば、小学校5、6年と同じクラスだったナガタ君は

地元のリトルリーグでピッチャーで4番。その後、中学は報徳中へ行き、

そこでもピッチャーで4番だったのに、報徳高校ではライトで試合に

でたりでなかったり。やはり、才能のある人が集まる高校では勝ち上がる

のは難しいのでしょうね。でも、同年代に金村(元近鉄)投手を擁した

報徳は夏の甲子園で全国制覇。ナガタ君自身も卒業後、中京大学を経て

報徳の野球部監督となり、何度もチームを甲子園に導く名監督になったので

野球を教える才能はあったのだろうね。

その後も侍ジャパンU-18の監督をしたりしているし、Wikipediaで検索できる

ような人と同じ空気を吸っていたと思うと、数少ない自慢したくなる同級生の

一人だ。

皆さんは兄弟はいますか?

 

私には1歳違いの姉がいます。

幼稚園時代は意識していませんでしたが、

小学校に入学して意識するようになった出来事があります。

 

入学して早々、先生から「⚪︎⚪︎ちゃんの弟さんよね。お姉ちゃんはよく出来たから、

貴方も頑張りなさい」

「お姉ちゃんはよく出来るのに・・・」

 

大人たちからのこの手の姉との比較は高校まで同じ学校に通い続けた12年間

ずっと言われ続けた。

この洗脳は今でも続いていて「私は出来ないやつ」という劣等感が抜けない。

 

生まれつき左利きだったことも小学校では事あるごとに矯正された。

鉛筆の持ち方、箸の持ち方など右利きへ修正させられていった。

だから歪な両利きだ、初めて使う道具については持ってみるまで

どちらの手がしっくりくるのかわからない事も多い。

 

野球は右投げ右打ち

ラケット系のスポーツは左利き

バレーは右利き

刃物は左利き

楽器は右利き

絵を描く(彩色も含め)時は両利き

 

ちょっと話が逸れたが、比較対象は親戚にも及び

事あるごとに比べられた。(主に母親からだったが)

 

団塊世代と団塊ジュニア世代に挟まれた、なんか中途半端な

競争社会で、みんな横並びに平均学力を上げていきましょう的な

空気の中で育ったようだ。