これは老女の備忘録として書いています。
先日、久しぶりに息子夫婦と会食しました。
二人の大好きなうなぎです。初めてのお店に予約を入れておいたのですが、お嫁さんが
外出中で、少し遅れるとの連絡があり、お店にお願いして30分時間をずらしていただきました。お店には息子と私がタクシーでむかい、お嫁さんとはお店で落ち合うという手はずになっていました。
そのタクシーをアプリで呼んでくれたのですが、どうも遠回りなので、私がいえ、左の方○○通りから行って下さい、とお願いすると、息子が、「いいんだよ、もう、住所がナビに入っているんだから」と遮るのです。
それにしても、ナビが最短距離を選んでないことは明白なので、「どうして、右に行くと大回りでしょ?」と息子に言うと、「もう、いいんだよ、これで!」と言葉を荒げて言うのです。
運転手さんはオタオタしています。結局、私が折れて、ナビ通りに従いましたが、なんかいやな感じです。
その後も、立体交差路で、元来た道順を言う運転手さんに、「いえ、まっすぐ行って、二つ目の信号のところで止めてください」とはっきりいいました。
息子は憮然としています。
結局、道路隔てた店の前に止まりました。
それにしても、息子には昔から、私に対して荒っぽい口の利き方をするところがあって、本当にこの部分がいやでした。結婚してからは思いやりもできて、大人になったと喜んでいましたが…やっぱり、三つ子の魂百までもなんでしょうかねぇ?
私の教育が間違っていたのでしょう、きっと。
その場に、お嫁さんがいなくってよかったとつくづく思いました。
店に入って、席についてからも、席の場所を私が、「あらこっちがあなたたちね」というと「いや、こっちでしょ」という。なんか突っかかってくるようです。
この会食が決まることに含むところがあったのでしょうか。
私としてはいろいろ勘ぐってしまいました。
少し遅れて、お嫁さんが来てからは、会話も私とお嫁さんで続けていって、その内、ビールで気分がほぐれたのか息子も入ってきました。
食べ終わるころはすっかり、ほぐれて、三人で笑いあったりしましたが、この会食は
失敗でした。
お支払いをして、店の前で、私はタクシーを拾い、息子たちは、お腹が
一杯なので少し歩きたいと言って、私鉄の駅の方へいきました。
なんで、こうなるの?と苦い気持ちでしたが、思い返すと納得する部分がありました。
或る荷物を預かったということなのです。
まあ、私は全然気にもしていなかったのですが、お嫁さんが私が迷惑がっているのではと心配して、息子にお母さまと一緒にご飯を食べましょうということになったらしいのです。
まったく、私は気にもしてないし、むしろ連絡するのを忘れて、申し訳なかったかなあとおもっていたぐらいです。これだから、人と人とのやり取りはむずかしい。
緊密に接して、喧嘩するほど腹の内が分かり、仲良くなれるなんて説があるけれど、
う~ん、どうかしら?私にはできないわ。
やっぱり距離をとって付き合っていくのが一番だとおもうのですね。
それにしても、息子なんてこんなものですね。お嫁さんが、なにか思うことを言うと、それ全部を自分の問題として対応してくるとは。あ~、やっと、私も世の中の嫁姑、息子の立ち位置、いつこじれてもおかしくない微妙なトライアングルを実感しましたわ。
お金は出しても、口は出すな!ですね。はいはい、わかっていますよ。
そして、老いては子に従えですと? 冗談じゃない!こればっかりは拒否。
私は頭がはっきりしているうちは、自分のマネージメントは自分でやります。
だからこそ、子供達とは距離を取っているのですから。
世の中には家族みんなから愛され、大切にされているやさしいおばあちゃまがいるんでしょうが、私には無理。
自分の持ち時間が予測されるようになった今、家族への気遣い、やさしさが自分にとって、無理して撓めてしか出せないものだとしたら、私は離れていたいです。
やっと、自由になれた人生最後の大切な時間、息子・娘の甘えや寄りかかりはキッパリ!お断り! です。