先日の2月27日、政府は「食料・農業・農村基本法」改正案を閣議決定しました。
地上波ニュースでは取り扱いは少なく、見出しとしては「食糧安保強化のため、政府が生産者に生産拡大を要請でき、従わない生産者には罰金を科す」といった感じで、中身の解説は特にやっていなかったと思います。(全てを確認したわけではありませんので悪しからず)
視聴者側からすれば「罰金」というパワーワードから、「ぼんやりと必要だとは思うけど、急にどうした?」という印象だったかもしれませんが、法改正が必要になった背景は前回のとおりです。高名なシンクタンクがこの法律改正の背景を解説しているものがありますが、歴史的背景と政治問題からの視点の物が多く、意外にも私が指摘している話があまりないのが気になりますが……
改正内容は、以下の3つのポイントが挙げられます。
①食料安全保障の抜本的強化
②環境と調和のとれた産業への転換
③人口減少下における生産水準の維持・発展と地域コミュニティの維持
これらの内容について、詳しくは首相官邸が出している資料がありますので、こちらをご覧ください。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/nousui/pdf/20231227kaisei_gaiyou.pdf
項目それぞれについては、立場や視点の違いから各々異なった見方ができるとは思いますが、私が注目しているのは「過度な輸入依存の低減」という点で、改正案の中では食料そのものだけでなく、肥料などの生産資材も含まれています。この点については2022年12月に決定した「食料安全保障強化政策大綱」が元になっているものと思われます。
これによると、生産資材の国内代替転換の目標として、
①化学肥料の使用量を20%低減
②堆肥・下水汚泥資源の使用量を倍増し、肥料の使用量(りんベース)に占める
国内資源の利用割合を25%(2021年)から40%まで拡大
③有機農業の取り組み面積を2.5万ha(2020年:2.5万ha)から6.3万haに拡大
④飼料作物の生産面積を32%拡大
などを、2030年までに達成するとしています。
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/attach/pdf/anteikyokyukiban-4.pdf
このうち①~③が肥料の海外依存度の低減に向けた対策になっていますが、あと6年のうちに達成できるのかといえば、現場の空気としては甚だ疑問です。
①については肥料自体を減らして今と同等のもの(質・量)を栽培する技術として、ICT技術を活用したスマート農業での効率的な肥料散布などによる化学肥料の使用量の削減など、前向きな技術開発などで対応し、④については差し当たり飼料米の増産で対応するのかと思われますが、②③については結構ハードルが高いと思われます。
②について、まず下水汚泥資源については国交省の取り組みの資料を見ると、現状は下水そのもののネガティブイメージ、重金属の含有リスク、リン回収施設のコスト高などの課題により、肥料としての活用は全汚泥発生量の1割にとどまっているとのことで、これを解決するのは容易ではありません。
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001517796.pd
堆肥の活用についても、そもそも堆肥の元を作る酪農・畜産農家が減少傾向の中、更に牛を減らすことに補助金をつける事業を2023年3月から始めるなど、目標と逆行するような政策が行われていたりします。また、堆肥をベレット化して流通や使用の簡易化を図る計画もありますが、まだまだ成果は出ていません。
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/attach/pdf/haisetsuyuko-7.pdf
③の有機農法面積を約2.5倍にするという目標もなかなか厳しいと思います。
行政や農協に紐づいている多くの農家に慣行農法から有機農法への一部転換を勧めるなら、結局は補助金になると考えられます。ただし、慣行農法から有機農法に転換するということは除草・防虫・予防などの労力が増えることを意味するので、農家からそれに見合う補助金の額と評価される必要があり、農業予算の増大は避けられません。一方、すでに有機農法を実践している農家に規模拡大を勧めることもあるでしょうが、実現するかどうかは各農家の経営判断と、これまでの行政との関係性次第(就農時の支援の有無など)になると思います。
最後に新規就農者の募集支援に際し、有機農法実践者を優先する方法も考えられますが、現状は「実質、慣行農法しか認めない」という対応であることは、私の経験談で以前紹介したとおりです。この方針が今回の法改正の後、変更されるのかどうかは現状では不明であり、今後とも注目したいところです。
ここまでこの目標の達成には高いハードルがあるということを述べてきましたが、それに加えて、目標達成時期を2030年としているのも心配です。というのも、台湾有事発生の可能性が2027年までにという予想があり、それに間に合っていないという点です。
なぜ、「2027年までに発生」なのかと言えば、習近平がそれまで2期10年までと規定していた中国共産党国家主席の任期を、憲法改正してまで3期目も就任した以上、何かしらの歴史的レガシーを達成する必要があり、それが台湾統一であると予想されるからであり、3期目満了となる2027年までに侵攻するのではないかとの予想です。その予想が盛んに指摘されたのが憲法改正と3期目就任があった2022年ですが、それから2年経った今も基本的な方針に変更はないとみられています。
ということは、あと2.3年のうちに尿素とリン酸の確保をどうするのかは喫緊の課題であることが分かります。政府が法改正で目標を設定すること自体は正しい方針だと思いますが、時間的に間に合わない可能性があります。食料自給率を心配することは当然としても、そもそも肥料が無ければ、その「自給」もままなりません。
今回は国の政策という大きな視点で考えてみました。次回はこのテーマの最後に、個人レベルのもっと小さな視点で考えてみたいと思います。