今朝のミーティングで、「当クリニックの今後のビジョンはパワースポットのようなクリニックにしていきたい」とスタッフに言いました。

患者様に対してもスタッフ同士でも、お互いが刺激を受けて、当クリニックに来院して当クリニックの社員と接することで、元気や感動を与えられるクリニックにしていきたい、という趣旨のことを話しました。

実は、話をした後、自分でも少し恥ずかしくなってきました。

「自分はどう?」「自分は感動を与えているの?」「自分は人の元気ややる気を奪ったりしていない?」……自分の事を責めてくるもう一人の自分がいます。

でも今までも人前で背伸びした発言をしていくことで、少しずつでも成長している自分と社員を感じています。

その場では「恥ずかしいな」というようなことを言っても、時間がたつと言ってよかったなと思うことの方が多いです。

「恥ずかしいのによく言うよな」と茶化す自分もいますが、「クリニックをよくしていきたい」「社員に成長してほしい」「自分も成長したい」という強い想いがあるから言えるんだろうな、と成長している自分を誉めてくれる自分もいます。



人は想いがあるから行動します。

だからこそ、どんな想いで生きていくかが大切なんだと思います。

何をするかよりも、何のためにするかを大切に生きていきたいなと思います。

妻と子供たちが帰省しているので、しばしひとりの時間を過ごしています。

「さてこれから何をしよう?」と考えた時、「自分は心から何がしたいのか?」と自分に問いかけました。

普段できないことで、何をすることがベストなのか?

その答えを考えるときに左脳と右脳が喧嘩をしています。

左脳は「……をすべき」と言い、右脳は「……がしたい」と言います。

以前の自分は左脳の方が勝っていました。

理屈的にやるべきことをしていました。

学生時代から「……がしたい」よりも「……をすべき」を優先して生きてきたように思います。

しかし、最近は感情的に気持ちが移入できることを優先的にしようと心がけています。

その方が同じ時間を使っても効果が高いことに気が付きました。

人が行動するきっかけは、やはり「……がしたい」だと思うからです。

それは決して感情に負けることではありません。

やるべきことは左脳の頭に入っています。

その中であえて自分がやりたいことを右脳に聞くことで、本当の優先順位が決まってくるように思います。

今日も自分に問いかけます。

「お前は今何に一番興味があるのか?」「お前は今何を一番悩んでいるのか?」

どんな競争においても、敵には内的と外敵がいます。

近所のライバル会社の動向が気になる時と、自分の会社の中に不満分子がいることで会社が動揺している時とあります。

政治の世界を見ていても今の民主党は内敵だらけのような気がします。

最大の問題は外交でも震災後の対策でもありません。

民主党内でまとまりがないということが一番の問題です。

まとまりがなければどんな素晴らしい案でも実行が遅れます。

会社においてもスポーツにしても、最大の問題点は身近なライバルよりも自分の会社やチーム内に問題である場合がほとんどなのです。

競争というのは相対評価なので、自分はベストを尽くしても負けることもあれば、逆に自分の調子が悪くても相手がこけてくれれば勝つことはできます。

しかしそんなことは長くは続きません。

自己成長においても、相手がこけて勝った事実よりも、たとえ負けても自分の成長を実感できる方が有意義な場合もあります。

自己成長において最大の敵は、ライバルではなく自分の甘さです。

経営において、最大の敵は社員全員が同じ方向を向いて進んでいるかどうかということです。

ダメな会社やチームでは個々が違う方向を向いて仕事をしています。

社員1人1人が同じ方向のベクトルを向いた時に、その会社は最大の力を発揮することができるのだと思います。

そこが「企業は人が全て」と言われるゆえんだと思います。

当クリニックの社員は、毎日のように患者様からお褒めの言葉をいただきますが、それは当クリニックの社員のベクトルが「患者様のため」という1つにまとまってきているからだと思います。

そういう社員のベクトルが一致してきていることを実感できることは、トップとして何よりもうれしくて、社員に感謝の気持ちでいっぱいになります。

自分1人の力はたかがしれているが、チームの力は偉大だな、と気づかせてくれた社員のためにも,もっといい職場にしていかなくてはいけないと思います。

私にとってブログを書くということは、今そのことに意識が言っているということを意味しています。



一般的に平穏無事で幸せな時には、何も書きたくありません。



今までより幸せになりたくて何かに気づくこともなくはないですが、たいていの場合、何かに悩んでいる時に、それを解決するために今までよりも少しでも深く何かに気づくために書いているように思います。



人が行動する一番のモチベーションは、今の現状から脱出したいということです。



よりワクワクする未来へ向けて頑張るということもありますが、やはり悩みもがいている時の方が行動は早いと感じます。



そう思えば、物事が思い通りにうまくいかないということは、真剣に考える最高のチャンスなんだと思います。



ドラッカーが言うように「問題にフォーカスしないでチャンスにフォーカスしろ」というのは今を見ないで未来を見ろということなのではないかと思います。

「ピンチと感じるのは今までの自分、チャンスと感じるのは未来の自分」

先日、普通の検索から偶然2chに入っていき、10分ぐらい2chの記事を読むことがありました。

10分ぐらいというのは、10分位読んでいて気分が悪くなってきたので読むのを止めました。

他人への誹謗中傷、悪口のオンパレード……

人間には誰しも性善説の部分と性悪説の部分があると思います。

他人の生活やスキャンダルをのぞいてみたいという気持ちが、ゴシップ週刊誌の売り上げをのばします。

自分が優越感を感じたいために他人をこけおろします。

いじめがその最たるものです。

人間には誰しも醜い部分もあると思います。

しかし、大人は理性でそれを防いでいるのではないかと思います。

理性がきかなくなって犯罪などになってしまう場合もありますが……

しかし、インターネットは実名が出ないので人間の醜い部分が露出しているように思います。

他人の悪口や批評を読んでいると、確かに面白く感じる自分もいます。

一方、自分が同じような事を言われたらどうしようなど、違う恐怖心がわいてきます。

人にはいい循環と悪循環の生き方があります。

chなど、他人への誹謗中傷にどっぷりつかってしまうことは、明らかに悪循環の考え方になってきているのを、あの10分間で実感しました。

興味は惹かれるけど、近寄って引けない領域だと感じました。

NYなど海外では危険な領域には近づかないように注意が出ますが、普段の生き方でも自分がどういう人生を歩みたいかで目にするものを選ばなければいけないのではないかと感じました。



悪い食べ物を食べれば病気になります。

成長するためによくないものを目にすれば心が曲がってきます。

幸せからはどんどん遠のいていくように思います。

食べ物も生き方も、何を選択して何を捨てていくかは自己責任なんだと感じました。