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ぴーやんのブログ

日々の出来事や読んだ本の感想などを気が向いた時に更新してます。
自分史も始めてみました。

2026年に弾き初めをしました。

 

まずは、ここ2、3年は張り替えていなかった弦を

やっと交換。

古い弦を外したら、普段は磨けないヘッド、ボディの元の下の部分を

フロスで丁寧に拭き取り。

指板はレモンオイルで綺麗に。(小学校時代の油ひきを思い出しました。

こんなこと書いてわかる下の世代っているのかな?)

左側が、オイル曳き後、右がオイル曳き前。

流石に長年サボっていたので、拭き取った布が真っ黒になってました。

その後、3、4曲ほどソングブックの曲を弾いて、今日は終了。

 

また、ギターもう一台とベースが残ってる。

ベースはもうお飾りになってるからどうしようかしら。

自分史を書きだしてから、思い出に深く入り込めるようになってきました。

 

幼稚園へは幼児の足でも5、6分ほど。

家を出て、歩いていくと家々の脇の小道とは違い、

一応、車が生き返るほどの道路が現れる。

 

今は、家やマンションに変わってしまったけれども、

そこからは廣田神社の参道の始まりの石の鳥居も見えた。

道路を渡るとほとんどが田んぼや畑で見晴らしが良かったからだ。

 

もう少し進むとY字路になり、真ん中には赤茶けた鉄筋の火の見櫓が立っていた。

そこからすぐは幼稚園であり、無邪気に遊んでいたのを思い出す。

 

友達の中でもタカニイとはその後、大学を卒業するまで遊んだ。

社会に出てからは結婚式には来てくれたけど、それ以後会っていない。

連絡先をわからないし、どうしているのだろうか。

 

そんな事を考えていたら、iTunesから1曲の曲が流れてきた。

 

 

一昨年の12月に妻の乳がんがわかり、頭が真っ白になりながら、

阪神高速を飛ばして石切さんのお守りを買いに行きました。

その甲斐あってか、去年は辛い放射線治療と腫瘍の除去手術に耐え

なんとか乳がんの方は快方に向かっています。今日は車で二人

石切さんへ御礼参りに行ってきました。

今までお守りしてくれた御守りを返納し、

新しい御守りを購入して帰ってきました。

 

今年は年初からバタバタし、妻の手術、娘の結婚と悲喜交々の

1年だった。来年は少し落ち着くといいのだけれど。

 

12月の読書の読書です。

「南沙織がいたころ」    永井良和     読了

南沙織がアイドルとして活躍していた頃について、

資料をもとに「異色アイドル」としての、状況、世情について解説

 

「亡国スパイ秘録」     佐々淳行     再読了

現在、国会でスパイ防止法が叫ばれる中、それ以前から憂国の士として

日本の国益を守ため働いていた著者の考えを詳細に語る。

 

「完全版 下山事件 最後の証言」  柴田啠孝  読了

戦後の情勢不安定な中、国鉄総裁 下山定則が殺害された。

不可解な警察の捜査、GHQの動き。600ページにわたる

手に汗握る展開の数々。著者は犯人について理解したようだが、

回答は読者に任される。下手なミステリー小説より面白かった。

 

「古墳時代の歴史」   松木武彦      読了

以前、読んだ別の本でも書かれてあったことだが、古墳時代の頃からの

日本を知ろうとすると大陸(中国、朝鮮半島)情勢を無視して語ることはできない。

著者が読者にもわかりやすいように編年体での記述を心がけて記述してくれているので、

わかりやすく読めた。

 

「継体天皇 分断された王朝」   関裕二   再読了

ヤマト朝廷成立の謎に迫る越(福井県)からやってきた天皇の謎について

当時の各地の色々な力関係も考慮し、大胆に解説。

 

「教養としての神道 生きのびる神々」  島薗進    読了

時の権力者たちの方針で神仏習合、神仏分離が進む中、神道がいつ頃

始まり、一度は国の中心宗教となった仏教に飲み込まれながらも

今に続いている状況を丁寧に教えてくれる一冊

 

「ジャンヌ」   安彦良和          読了

ジャンヌダルク本人ではなく、その人生を追体験するかのように

歴史に翻弄される少女の物語。

 

2025年本年の読書冊数は71冊でした。

 

来年はもう少し状況が許せば外に出て行きたいなと思います。

みなさん、良いお年を。

 

少し前の自分史にも書いていますが、父親は両足に障害を持っていました。

その状態で紳士服の仕立てをしていたのですが、独立した当初は

交通手段は手漕ぎの三輪で左手で車輪と繋がっているタイヤを漕いで、

右手でハンドル操作をしていたそうです。

次にオート3輪(といっても、車ではなくて自転車の動力がエンジンに変わったもの)。

その次から最終的に運転手段は下記の写真のような形式に変わります。

右手でハンドル。ブレーキは左のハンドルを向こうに押し出すとかかります。

ハンドルの根本の方にアクセルがついていて親指で操作します。

 

幼年時代はクリスチャンだった親に連れられて毎週日曜日には

教会の礼拝に出掛けてました。この時代に幼児洗礼を受けました。

 

父親も高度成長で仕事もあった頃なので、休みはきちんと

とっており、西宮の障害者協会に参加しており、障害者の方達の

運動会に家族で参加したりしていました。

 

そのような環境で育っていたし、友達の家に行って友達のお父さんに

会うこともなかったので、障害を持って生きている方たに囲まれていたので、

それが特別なこととも思いませんでした。