明けましておめでとうございます、と心からお祝いできない状況ですね。

まずは能登半島地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。

 

当地は能登半島より距離はあるものの、震度5強という今までで最も強い地震を受けることになりました。これまで中越地震、中越沖地震、東日本大震災など、震源が近い大きな地震では震度5弱が最大で、大きな揺れは感じたものの直接的な被害は受けなかったのですが、今回はそれを上回る揺れによって被害が生じてしまいました。幸い命に関わる被害ではなかったものの、農場に被害が出てしまい、生産活動を止めざるを得ない状況になっています。

 

まず、アクアポニックス設備の核となる魚タンクが大きく傾いてしまいました。

地震により中の水が大量にあふれてしまい、主に砂で作った地盤があふれた水によってえぐれて流れてしまったことが原因です。幸い、魚たちは生存していてくれましたが、現状は水を循環することができない状態であり、現在栽培しているほうれん草に水を送ることができていません。

 

次に、主にミントを栽培していた自作の棚が地震の揺れで倒壊してしまいました。

それこそ完全に崩壊してしまったので、すぐには復旧できない状況です。

 

今回の地震による被害の大きなものはこの2つです。差し当たり、魚タンクの復旧をしようと考えていますが、そのためには一度すべての水を抜いて魚を移動し、タンク自体も一旦撤去して地盤の整地を行う必要があります。大がかりな作業となりますが、これをやらなければ始まらないのでがんばります。

 

前回、ハーブの資格を取得したという報告をしたので、年明けからそちらを中心に栽培や活用情報を発信しようと考えていましたが、こんなことになるとは思ってもみませんでした…

 

※被害の詳しい状況については動画を配信しているので、ご興味のある方はご覧ください。

https://youtu.be/Pm9lQgPe3ro

 

前回までが私の新規就農時の顛末ですが、その経験を踏まえて気づいたことがあります。それは農業には「①生命維持に必要なもの」と「②『食の嗜好』を満足させるもの」の2つの機能があるということです。

 

まず①ですが、人間が生きていくために必要不可欠な食料を生産する機能で、「農業」と聞けばこちらをイメージすることが多いかと思います。この機能があるが故に農業は人間の生活の基盤となる産業であり、将来的にAIが発達しようが、宇宙に進出しようが、人間が「肉体を持った動物」であることを辞めない限り残り続ける職業と言えます。この機能を仮に「農業の基礎的機能(①)」とします。

次に②ですが、人間が「食べる」という行為から逃れられない以上、各人が「より良いと思われる食物」を食べたいという欲求を持つのは当然のことであり、それを「食欲」というのではないかと思います。その「より良いと思われる食物」を選ぶ基準は人それぞれでありますが、味・匂い・見た目といった五感を満たすもの(食材や料理の好き嫌いなど)、いつ・どこで・誰が生産したとか調理したといった過程(自分で作ったものは美味しいなど)、食べる時の気分(うれしい時に食べたものは美味しいなど)などがあると思います。そこには宗教の戒律やオーガニック志向、果ては「お母さんのカレーが美味い」などといったものも含まれると考えます。この機能を仮に「嗜好的農業」と呼びたいと思います。この機能を仮に「農業の嗜好的機能(②)」をします。

 

①と②を比較した時、以下の2つが言えます。

●人の食欲は①→②の段階を踏んで求められる

 例えば、食べられるものが限られている状況で飢餓状態に陥った場合、好き嫌いとか「農薬が~」などは言ってられなくなるのではないでしょうか? そう考えると、一般的には生きるために必要な食糧を手に入れられるようになった後に、食の嗜好を求めるのではないかと考えられます。

●価格帯が①と②で異なる(多くは「①<②」になる)

 何らかの理由で食料の値段が高騰し、一般市民(特に低所得者層)が十分な食料を得られなくなった社会は必ず不安定化し、後の悲劇を生む原因となることは、洋の東西を問わず歴史が証明しています。そのため、政府としては「十分な食料の供給」及び「価格の高騰防止」のための政策をとることになります。これにより、①を満たすための食糧は、可能な限り低価格帯に抑えられることになります。

 一方、嗜好的な食料については上記の政策の埒外となり、自由市場にて価格が決まるため、多くの場合は①よりも高価格となります。例えば、食料の嗜好品の代表ともいえる「お菓子」は他の食材に比べると高価格帯になっていると思います。

 

以上のことを踏まえると、①に関わる食材の生産者は単価が低い分、規模を拡大して大量生産する必要があります。また、農業政策が事業に直接影響するので、関係機関との連携が不可欠になります。これを仮に「基礎的農業」とします。

一方、②に関わる食材の生産者は自由経済による需要と供給、価格の上下に対応できれば、その規模・農法・生産品種などは自由に決定できます。これを仮に「嗜好的農業」とします。

 

こうした考察をしてみると、いわゆる「農業問題」がいかに基礎的農業と嗜好的農業がごちゃ混ぜになって議論されてきたかが分かります。その結果は不毛な犯人探しにつながり、「農協悪玉論」や「農家悪玉論」などになってしまいます。

基礎的農業の面から見れば、終戦直後の混乱期を乗り越えた後の約70年は食糧危機が起こっていないことを考えると、政府の政策は間違っていないと言えます。ただし、嗜好的農業の面を捉えた政策がなかったことから、有機農法などの新農法が育っていない現状を生んでいます。

 

最後に、私の農場はアクアポニックスを採用した小さな農場である以上、嗜好的農業の部類に入ります。よって、基礎的農業のための政策である補助金事業に採択されないのは当然の結末だったと言えます。前回までは行政組織に対して批判的に書きましたが、今は「元々住む世界が違った」と思って腑に落ちています。

政治家には「地盤・看板・鞄」の「3つのバン」が必要などと言いますが、農家も実は同じようなもので、農地や施設が「地盤」、実績や信用が「看板」、資金や機械が「鞄」に当たると思います。これらを兼ね備えた地元に根付いた農家には既に行政や農協が固く結びついており、この「岩盤」はとても強固です。国の政策も相まって、黙っていれば良い農地はこういう有力農家に集まっていきます。これは産業政策としては間違ってはいないとは思います。

ただし、新たなチャレンジャーとして就農する側としては、このハードルは非常に高いものです。そんな時に商売の手法として考えるのはだいたい、

Ⓐその地域では作られていない作物を栽培する

Ⓑ他の農家とは違う農法で栽培する

の二つではないでしょうか? 私もご多分に漏れず、そういう可能性も含めてアクアポニックスを始めました。そして新規就農者として正面からぶつかっていき、見事に砕け散った訳ですが、その理由は以下のものでした。

 

普及センターB氏曰く、この制度に農法を指定する規定はないものの、「認定を受ける者は適正な栽培技術を得る教育を受けている」必要があり、その「教育機関は基本的には県の農業大学校である」ということが要件になっていること。また、事業開始後も引き続き「適切な時期に継続的な技術指導が得られること」も要件になっていることを踏まえると、

①アクアポニックスを実践している農家がいない
②農業大学校ではアクアポニックスを教えていない
③普及指導員にアクアポニックスを指導できる人がいない

という現状では認定できないとのことでした。つまり、金を出す側の自分達としては、自分達が知らない農法をやられると責任が持てないということです。

確かにこの理由には一理あります。補助金はあくまで税金ですから、無節操な使い方は許されません。ただし、そうだとするならばこの新規就農者を支援するというこの制度は、いったい何のためにあるのか?という疑問が湧きます。なぜなら、上記の理由ならばアクアポニックスに限らず、慣行農法以外の農法は全て否定されるし、新品種の栽培も認められないことになるからです。

 

そもそも、中途半端な規模で慣行農法で一般的な野菜を作る農業では儲からないから後継者ができず、高齢化と共に廃業するケースが増えているのです。それに加えて、農業という職業へのマイナスイメージが既に定着していることも相まって、新規就農者自体が少ないのが現状です。そんな中でも「農業をやりたい」と思ってチャレンジするような奇特な人なら、なおさらⒶやⒷに夢や希望を抱いていることが多いでしょう。そこで世に出回っている新規就農に関する書籍を読めば、必ず「まずは行政に相談」と書いてあります。それに従って行政に行けば、上記のようにⒶやⒷは否定される訳です。それでも食い下がって、一度見た夢や希望を捨ててまで普及センターの言いなりになるのか?と自問自答することになります。私はそうは出来なかったし、するべきでもなかったと断言できます。なぜならそれは単なる「負債の付け回し」であり、そこからはイノベーションは生まれないからです。

 

どんな業界でも、老舗と新参が平等に競争できることが、業界全体の活性化につながると思います。老舗は既に確立した実力で君臨し、新参は新しい手法で対抗する。多くは新参がダメージを追うことになるかもしれないが、ジャイアントキリングが起きることもある。その緊張感が老舗に改善の必要性を高め、そこへ新たなチャレンジャーが立ち向かう… そういう業界にイノベーションが生まれるのだと思います。

ところが、農業界には長らくイノベーションが生まれていません。それには色々理由があると思いますが、一つは新しい手法を持ったチャレンジャーの参入を認めていないからです。「農業次世代人材投資資金」は年間150万円支給という一見魅力的な制度ですが、その実は新参が老舗に噛みつかないように付ける「首輪」です。この制度が農業界を活性化させることはないでしょう。

 

最初に書いたように、農業を始めるのに資格も認可も必要ありません。行政やら何やらの支援を受けるのは心強いこともありますが、それが必須条件ではありません。ましてやその支援を受けるために自分のやりたいことを捨てるなど本末転倒でしょう。私としては将来的にアクアポニックスが農法として定着することを念頭に置きつつ、楽しんで日々の活動を続けていこうと思います。

「農業次世代人材投資資金(経営開始型)」という補助金を受給するには「認定新規就農者」になる必要があることは「アクアポニックスで新規就農① 農業を始めるには?」で記述しました。この申請の流れを簡単に言うと、

①窓口である市役所に相談に行き、必要書類を確認する

②市役所と普及センターとのやり取りを経て、申請書を作成する

③申請書を提出し、農業委員会が審査して認可を決定する

ということになっています。前回までは①段階の話であり、今回から②段階の話になります。

 

普及センターは主に農家に対する農業技術の指導・経営相談・情報提供を行う県の機関で、そこに属する普及指導員は農業のプロです。一方、今回の申請においては窓口となるのは市の職員ですが、彼らは手続きの専門家ではありますが農業自体については「素人」(個人的な知識技術の有無ではなく、公的な立場でという意味)です。すなわち、申請にあたってはこちらの栽培や収入の計画の実現性を審査するのは実質的には普及センターであり、最終審査する農業委員会も普及センターの意見に大きく影響されることから、②段階で普及センターの了解を得ることが実質的な認定審査と言っていいでしょう。

 

実は今回の申請の約1年3か月前(2019年11月)、独立に向けた最初の相談相手は普及センターでした。この時は私のアクアポニックスの師匠である㈱アクポニの濱田さんが開催していた講習会に参加する直前で、気持ちが独立に向き始めた頃のことで、情報収集の第一段階として相談を受けてもらいました。ただ、最初に電話した時は「うちではそんな相談受けてない」と言いたげな対応で、そちらのHPにそういう相談を受け付けている旨の記述があると話したら、明らかに「しょうがねぇな」という感じで時間を取ってくれました。この時も会社の名前を出したから仕方なく受けてくれたのかもしれません。

面談当日は意外にも3人の職員が対応してくれました。現在の園芸栽培の動向など色々な情報を教えてくれましたが、中でも一番若手の方が主担当(B氏とします)のようで、結構な時間を使って補助金と認定農業者について事細かに説明してくれました。当然、こちらの希望(何を作る、何をしたい)を聞かれたので、アクアポニックスの話を出すと冷ややかな反応。この制度ができた当初に甘い査定で何件も申請承認した結果、補助金が無駄になった経緯から今は審査が厳しくなったことから、実績のある慣行農法の方が認定されやすいと言われました。それでもやりたいなら、まずは小さい施設を作って実際にやってみたら?とも言われました。私はこの言葉を前向きに捉え、「それなら施設を作ったら前に進めるかも?」と思いました。今にしてみればいささか素直過ぎたかなと思いますが…

その面談の後、12月に講習会を受けてこの道に進むと腹を括り、年が明けて2020年の春、貯金の大半を使ってハウスと栽培施設を作り、それから1年間は仕事と並行して試験栽培をした結果、独立することを決心して市役所への相談に挑みました。ただ、最初の普及センターでの面談の経験もあって、市役所・農業委員会・農協といった相談先でも冷たくあしらわれるのではないか?と不安だったのですが、その結果はこれまで書いた通りです。

 

前置きが長くなりましたが、市役所A氏とのやり取りの中で普及センター側の担当者がB氏であることを知ったときには、以前に話をしたことがあるので改めてアクアポニックスの説明をする必要がなく、話が早いのではないかと考えました。

しかし、結果としては逆の意味で話が早く、A氏を通じて提出した申請書に対するB氏の回答は「アクアポニックスを組み込んだ計画なら認定しない」でした。

前回書いたとおり、収入計画においてはアクアポニックスの施設も入っているものの、大半は農協おすすめの露地栽培としていたにも関わらずです。

あまりにもそっけない回答だったのでA氏とも相談し、

①なぜアクアポニックスがダメなのか法的根拠を示して欲しい(申請要件に農法の指定はない)

②法的根拠がないのなら拒否しているのは誰なのか、その人に説明させて欲しい

③前に言われた通り、実証施設を作って栽培もしているから見に来て欲しい

という3点を再びB氏に伝えてもらいました。

しかし、その回答も呆気ないもので、内容を要約すると、「アクアポニックスは事業として持続する農法とは認められない、どうせ認められないから見に行く必要も、説明を聞く必要もない」とのこと。

これを聞いて流石に腹が立ちました。「あんたが作ってやってみろというから、こっちは身銭を切って施設を作ったのに無責任なこと言うなよ、この小役人が!」と怒鳴りたくなりました(今でも思い出すと腹が立つ)。

A氏は最後までこちらの希望を聞いてB氏とのつなぎ役をやってくれましたが、この申請の年齢制限が45歳、当時43歳の私にとってはこの年の申請がスケジュール的に最初で最後のチャンスということに加え、B氏の回答を聞く限り、私個人の努力ではどうにもできず、かつ短期的には改善の期待もできないことから、この申請は諦めて個人事業として小さくても独力で始めることにしました。

 

以上が私の認定新規就農者の申請に関する経験の顛末です。

その後、腹が立ったまま試験栽培・試験販売をしながら開業に向けた準備をする訳ですが、今に至って少し冷静にはなりつつも、今でも納得できないものがあります。

次回は今回のテーマの最後として、あの時に説明されたアクアポニックスが認定されない理由を再考しながら、この補助金制度そのものの矛盾点を指摘したいと思います。

 

アクアアグリ開業前、独立就農しようとしたときの経験談の続きです。

 

市農政課A氏との面談後、早速「青年等就農計画認定申請書」の作成を始めました。農業界に入る前は「お役所系」の仕事をしていたので、こういう書類の作成には自信があったのですが、この申請書の肝が「収支計画」でした。

「収支計画」とはその名の通り、開業から5年間(補助金支給期間)の収支計画であり、作成時の条件として「5年時の所得目標が400万円以上に達すること」と「5年時の経営面積が50aに達していること」でした。

農地面積については前回書いた地域の加減面積に対応しているもので、所得目標は農業専業で生活を続けられるであろう所得との考えとのことでした。補助金を渡す以上は農業を続けられる計画にすべきというのは至極当然のことだと理解し、作成に取り掛かりました。

 

まず、収入の根拠になる資料の入手です。どの野菜をどうやって(路地or施設)どれくらい(農地面積)栽培すると、予想される収量はどれくらいで、収入はどれくらいになるという数字を、「試算」ではなく「根拠」として説明しうるある程度公的な資料はないかとA氏に聞いたところ、そういうのは農協が持っているらしいとのことでした。そこで市内にある農協の本店に電話で聞いたところ園芸課の方を紹介され、今度はそちらに電話して、後日面談してもらえることになりました。

 

面談当日は予想以上に丁寧に対応してくれました。そこで上記の資料(名前がないので仮に「農協資料」とします)を入手しただけではなく、その内容の詳しい説明と共に、現在農協として推奨している作物品種の資料も貰えました。この時にアクアポニックスの説明をしましたが、「あのハウスでそういうのしているんだ、今度見に行っていい?」などの話もありました。農協の職員は地域の隅々まで農業指導やら何やらで動いているので、農業に関わる情報が早くて多いです。新しい農法にも興味を持ってくれ、チャレンジ大歓迎という印象でした。まあ、今に至っても見学には来ていないので社交辞令だったのかもしれませんが、とてもフレンドリーに接してもらえたのはありがたかったです。

 

農協側としても、新規就農者を歓迎しているのは確かです。ただし、それには個人のやる気やアイデア以上に、実績と信用が必要だと思います。当時、私は地元の農業法人の社員という立場でした。なので、社名を出し、そこで7年ほど働いてきたけど、このたび独立を考えているのでその情報収集ですと伝えていました。なので、Uターンしてきて経験もなしに農業はじめます、というのとは信用度が違います。どの業種でもあるしれませんが、特に農業界は閉鎖的な所も感じるので、田舎に移住して農業を始めようと考えている方は、まずは地元に根付いた農家・法人で経験を積むのが遠回りなようで近道になり得ると思います。

 

さて、これで実際に収支計画を作成できるようになりました。農協資料を参考に収入単価の良い栽培品種を選定し、アクアポニックスと同時並行で露地栽培もする形で計画を作りました。その際は農協が推奨する品種も入れたりして、説得力を増すようにもしました。何度かA氏と何度もやり取りして申請書としての体裁を整えていき、5月中旬、県の担当者に提出しました。担当は地域振興局の農業普及指導センター(略称「普及センター」)。ここで特に収支計画の内容の精査と実現可能性の判断がなされるということで、申請の最大のハードルとなります。A氏とは「こことも何度かやり取りして、内容を詰めていきましょう」という打ち合わせをしていましたが、結果的にはこの一度で終わってしまいました。次回はこの申請最大の壁の存在についてお話ししようと思います。