今年(2026年・令和8年)も早や7月。あと二か月もすれば新米の出荷が始まります。一方、この2年間ほど世間を騒がせた「令和の米騒動」の影響で、高値掴みをした25年産米を抱えた中間業者は、新米が出る前に損失覚悟で在庫を捌く必要があるため、そろそろ「バーゲンセール」が視野に入る頃かと思います。しかし、これを単純に「中間業者の経営ミス」で済ませられるでしょうか?ここで発生した「中間業者の損失」が「生産者」に押し付けられるのか、「消費者」に転化されるのか……。騒動が落ち着いた今、改めて「令和の米騒動」を考えてみたいと思います。
2024年夏に始まり、2025年、そして2026年初頭まで尾を引いた「令和の米騒動」。メディアでは「南海トラフ地震の臨時情報」「転売ヤー」「減反政策」など、さまざまな“犯人探し”が繰り返されました。しかし実際にデータを追っていくと、騒動の本当の出発点は、もっと地味な数字――「等級」にあったことが見えてきます。
ここで前提知識として以下の3つの事実を踏まえた上で、先を読んでいただきたいと思います。
①米の国内消費量は食の多様化などにより、1962年をピークに現在に至るまで年々減少傾向にあり、それに合わせて生産量を調整してきたこと。減反政策は2018年に廃止された以降は生産が自由になったとはいえ、消費量の減少傾向を考慮すれば米を増産する積極的な理由がないこと。
②「作況指数」とは過去30年間の傾向を元に、その年の収穫量が平年と比較して数値化した指標のこと。そこには①の影響による生産量の減少傾向も反映されるため、例えば今年の生産量が「平年並み」と判定されたとしても、過去の生産量と比較すれば減っていること。
③2020年初頭から始まったコロナ禍により主に外食・業務用米の需要が激減し、2020年産米以降の米価が暴落したこと。よって、米価の向上=生産量の増加に向けての流れは2023年5月に感染法の5類に移行して社会・経済活動が正常化したことを受け、2024年産米から始まること。
1 すべての発端は2023年産米の「歩留まり悪化」
2023年夏、記録的な猛暑と少雨が日本各地を襲いました。特に深刻だったのが新潟県です。8月の平均気温は平年より4℃以上高い30.6℃を記録し、降水量はわずか2.0mmと全国最少。このフェーン現象による異常高温・乾燥が3回も発生したことで、主力のコシヒカリの多くが「白未熟粒」(米粒が白く濁る現象)を起こしました。
その結果、例年70〜80%前後だった新潟県産コシヒカリの1等米比率は、2023年産では3〜5%台まで急落(時期・調査機関によっては1%台という報告も)。過去に例を見ない品質低下でした。
2 「等級」は「おいしさ」ではなく「歩留まり」の指標
「1等」「2等」とかを聞くと、「1等の方が美味しいもの」と思いがちですが、等級とは外観検査で健全な粒がどれだけ含まれているか(整粒歩合)を測ることで判定されるレベルのことで、「精米したときにどれだけロスが出るか」を示す指標です。なので、等級が下がっても味は変わらない、というのはお米屋さんや農水省関係者も繰り返し説明してきたことです。
ただし、小売の主流は白米販売です。等級が低い玄米は精米時に砕けたり除かれたりする分が増えるため、同じ量の白米を確保するには、より多くの玄米が必要になります。つまり「収穫量(作況指数)」が同じでも、店頭に並ぶ白米の実質的な量は減ってしまうのです。2023年産米の作況指数は全国的に「平年並み」とされていたにもかかわらず、この歩留まり悪化によって、2024年夏の段階で実質的な供給不足が生じ、これが「令和の米騒動」の始まりとなりました。
3 2024年も「先食い」で不足が連鎖
2024年産についても、作況指数は「平年並み」の見込みとされました。しかし2023年産の不足を補うために、2024年産米を早い段階から前倒しで消費する「先食い」が進みました。ある研究者の分析では、2023年産だけで約40万トンの供給不足が生じ、その穴を埋めるために2024年産米が本来の消費期間より早く食い潰されていったとされています。その結果、2025年にも再び品薄・価格高騰という「米騒動」が発生することになりました。
4 「平年並み」という言葉が招いた増産の見送り
今から考えると、2023年産の歩留まりの悪化を考慮して2024年産で増産に舵を切るべきでした。しかし皮肉なことに、2023年産の作況指数が「平年並み」と発表されたことで、農水省をはじめとする農政サイドから明確な増産シグナルは出ず、中間業者(卸・集荷業者)からの増産依頼や契約も行われませんでした。
長期的に見て日本の米消費量は下降トレンドが続いていることとともに、コロナ禍で米価が暴落した直後だったことを考慮すれば、この判断にも致し方ない面はあります。農政サイドの増産要望やJA等の中間業者からの仕入れ価格の値上げ・仕入れ量の増加契約がなければ、生産者側に米を増産する理由は生まれません。結局、この2024年時点での判断ミス――「平年並み」という数字の裏にある歩留まり問題を見落としたこと――が、2026年まで続く騒動の根本的な原因になったと言えます。
5 「災害不安」「転売ヤー」は主因ではなかった
2024年の騒動においては「南海トラフ地震臨時情報や台風への不安による買いだめ」と「メディアの煽り報道」が主な要因として指摘されました。実際、2024年8月の地震臨時情報後、防災目的の買いだめが急増し、店頭から米が消えたことは事実です。それに続く2025年の騒動では、「転売目的の悪徳業者の存在」と「メディアの煽り報道」が槍玉に挙がりました。しかし後の農水省の在庫調査では、疑われた業者の在庫はむしろ前年より減少しており、「消えた米」は実際には存在しなかったことが判明しています。
つまり、どちらの説も影響が皆無だったわけではないものの、構造的な主因ではなかったということです。ただし、根拠の薄い「犯人探し」を煽り立てた一部メディアの姿勢は、社会不安を不必要に増幅させたという意味で、批判されてしかるべきでしょう。
6 「実質的な減反」説も「流通の目詰まり」説も誤りだった
騒動のさなか、一部の専門家がしきりに主張した「実質的な減反が続いている」という説がありましたが、これは実態と整合しません。減反政策が廃止された2018年以降も農政サイドからJA等を通じて生産量の目安的な数値は出されてはいますが、仮にそれに従わなかったとしても罰則があるわけでもないので、「実質的な減反」など生産現場には存在しません。
また、「大豆や小麦・飼料米への転換が実質的な減反だ」という意見もありますが、米の価格が長らく低迷していたことを踏まえると、「限られた農地から最大の利益を生む」ことを考える生産者からすれば、経営判断として当然でしょう。こういった主張は生産現場の状況を把握していないと思われます。
一方の農水省自身も一時、「米は足りているが流通が目詰まりしている」という説明(いわゆる流通スタック論・流通悪玉論)を展開しましたが、後にこれを撤回し、「コメは足りているとずっと申し上げていたことが誤りだった」と陳謝する事態となりました。農水省が生産現場の実態、特に等級低下による歩留まり悪化を正確に把握できていなかったことが、この一件で露呈した形です。
7 これから焦点となるのは「値下げ圧力」との綱引き
米騒動の混乱の中で高値がついた2025年産米ですが、2026年産の新米収穫を前に値崩れは避けられないとみられています。高値で仕入れた中間業者の損失はほぼ確定的で、2027年産に向けては値下げ圧力が強まるでしょう。
一方の生産者側も、燃料費・資材費・人件費の高騰を抱えており、簡単には価格を下げられない事情があります。次の2027年産の価格形成において、この「値下げを迫る流通側」と「コストに耐えられない生産者側」のどちらが優位に立つかによって、今後の日本の米づくりの方向性――中間業者・消費者優位となるか、生産者優位となるか――が左右されることになりそうです。
8 まとめ
「令和の米騒動」は一見すると地震報道や転売ヤーといった“わかりやすい犯人”によって語られがちでしたが、根っこにあったのは2023年の猛暑による「歩留まり悪化」という地味な構造問題でした。そこに「平年並み」という言葉のミスリードが重なり、増産のタイミングを逃したことが、3年越しの混乱につながったのです。「作況指数」に関しては2025年に廃止され、25年産から新しい指標を使用することになりましたが、これも農水省が生産現場の状況を正しく把握できなかったことの証拠ともいえます。
「令和の米騒動」は農水省をはじめとして、専門家を含むメディアから発信される数字の裏側を見ることの大切さを、あらためて教えてくれる出来事だったのではないでしょうか。
●追記
消費者庁「玄米及び精米に係る食品表示制度の改正について」によると、等級ごとの歩留まりは1等92%、2等89%、3等85%(規格外は不明)となっています。
24年産の主食用米の全国収穫量は679万2000t(前年比2.7%増)であり、等級比率は1等:75.9%、2等:19.4%、3等:3.5%、規格外1.2%と平年並みの状況でした。これを計算をすると収穫量は1等515万5128t、2等131万7648t、3等・規格外31万9224t(歩留まりの計算のため合計した)となります。これに上記の歩留まりを使用して計算すると、精米後の白米量は1等474万2718t、2等117万2707t、3等・規格外27万1340t、合計618万6765tと推計されます。
なお、食料・農業・農村政策審議会では24年産の歩留まり率89.2%とされ、それを計算すると白米量は605万8464tとなります。推計値は3等と規格外を合計したものを3等の歩留まりで計算しているので、推計値より約13万t低いこの値は納得のいくものであり、一応の基準としておきます。
それを踏まえて、問題の23年産米を考察してみます。その年の全国平均の等級比率は1等:60.9%、2等:約30.4%、3等:7.0%,規格外:1.7%と、この数字からも品質低下がうかがえます。主食用米の全国収穫量は661万tなので、計算すると1等402万5490t、2等200万9440t、3等・規格外57万5070tとなります。これを歩留まりで計算すると、精米後の白米量は1等370万3451t、2等178万8402t、3等・規格外48万8810t、合計598万662tと推計されます。
一方、同審議会で示された23年産の歩留まり率は88.6%。それを元に23年産の白米量を計算すると585万6460tとなり、推計値より約12万t低い値となります。24年産と比較すると妥当なように思えますが、そもそも一等米が15ポイント低く、3等・規格外が4ポイント高いのに、歩留まり率が0.6ポイントしか違わないのは、これまで腑に落ちないところでした。
しかし、実際に等級別歩留まり(1等92%・2等89%・3等85%)で加重平均を計算し直すと、理論上の差もほぼ0.6ポイントとなり、実測値の変動と一致します。等級低下の大半が「1等→2等」の移動にとどまり、歩留まりが大きく下がる3等・規格外への移動は限定的だったためと考えられます。なお、農水省の実測値(88.6%/89.2%)と等級別データからの理論計算値(90.48%/91.09%)の間には約1.9ポイントの差がありますが、これは実際の精米工程でのロスや、便宜上3等米と合計した規格外米の実際の歩留まりが当然3等より低いためと考えられます。
このように、数値上は23年産の歩留まり低下が「令和の米騒動」の原因であるとは見えにくいため、机上でデータのみを観察している農政サイドや専門家ではなかなか原因が見つけられず迷走し、加えてそういった農政や専門家からの情報でニュースを作るメディアが更に煽る……という状況が「令和の米騒動」の正体と言えるのかもしれません。どこかで「歩留まり」という現場の人間なら分かる情報を元に検討されていれば、ここまで傷口が広がらなかったのではないかと思います。
●出典・参考資料
①②2023年産米の等級低下について
・農林水産省 発表資料(令和5年9月30日時点速報値):新潟県産コシヒカリ1等米比
率が前年79.2%→3.6%に低下(マイナビ農業 2023年12月4日配信記事にて引用)
・新潟県「令和5年産米に関する研究会」報告書『令和5年産新潟米の1等級比率低下要
因と対応について』(令和5年12月):10月31日時点のコシヒカリ1等級比率4.9%、
8月の日平均気温30.6℃などのデータ
・新潟日報デジタルプラス 2023年9月15日「新潟県産コシヒカリ1等米比率過去最低か、
記録的高温響き0%台推移のJAも」
・日本経済新聞 2023年9月28日/12月8日 記事(新潟コシヒカリの品質低下)
・農林水産省 農産物検査結果(確定値):令和5年産全国1等60.9%/2等30.4%/3等
7.0%/規格外1.7%
・農林水産省 農産物検査結果(速報値):令和6年産全国1等75.9%/2等19.4%/3等
3.5%/規格外1.2%(12月31日時点)
③④2024年産の作況指数と先食い、増産見送りについて
・農林水産省 作柄概況(令和6年8月15日時点発表):新潟県「平年並み」(新
潟日報デジタルプラス配信)
・キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)山下一仁氏 コラム(2025年6月24
日):2023年産の約40万トン供給不足、「先食い」構造の分析
⑤⑥「災害不安・転売ヤー」説、「流通の目詰まり」説、農水省謝罪について
・Wikipedia「令和の米騒動」項目(最終閲覧:2026年6〜7月頃の版)
・週刊ポスト(NEWSポストセブン)2025年2月28日
・マネー現代(講談社)2025年9月3日:農相の陳謝発言
⑦2025年産の価格動向、2026年産以降の見通しについて
・日本経済新聞 2025年10月24日「26年産米は一転減産『2%減』 農水省が目安、供給
不足に懸念も」
・東京新聞 2025年10月24日「『コメ増産』小泉進次郎前農相の方針は2カ月で転換 鈴
木憲和新農相『需要に応じて生産』で価格はどうなる?」
⑧作況指数廃止について
・日本経済新聞 2025年6月16日「コメ作況指数を廃止 小泉農相『生産現場の実態と合
わず』」
・日本経済新聞 2025年9月10日「コメ作況の新指標、農水省が提示 直近5年と比較し
猛暑の影響反映」(新指標は2025年産から適用予定)
⑨追記(歩留まり計算)について
・消費者庁「玄米及び精米に係る食品表示制度の改正について」(2021年6月22日、原
資料は農林水産省提供):等級別精米歩留まり 1等92%/2等89%/3等85%(規格外
は記載なし、本記事では3等の歩留まりを準用)
・農林水産省「米の需給見通しについて」(令和8年3月、参考資料4、農産局)12〜13
ページ「精米歩留りの推移」:5年産88.6%、6年産89.2%、7年産(速報)88.8%(と
う精数量実績調査、398精米事業者集計)