これは老女の備忘録として書いています。
昭和が去ってから久しい。
昭和生まれの私としては、昨日のことのように思えるんですけれど、平成・令和生まれの人たちからすると、遥か彼方の過去となるんでしょうね。
それは、あたかも私が学生のころ学んだ俳句と同じ想いを呼び起こさせるものです。
降る雪や 明治は遠くになりにけり 中村草田男
昭和は戦争があって、実に激動の時代でしたが、私のように戦後生まれの者にとっては
敗戦からの復興が国民の総意だったので、エネルギーに溢れた時代でした。
右肩上がりの経済が、それまで打ちひしがれていた人々に活を入れ、その内なんと
JAPAN as No 1 (by 東アジア史研究学者 Ezra Vogel)なんておだてられた本が出て、すっかり錯覚してしまった人(石原慎太郎元東京都知事)も出てきましたっけねぇ。
1980年代からのイケイケドンドンの雰囲気は、なかなか説明付かないのですが、たった一つ映像で見せるとしたら、ジュリアナ東京のお立ち台で踊り狂うお嬢さん達の姿でしょうか。
現在60代を過ぎただろう彼女たちは、羽の扇を回して踊り狂う己の姿を見て、どんな感慨を持つのでしょうかね。恥ずかしいと目を伏せるのでしょうか、それとも「良い時代だったわ。」とつぶやくのでしょうか・・・・
巷で言われる(親ガチャ)という言葉、恵まれた家庭や、良い親の元に生まれた人の幸運とそうでない人達の、いわば出生くじの当たりはずれを言う言葉ですが、それをそのままその人が生まれた国にも当てはめることができるようです。
若い頃の話です。アメリカ人の女友達には日本人の恋人がいました。その頃、四ツ谷に住んでいた彼女のアパートではよく、パーテイーが開かれました。日米の若い男女が集うパーテイーでしたが。ある時そこに一人の中年男性がやってきました。友人の友達はほとんどが20代の学生だったので、その人は特別目立つアメリカ人でした。
彼は定職に就かず、ヒッピーのような生活をしていたようです。
アパートの中庭で、飲み物を片手に彼が私に聞いてきました。
「あなたはアメリカに行ってみたくないですか?アメリカで暮らしたくないですか?」って。
これはひょっとして、ひょっとするアプローチ?と考えました。
うん、アメリカで暮らしてみたいけれど、あなたとではないわ・・・と私は心の中でつぶやきました、
当たり障りのない会話をして、その日は無事終わったのですが、それから数か月経ったある日のパーテイーで、。なんと彼は楚々とした日本女性をエスコートして現れ、この人が自分の婚約者だと紹介したのです。
まあ、彼が長い間、日本人女性を狙っていたのは有名なはなしでしたから、やっと見つかったのね!と皆で一応おめでとうコールをしました。
でも、これで、いいのかな、彼女は?と思ってしまいました。彼が私に声かけたように
アメリカで暮らさない?というお誘いに乗っかって、そこで判断したとしたら、ちょっとどうかしらねぇ。まあ、人の好みもあるんでしょうし、あの赤いバンダナを巻いたボサボサのロン毛で、どう見てもむさ苦しい中年男に心惹かれるということも、人によっては無きにしも非ずですが・・・。
でも、会ってすぐに、自分の国へ連れていくことを餌にして誘うような男には要注意でしょう。
アメリカ人は自分の国が一番いいと思っている人が大勢、いやほとんどそうです。
子どものころからはためく星条旗の前で、歌わされた「星条旗」そして勇ましい行進曲「星条旗よ永遠なれ」を聞いて育ってきたのです。
そりゃ、パトリオットも定着しますわ。でもね、ちょっと考えてみてください。
なんと学校で起こる、あの無差別の銃の乱射事件の数々。
富を持つものに最上の生活が約束され、貧困にあえぐ人たちは十分な医療すら受けられないというような社会のひずみを生む「資本主義」の実相。
ここで生きていかなければならないとしたら、私のような、小心者には、毎日ハラハラドキドキが止まらないでしょうね。
一方、ロシアという、これまた混とんとしたお国柄。
一人の独裁者とそれを取り巻く少数者が国民に覚醒を許さない国、もし覚醒したら、その者たちを弾圧しまくる国。これも怖いわ。
その国が隣に位置しているからといって、子分にさせられ、いやだというと自国にずかずか踏み込まれ、小突き回される近隣の小国。辛すぎるわ。
日本だって、ちょっと、なあ?という隣人に囲まれていますけれど、ミサイルバンバン海に投げ込む国を除いては、差し当たってなんとか共存できそうです。
しかし、今後のことは分かりません。
こう、つらつら考えると、う~ん、やっぱり私は日本に生まれてよかったと思えるのです。国ガチャでいうなら、ラッキーなんでしょうね。でも、それは生まれた時代がたまたまよかったからそう思うのであって、父の時代は、国民はそりゃ悲惨な経験をしてきましたよ。
とてもラッキーだなんてご気楽言ってられません。
すべては変化し続けるのですから、これから先、この国がどうなるかなんて誰もわからないことです。
変化する中では、国民一人一人が目を見開き、耳をそばだてて、言うべき時にはものを言うという姿勢をとることが肝心なんですね。
世界を知り、そこで共存する為にも、この国の舵取りをする人達を常に見張っていかなければなりません。
だって、みんなで一応、国ガチャまずまず当たりと言いたいですものね。