先日「日本で一番長い日」の映画を観てきました。



同じ時代の同じ事実でも、どの瞬間にスポットを当てるかで、見方や伝わり方って全然違ってくるのだな、という事を痛感しました。

NHKの大河ドラマなども、同じ時代を、主人公を変えることで違った見方を伝えていこうとしているように思います。



「日本で一番長い日」も、戦争終結のための玉音放送にいたるまでのいろんな人の立場からの葛藤が描かれていて、とても見ごたえがあり、多くのことを考えさせる映画でした。



人は目に見える結果論だけで物事を判断しがちです。

しかし、その結論に至るまでのいろんな人の葛藤は、なかなかその当事者にしか分からないものだと思います。

特に、上の立場の人間の決定には、その下の人間の人生がかかっています。

責任ある立場の人は、判断を誤って自分勝手な決断をしてしまう事によって、周りの人を路頭に惑わす可能性も出てきます。



今回の映画でも、終戦の決断を早くしておけば原爆の投下も防げた可能性が高かったのが、すごく残念に感じました。



政治においても仕事においても、決断が遅れることで、結果は大きく違ってくるという事を身につまされ、トップの人間は「決断力」を鍛えていかなければいけないと強く思いました。

戦時中には、陸軍、海軍などそれぞれの立場の人にはそれぞれの言い分、大義があった事と思います。

いくら正しい事であっても、トップの一存で英断を下すことが、多くの混乱を導く結果になる事も避けなければなりません。

トップの人間には、感情的な判断と大局的な冷静な判断が必要になってきます。

戦争という異常な状況下では、なかなか冷静な判断はできにくい状況なのだと思いますが、最終的には、当時の上層部が冷静な決断をしてもらえたおかげで、今日の平和があるのだと、痛感させられました。



戦争を始めることは比較的簡単だけど、一旦戦争を始めてしまうと、理性よりも感情が優先しがちになり、戦争終結を多数の人に納得させることはとても難しいという事を痛感させられました。



戦争を始めた以上は、当然、命を懸ける覚悟で戦争と向き合っていると思います。

それが、ある日突然、終戦になってしまうと、一旦スイッチを入れた気持ちを切り替えることは、大変な困難を伴うと思います。



当時は、天皇陛下という神様のような絶対的な存在の人がいたから、戦争を終結させられたけど、今の時代に一旦戦争が始まってしまうと、戦争を終結させることは不可能なのではないかとさえ感じました。



韓国との慰安婦問題も個人レベルなら問題解決は難しくないように思いますが、国レベルの問題になってきますと、色んな人の立場を考慮しなくてはいけないので、幕引きができなくなってしまうのだろうな~と感じました。



戦争は絶対に良くない、という事は頭では理解できていますが、戦争を終結することがこんなに困難を極めるという事を心して、2度と戦争は起こさないようにしなければいけないことを再認識しました。



「日本で一番長い日」の映画は、多くの人に是非に観て欲しい映画だと思いました。

ひょんなことから「バケモノの子」の映画を観ることになりました。

子供の映画だと思っていたら、結構大人も多かったです。劇場はいっぱいでした。

私のマイブームは「いま、ここ」今この瞬間をありのままに真剣に生きていく、という事ですが、自分の意識がそういう点に向いていると、見るものすべてをそういう視点で見てしまうのを感じます。



「バケモノの子」は「人間の心の闇」の部分に焦点を当ててストーリー仕立てしているように感じました。

この映画を観ていて、この映画の監督もスピリチュアル的なことに興味があるのだろうなぁ~という気がしてすごく共感を持てました。

この映画は、大人的に左脳的な視点で観ると、映画の世界と現実の矛盾点を探して批判的な言葉が頭に浮かびます。

しかし、右脳的に「ただ感じる」という点で観ていくと、何か深い部分に感じることができるような気がします。

私は、元々、理系で理屈っぽい理論派の人間のような気がします(笑)。

しかし、スピリチュアル的な考え方を取り入れていき、目に見えるものが絶対なわけではなく、星の王子様の名言通り「本当に大切なものは目では見えないのだよ!」ということが信じていけるようになってきて、少しずつ右脳的な考え方、生き方を取り入れようとしてきました。



左脳や理論や目に見えるものを否定しては、現世では生きていけませんが、100%を左脳的に生きていくことは、幸せから遠ざかっていくような気がします。

日本は八百万の神と言われますが、「トイレの神様」「水の神様」など、いたるところに神様がいるという考え方は素敵なことだと思います。



人間は、右脳派として生まれてきて、学生時代に左脳が鍛えられて、周りも目に見える左脳的な評価が一般的で、そのまま社会人になって、左脳的な限界を感じて右脳に戻っていくのが人間の宿命なのかな~と感じています。



そうはいっても、長年左脳に頼って生きてきて、左脳を完全に否定はできない以上、少しずつでも右脳を意識して生きていきたいものだと思います。


という事で、話を「バケモノの子」に戻しますと、マンガにおいてさえも、人間のあり方や生き方は、これからに時代には外せないテーマなのかな~と思いながら観させていただきました。

日本の様に、食べていけるのが当たり前の恵まれて国においては、11人が必死に生きながら、小さな幸せに感謝できる生き方を模索していかなければ、物質的には満たされていても精神的には常に満たされていない状態で、精神的に病んでしまう人が増えていくのではないかと感じます。

企業において、社員の「うつ病」対策が問題になっていますが、これからの企業側も「何のために仕事をするのか?」「何のために生きていくのか?」を真剣に考えて社員に伝えていかなければ、精神的に病んだ社員が増え続けていくような気がします。

これまでの御先祖様が頑張って、3食普通に食べれる時代を作って下さったのに、今度は精神的に病んでしまう時代になってしまうのでは、ご先祖様も浮かばれないのではないかと思います。

物質的に満たされた時代に、精神を満たすキーワードは「利他」「感謝」「奉仕」「貢献」など、他人のために何ができるかを、11人が真剣に考えていくことしかないのだと感じます。


今のように物質的に満たされた時代においては、自分が大切だからこそ誰かのために頑張る事でしか、自分の精神は満たされない時代なのではないかとか思います。



他人のために自分を犠牲にするのではなく、自分の為に他人に尽くす時代が到来してきているように感じています。

最近のマイブームは「今この瞬間」を大事に生きることです。



「今この瞬間」を大事に生きるのを邪魔するのは、過去の先入観や固定観念です。

スピリチュアル的には「思考」と呼んでいるみたいです。

「思考」に囚われて、今、目の前にある現実をありのままに見えなくなって、心が乱されて悪い方向に流されてしまうのだ、という事らしいです。

例えば、同じ失敗を2人の人がしてしまいました。

1人の人は優秀な人で、もう一人の人は自分勝手な人でした。

やってしまったことは同じでも、自分勝手な人がやった失敗は、優秀な人がやった失敗よりも何倍も腹が立つものです。



これは、目の前の現実をありのままに受け止めないで、過去の「思考」によって、それまでの事実も結び付けて腹立たしく感じているのです。

それを繰り返していくことにより、どんどんそのいい加減な人のことが嫌いになってきます。


でも、そのいい加減な人にもいい点は必ずあるはずです。

しかし、過去の経験の積み重ねで,どんどんその人のことが嫌いになってきて、その人のいい点を見ることができなくなってしまいます。

嫌いな人が増えることは、不幸が増えることにつながります。

いい加減なその人は、自業自得と言えばそれまでですが、嫌いになった人も幸せではありません。


幸せかどうかは、世の中にどれくらい嫌いな人が少ないかに比例するのではないかと思うようになりました。

皆を好きになることはできなくても、嫌いな人を作らない努力をすることで、不快感が減ってくるのではないでしょうか。

いい加減な生き方をしているのは、その人本人の問題です。

そんな生き方の先に待ち受けているものは、その人が自分で受け入れるものであって、他人が腹を立てるものではないような気がします。


腹を立てて損をするのは自分です。

「今この瞬間」を充実させるためには、間違った「思考」に惑わされないで、「今この瞬間」の出来事をありのままに捉えていくことのような気がします。


人間は、過去の記憶を前提に生きています。

ハッピーな記憶だけでなく、心を乱すような苦い記憶もたくさんインプットされています。

その記憶に囚われ揺らぐことで、「今この瞬間」を無駄にしてしまうことが多いのではないでしょうか。


過去の苦い記憶に囚われ揺らぐことを薄めていくために、夢を持ったり、いろんなことに感謝したり、前向きな生き方をしていかなくてはいけないのだと思います。

そういう意味で、「今この瞬間」を充実させていくためには、プラス思考である事は必須のように思います。

私はモチベーションを強く意識する時が2つあります。

1つは、社員に仕事を頑張ってもらうこと、あと一つは子供に勉強をさせる時です(笑)



会社を経営している人なら誰でも社員に頑張って仕事して欲しいと思っていると思います。

そして、親なら誰でも子供に勉強を頑張って欲しいと思っていることでしょう。たぶん(笑)



私はクリニックの院長になって23年がたち、長女の父親になって11年がたちます。

長女の場合、勉強をした方がいいと思い始めたのはここ最近なので、これまで私にとってのモチベーションアップの対象は、社員に頑張って働らいてらうことでした。

23年の時間はかかりましたが、うちの社員は高いモチベーションを持って頑張ってくれています。たぶん(笑)

今現在、社員のモチベーションを上げるために悩むことはほとんどなくなってきました。



一方、最近では長女に勉強をさせようと、今は色々と試行錯誤しています(笑)

私の中で、人から強制的に言われたことは、逆にやりたくなくなる、と信じているので、決して直球で「勉強しなさい!!」というのは言わないように心掛けています。

社員に対しても、「あれしろ、これしろ」というよりは、それをする意味と価値を意識的に伝えてきたつもりです。

当然、時間的に余裕がない時やせっぱつまっている時には「あれしろ、これしろ!」と言わざるおえない時もありますが、命令したことは持続性がないと思っているので、こちらとしても同じことを何度も言いたくないので、できるだけ深い部分で共感してもらえる工夫をしてきたつもりです。



おかげさまで、社員に対しては「打てば響く」ような、いい関係ができつつあると感じています。

この成功体験を、自分の子供の教育にも活かしていきたいと思ってはいますが、大人の社員と家族という身近な関係の子供に対してだと、何か工夫をしていかなければ同じやり方ではうまくいかないような気もしています。



基本的に「何をさせるか」よりも「何のためにするのか?」を頭ではなく心に響く話をしていきたいと思っています。

説得ではなく納得させたいのです。



私はいろんな意味で勉強してきてよかった、と思っています。

そして子供にも勉強はした方がいいと思っています。

当然、勉強すればすべてがうまくいくとは思っていませんが、勉強することで得られるものはたくさんあると思っています。

私の中では、勉強することの向こう側に、たくさんのプレゼントが見えています。

しかし、自分の子供時代を振り返ってみても、11歳の子供には勉強することの向こう側には、意味と価値がほとんど見えていないような気がします。

見えなくて当然です。

大人には見えていて、子供には見えていない宝物を教えてあげることが大人の勤めではないかと思っています。



うちのスタッフが頑張って働くのは、働く事の向こう側にお金以外のなんらかの意味と価値を見出しているからだと思っています。

私の中での仕事の向こう側に見えているものを一生懸命伝えようとしてきた自負はあります。



私が見えている仕事を頑張る事で得られる、仕事の向こう側の宝物と、スタッフが見えている仕事の向こう側の宝物は一緒ではないかもしれません。

しかし、仕事は、給料をもらうためだけにするわけではない、という考えで、頑張る理由を見つけようと頑張っていることは私もスタッフも同じだと思っています。


問題は、自分の子供にそういうことを伝えていく難しさなのです(笑)いくら伝えたいことがあっても、お互いに信頼関係がなければ伝えることはできません。

社員とは朝礼や交換ノートなどいろいろと伝える機会がありますが、親子では身近すぎてなかなかそういう伝える機会は少ないものです。

子供と信頼関係を築くことを意識して、こちらの言うことに耳を傾けてくれるタイミングを見計らって、少しづつでも自分のいいと思っていることを洗脳していくしかないのかなと思っています。



私が頑張っている理由の1つが、自分が頑張って得た「気づき」を社員や子供など周りの人に伝えていくことがあると思っています。

伝えたい「気づき」を得るためには、淡々と毎日を生きるのではなく、日々目標や目的を持って必死で頑張っていかなければ、何も気づけないと思っています。



気づいては周りに伝え、さらに何かを伝えるために気づきながら自分も成長して、周りも成長できる好循環のスパイラルを目指しています。


そして他人のモチベーションを上げるためには、自分のモチベーションを上げる工夫をしていくことが一番大切なのだと思っています。

モチベーションとは「頑張る理由」なんだと思います。


「何のために頑張るのか?」が、頭ではなく心で感じられれば、人は必ず頑張れるのだと信じています。

歯科医院は、社員の定着率が悪い業種の一つらしいです。

歯科医院の経営スタイルとして、ぎりぎりの人数で経営しているので、社員1人に辞められると次のスタッフが入るまで、クリニックはてんやわんやになってしまいます。

歯科衛生士や歯科医師の専門職は求人難で、求人してもなかなかすぐには採用できないし、採用できてもすぐに1人前になるわけでもないし、基本的には仕事のできる人は辞めない傾向が強いので、中途で仕事のできる人を採用することは宝くじを当てるような確率なのです。(宝くじよりは高いです……)(笑)



そんな理由で、「辞めて欲しくない!」という気持ちから、社員にきちんとした教育や躾をしていくことができなくなって、あまりに目に余る言動の時に、トップの人間も、ついに我慢できなくなって注意すると、社員も普段から注意され慣れていないことと、感情的な注意をされて「こんな病院辞めてやる!!」ということになってしまい、その後、経営者は社員に対して、一切注意もできなくて、腫れ物に触るような接し方しかできなくなってしまっているクリニックも少なくないのです。

間違ったことをしても注意もされずに、好き放題に放置されている社員もかわいそうだし、退職に脅えている経営者も不憫です。


世の中には良い循環と悪い循環しかないと思っていますが、「注意もできない、注意したら反発する、辞める、だからもっと注意できない」という悪循環を断っていくためには、辞められても困らない仕組みを作っていくしかないような気がしています。

注意されて「辞めてやる!!」というのは、「辞めて仕返ししてやる!」という気持ちが強いのだと思いますが、辞めるか辞めないかは、「仕返しをするため」ではなく、「自分にとって居心地がいいか、成長できるか」というような観点で決めるべきものなのに、「相手に仕返ししたいから辞めてやる」と思われないためには、「貴方が辞めてもうちは困りませんよ。辞めるかどうかは、是非、冷静になって考えて下さいね」という気持ちになってもらわなければ、どちらかが一方の顔色をうかがっていたのでは、お互いに良い関係は作れないのではないかと思っています。



人は、感情的になってしまうと、あとで後悔するような早急な決断をしてしまいがちです。

しかし、冷静に考えていれば間違った判断をすることも少なくなってきます。

社員が辞めるか辞めないかを完全にコントロールすることは、社員が感情的にならないで冷静でいられる環境作りをしていくことは、トップが常に考えていかなければいけないことのような気がしています。