これは老女の備忘録として書いています。
最近旅行に行って来ました。
ツアーで一泊だけでしたが、とても楽しい旅でした。
参加者がわずか12名ということもあって、皆、和気あいあいとなれたのですが、私は新幹線で隣に座られた女性と特に仲良しになれました。
帰京後も彼女と再会して、ランチをご一緒するほどに・・・めずらしいことだそうです。
私はツアーはここ十数年参加していませんでしたが、彼女はいろいろな旅行社のツアーに参加してきたそうで、そのなかで、こうして親しくなったのは初めてだといっていました。それは私も同じで、このような出会いの中、初めて連絡先を交換しました。
そこで、思ったことは、彼女とは、なんとなく馬が合ったからだとおもいます。
そして二人の会話を思い返してみると、まず興味の持ち方が同じ方向を向いていること、話すリズムがほぼ似ていること、それとお互い相手の話をしっかり聞くことなどで、会話のキャッチボールがスムーズにいくのだと実感しました。
お互い1才違いで、育った環境も似ているようです。その上家族構成も一緒なので、彼女の話からその状況がすぐに理解できるのです。もちろん、彼女とて同じだろうとおもいます。
このように、一緒にいてくたびれない人というのはなかなか得難い存在だと思います。
実際、ある会で知り合ったシニア女性は、何度も会って、食事をしているのですが、最近は会うのが苦痛になってきているのです。
彼女からお誘いが何度もかかりますが、気乗りしないのでもう2度断ってきました。
あなたとは合わないから…と言うのも大人げないし、このまま
会う頻度を減らして自然消滅を待つつもりではいるのです。
物事割とはっきりしてきた私としては、珍しい対応ですが、理由はあるのです。
今の彼女は、かねりつらい状況にあって、お子さんたちだけでは支えきれていないらしいということ。さりとて、他人の私が支えられるわけでもないのですが、彼女の精神状態では今までの友人よりも、距離の遠い私との会話が癒されるとのこと。う~ん、難しいですね。
なぜ、彼女といると息苦しいのか?
それは、多分、彼女が今まで他の友人達には地を出してこなかったということ、そして私には割と自身をさらけ出せるということなのでしょう。
彼女の言葉の端端から、何もそんなこと気負わなくてもいいのにと思えることがしばしばありました。現在も時々、出てきます。
知り合った最初は夫の社会的地位や子供たちの伴侶の仕事先などを、それとなく言ってきました。
私は、それに対して、うんうんと聞いていただけ。
そのうち、今までの友達には知られたくない現状をかくすために、付き合いを狭めた様子です。そして、その穴埋めが私なの?こういうのは友達でもない、ただの時間つぶしの相手なんですけどね。
どうしましょうか、これから。
やっぱり、ゆっくりフェードアウトするのがいいみたいです。
友人というのは人生を汽車旅に例えるなら、ゆっくり走り去る車窓からの景色や、途中下車した場所で見る路傍の花のような存在でしょうか?そうではなくて、もっと人生に影響を及ぼす忘れがたい存在だけが友人と言えるものなのでしょうか。
とにかく生きているといろいろな出会いがあります。
キアヌリーブスという俳優さんが、「あなたはどうしてそんなに他の人にやさしいの?」とか聞かれた時「だって、みんな死んでしまうんだからね」と言ったとか。
これを読んだとき頭の中で何かがガ~ンと鳴りました。
そう、今生で会えたのも、袖すりあうも他生の縁 とか。
なるべく、人には柔らかく接していきたいものです。
(実際は、そんなにはうまくいかないのですが・・・)