親が子を「育てよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「育てられよう」とするか

 

B「育てられないよう」になる。

 

 

 

 

 

親が子を「従えよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「従おう」とするか

 

B「従わないよう」になる。

 

 

 

 

 

親が子を「変えよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「変えられよう」とするか

 

B「変えられないよう」になる。

 

 

 

 

 

親が子を「言うことを聞かせよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「言うことを聞こう」とするか

 

B「言うことを聞かないよう」になる。

 

 

 

 

 

 

 

この場合、

 

親にとっての「良い」子は

 

Aの子どもなんだよね。

 

 

 

 

言うことを聞くし、

 

反発しないし、

 

努力するしね。

 

 

親からすると、全然文句ないよね。

 

 

 

 

で、親からすると、

 

 

Bの子って「悪い」子なんだよね。

 

 

ダメなんだよね。

 

迷惑なんだよね。

 

変わって欲しいんだよね。

 

 

 

 

でさ、

 

Aの子を育てたい親って、

 

 

元々、

 

自分はBの子だったんだよね。

 

 

 

で、幼少期に、

 

無理矢理自分を変えたんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

というのもさ、

 

 

 

冒頭の文章の大事な部分って、

 

 

実はの色分けじゃなくって、

 

別のところにあるの。

 

 

 

 

親が子を「育てよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「育てられよう」する

 

B「育てられないよう」なる

 

 

 

 

 

親が子を「従えよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「従おう」する

 

B「従わないよう」なる

 

 

 

 

 

親が子を「変えよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「変えられよう」する

 

B「変えられないよう」なる

 

 

 

 

 

親が子を「言うことを聞かせよう」とすると、

 

 

 

子が親に

 

 

A「言うことを聞こう」する

 

B「言うことを聞かないよう」なる

 

 

 

 

 

 

はい。

 

お気付きでしょうか。

 

 

 

 

ポイントは

 

する」か「なる」かなんだけど、

 

 

 

これって、つまり、

 

 

 

Aの子って、

 

自分を変えようとしている子で、

 

 

Bの子って、

 

自分をそのまま生きようとしている子なの。

 

 

 

 

 

で、

 

 

Aの子を育てようとしている親とは、

 

自分をそのまま生きられなかった子である

 

 

ということ。

 

 

 

 

で、今の自分って、

 

 

 

私を変えようとしてきた親のように

 

私の心を無視してきた親のように、

 

自分だけの都合で育てていた親のように、

 

 

 

自分も我が子に

 

同じ事をしているはずです。

 

 

 

 

 

自分が親に迷惑って思われたように、

 

今、自分は我が子から迷惑だと思われているはず。

 

 

 

 

良かれと思って変えようとしているのに、

 

変わりたくないと反発されているはず。

 

 

 

 

 

自分はこんなに

頑張って変わったのに

 

どうして

褒めてくれないの?

 

 

と、

 

 

親となった今になって、

 

幼少期の悲しい感情を繰り返しているはず。

 

 

 

 

 

 

親子の問題って、すべて、

 

「親が親になろうとすること」が

 

そもそもの起因です。

 

 


 

A「育てられよう」

A「従おう」

A「変えられよう」

A「言うことを聞こう」

 

 

こんなAの子を育てようとしている親は

 

 

 


B「育てられないよう」

B「従わないよう」

B「変えられないよう」

B「言うことを聞かないよう」

 

 

育ちたかった子です。

 

 

 

 

 

 

親子問題を生み出す親は、

 

 

 

子になれなかった親で、

 

子のままで居たかった親で、

 

 

子のままで愛されたかった親です。

 

 

 

 

 

 

 

つまり、

 

 

子どもにイライラする親って、

 

 

 

「あんたは

いいよね。

子どもだから」

 

 

 

って、

 

ただ、自分が子どもみたいに生きたいだけです。

 

 
 
 
 
イライラさせてくる我が子って、
 
師匠です。
 
 
 
 
 
親が親の責任を果たそうとして
 
親が親であろうとしているうちは、
 
 
親自身が幸せになることはないでしょう。
 
 
 
 
 
 
親が親になろうとすると、
 
子は子のままで居ようとするので、
 
 
親に依存する子になります。
 
 
 
 
ハッキリいいます。
 
 
子どもには自分の人生を自分で選ぶ権利があります。
 
 
 
親が子を育てようとするということは、
 
 
親が「子の自由を奪う」のと同義(同じ意味)であり、
 
親が「親の自由を奪う」のと同義(同じ意味)です。
 
 
 
 
 
ここで書いたお話は、
 
無意識レベルのお話であり、
 
僕のカウンセリングの入り口のお話であり、
 
 
 
 
「じゃあ、私は具体的に何をすればいいの?」
 
 
ということは、
 
僕はカウンセリングでしかお答えできません。
 
 
 
 
その方の状況や事情を詳しく聞かないと答えられないからです。
 
 
 
 
 
ただし、
 
僕に解決できない問題はありません。
 
 
 
 
どんな問題や困難も必ず解決できます。
 
 
 
 
 
ここで言いたいことはただひとつ。
 
 
自分のことも、子どものことも、
 
殺す必要は無いよ
 
 
ってことです。
 
 
 
 
自分が自分を生かせるようになると、
 
ちゃんと子どものことも生かせるようになるから。
 
 
 
まずは、自分が先。
 
 
 
 
それを知った上で、
 
「みんなで幸せになれる」って安心してください。
 
 
 
 
そこから、
 
僕のカウンセリングが始まっていきます。
 
 
 
 
大丈夫。
 
終わらせられるから。
 
 
 
不安になる必要はない。
 
 
 
 
その荷物(責任)、
 
もう、おろしてもいいよ。
 
 
 
 
 
 

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2021年3月15日
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