広島県知事が第3子の育休をとるということに、大阪府の橋元知事が苦言を言っているらしいですね。



その件に関して、広島県知事に対して、電話やメールで165件の意見が寄せられて、140件は反対意見だったみたいです。





当クリニックでは、朝のミーティングでこういった答えのないテーマをとり上げて、それぞれのスタッフに意見を持ってもらう試みをしています。


早速これもいいテーマだと思うので、スタッフに考えてもらおうと思います。





さて、私の意見としては、育休をとるかとらないかということよりも、知事という仕事に対する思いで、その是非が問われてくるのではないかと思います。


育休をとっても、仕事に支障がないのであれば何ら問題はないと思いますし、育休をとらなくても知事という仕事を軽く考えていられるようでしたら、それは問題があると思います。





その人の本心や思い、志というのは推測することでしか判断できないので、最終的には目に見える形でしか判断できないでしょう。


思い、志としては、知事という立場は自己を捨てて、国民、県民のために尽力するべきであり、育休をとることでその思いを誤解されかねないということを心配して、橋元知事は苦言を言われているのではないかと思います。



広島県知事には、自分のような立場の人間が率先して育休をとることで世の中の風潮を変えるきっかけになればいいという、彼なりの思いがあるでしょうし、橋元知事には同じ知事としての思い、志もあると思います。



人というのは思いが形になりますので、どちらの思いが国民や県民のためになるかということで判断されるのではないかと思います。



私の考えは古いのかもしれませんが、知事という立場を考えれば、橋元知事の考え方の方が、国民には受け入れられやすいように感じます。





















2日後にプロ野球のドラフト会議ですね。


ハンカチ王子の斉藤投手など逸材が多いと言われていますが、私の応援している広島カープはどの選手を指名すのかわくわくしています。



さて、早稲田の斉藤投手の実力は、他の選手に劣っていて、客寄せパンダのようなことがよく書かれていますが、私はそうは思いません。


確かに斉藤投手より球速の速い選手は他にもいるとは思いますが、高校野球から常に注目を浴びてきて、プレッシャーの中で今のような成績を残せているのですから、とても精神力の強い選手だと思います。


人望もあるから主将をされているのだと思いますし、コメントなどを読んでも人間的にも立派な人だと思います。


球速や体が大きいとか目に見えることで選手の能力を判断するのは簡単ですが、それならプロのスカウトでなくても素人にでも判断できるのではないでしょうか?


どんな世界でも、最終的に生き残れる人は精神力の強い人なのではないかと思います。


斉藤投手は客寄せパンダのような扱いをされて、辛い思いをされているようにも思いますが、この悔しさをプロに入ってから「結果を残して見返してやろう」と心に期すものがあるのではないかと思います。

「そんなの常識でしょ?!」


この言葉を小さい時から何度耳にしたことだろう。


子供の時は、常識がないと言われることは恥ずかしいことなので、こう言われないように勉強したり、こう言われそうな質問は人に聞かなくなったように思います。


大人になって、少しは自分にも自信が持てるようになってから、自分の意見を言ったり、わからないことは素直に聞くようになると、再びこの言葉を言う人間にたまに出会うことがあります。


子供の時は、この言葉を言われることが恥ずかしいことでしたが、今ではこの言葉を言う人間の方が可哀そうになってきます。


今なら、知恵もついてきたので、「そんなの常識でしょ?!」と言ってくる人間をやり込めることもできますが(争いたくないのでわざわざしませんが……)、こういう人間が、人が自由に話しあったり、わからないことを素直に聞きあえる環境を壊しているんだよなと残念に思います。


そもそも「常識って何か?」ということを真剣に考えれば、この言葉ほど簡単に使ってはいけない言葉だという言葉だということに気付くはずです。


医者にとって医学的なことは当たり前の常識です。


しかし、眼科には眼科の常識があり、外科医には外科医の常識があってもいいように思います。


まして患者様からしたら、そんなことを常識といわれても困ってしまいます。


主婦にとって「コシヒカリ」はお米の名前だと知っていたり、野菜の値段を把握しておく事は常識かもしれません。


しかし、同じ主婦でも、お米を食べない人や、子供が病弱で料金よりも有機栽培、無農薬にこだわって料金を気にしないで購入している主婦がいたとしたら、その人は常識のない人間なのでしょうか?


そもそも、「コシヒカリ」を知らないことで非難される必要はあるのでしょうか?


日本の総理大臣の名前を知っているのは常識だとしたら、フルネームで知らなければ常識がないのでしょうか?

名字だけではダメなのでしょうか?



PCというのはパソコンの略だということを知らないのは常識がない人でしょうか?


PCを知らないことで誰かに迷惑をかけることはあるのでしょうか?



そもそも、物事を知らないということは恥ずかしいことなのでしょうか?


知っている人が知らない人に教えてあげて、「ありがとう」「どういたしまして」で完結すればいいだけではないでしょうか?



人が生きていくうえで大切なことは、多くの知識があるということよりも、お互いを思いやって生きていくということの方がより大切だと思います。


そもそも、すべての事を知っている人間はいません。


社会の中で人が生きていくうえで、人として守らなければならない常識はあります。


しかし、知識として知らないことで、他人から非難されるような常識ってあるのかなと思います。


何か、限定したことを知らないということで誰かに迷惑をかけているわけでもないのに、「そんなの常識でしょ?!」と他人から非難される必要はないのです。


自分が知っていることは常識で、自分が知らないことは知らなくても当然の事、という驕りの気持ちが「そんなの常識でしょ?!」という言葉の影には含まれています。


「そんなの常識でしょ?!」という人は、自尊心がとても強く、常に他人より自分が優れていることを認めさせたい人間なのです。


普段、自分の事をなかなか認めてもらえない人間か、常に自分の事を認めさせたいという欲望が、「そんなの常識でしょ?!」ということで自分の欲望を満たそうとしているのです。


常識というのは何を知っているかということのように思われていますが、本当の常識というのは、自分の持っている知識を消化したうえでどんな生き方をしているかではないかと思います。


学校のテストではないのですから、何かを知っていること自体には何の意味もありません。


その知っている知識を、誰かのため、社会のため、自分の成長のためにどう生かしていくかが大切なのではないでしょうか?


人間関係を円滑にしていくためには、何かを知っているということには、そんなに価値はありません。


相手の事を思いやる、相手の嫌がることは言ったりしたりしないということこそ常識なのではないでしょうか?


あなたの周りにいる「そんなの常識でしょ?!」というかわいそうな人を発見したら、「他人をおとしめて自分が優位に立とうとしている心の貧しい人を発見」と思って憐れんであげてください。





「患者さんを増やしませんか?」というDMやファックスが、毎日毎日いろんな会社から複数送られてきます。


全て、ゴミ箱に直行していますが、あまりの多さに、こんな広告に飛びつく先生もいるんだろうか?と考えてしまいます。


歯科医院間の競争が激しくなってきて、烈しい患者獲得合戦が巻き起こっています。


私の考えでは、患者さんは異性と同じで、「追えば逃げる」と思っています。


「付き合ってください」「治療に来てください」とお願いすればするほど、相手はひいてしまうのではないでしょうか?


交際するのも、治療に行くのも、いくらお願いされても嫌なものは嫌なのです。


可哀そうだと思っても、ボランティアで付き合ったり、治療には行けないのです。


患者様も異性も、自分が相手から興味を持ってもらえる存在になるのが一番早いと思います。


そのためには、目先の集客テクニックではなく、患者様の立場に立って、長期的な視野での根本的な改革が必要だと思います。


結果を急ぐのではなく、「急がば回れ」で地道な努力ができる医院だけが生き残っていけるのではないでしょうか?


最近意識していることがあります。


それは、「怖い時こそ1歩踏み込む」ということです。


普通は、怖い時には1歩退くか、背中を見せて逃げて行きます。


1歩退けば、その分怖くなり、背中を見せて逃げると、恐怖心は何倍にも膨れ上がり2度と体勢を戻せなくなります。


ですから、怖い時ほど勇気を出して1歩踏み込んで行くことで、逆に恐怖心を減らせると信じています。


まだまだ習慣にはなっていませんが、これが習慣になれば、僕の人生は大きく変わると信じて、頑張っています。




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