オシャレは我慢!? | 最後の呟き壺

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あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。


先日、NHKの情報番組で、サンダルについてやっていました。
そこで知ったのは、どんなサンダルも、履き始めはどこか足が痛むということ。
うわぁ~!やっぱりね。
今更ながらに納得です。

私は、ものすごく足を虐めて来たので、今頃になって本当にバカだったと深く後悔しています。
靴に思い入れがあって、若い頃から足元のオシャレには特別気を使っていました。
当時は、シューフィッターなる存在もなく、銀座の某有名靴店ですら、スタッフの方は
専門職ではなかったような気がします。とにかく見てくれの良い、なるべく映りの良い
カタチの靴ばかりを選んでいて、自分の足型に合うということは二の次の選択基準でした。
その結果は、本当に悲惨な状況を幾度も経験しました。

ある時など、余りの痛みに耐えかねて、靴を脱ぎストッキングで舗道を歩いたことがありました。(もっとも、昼間ではありません。夜の人気の少ない道です。)
また、ある時などは、その頃、流行りのロングブーツ(ニーハイではありません、膝下)を勇んで履いて行って、新宿駅、南口、山手線へ向かう階段から転げ落ちたことがありました。(50年ほど前)その時は、痛みでしばらく起き上がれなかったけれど、恥ずかしさが先に立って、痛む足を引きずりながら階段の陰に隠れて、しばらく、うずくまっていました。
今思い返せば、よく骨折しなかったものだとおもいます。
あっ!そうそう、骨折もしました。四谷で、タクシーから降りるとき、5cm?以上のヒールの編み上げサンダルを履いていて、右足くるぶしが内側に曲がりギクツ!としたときは足の甲の外側2本が折れていました。
そのまま、そのタクシーで帰ったことは覚えています。
ホント、バカなムスメでした私。

余りにも苛め抜いた私の足は、見事に外反母趾形状になっていて、親指根元の内側への曲がり具合はもう纏足にほぼ近いほどです。
可哀そうな足達・・・・
今の私なら、言ってやりたいです。
あの当時の私に!!
「見てくればかり気にしちゃダメよ。後々後悔するわよ。」ってね。
当時は、スーツにスニーカーなんかで通勤するNYの女性像は想像もできませんでした。
本当に、オシャレ=我慢の時代でした。

自分をいたわること、自分にとって大事なことは何か?をしっかり見定められるように
なるまでには長い修行の時間が必要でした。

さりとて、オシャレを放棄したわけではないのですよ。
今は身体に負担ない状態で、いろいろな選択ができます。
うれしいことに、世の中の認識も変わり、靴業界も進歩して、様々な選択肢を持つようになったというわけです。

我慢のオシャレも時に必要ですが、基本は身体に負担をかけ過ぎないことが一番。
もし、長い老後が待っているとしたら、足って本当に大切なんです。