この世界も 仮想なのでしょうか? | 最後の呟き壺

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あと何年生きるかわからないけれど、今を楽しんで生きるつもりです。その時々の思いを忘れないように記録しています。

これは老女の備忘録として書いています。


この世の変化が急激すぎて、何が何だかわからないけれど、必死に理解しようと思っています。現金を持たずに、スマホで支払うこと。これは宮川大輔さんの切れのいいダンスCMで知っていましたが、なんか踏み出せないままきてしまいました。
紙幣もコインも持たず、スマホに入った数字で対価を支払うなんて、実体がつかめない
不安があったせいです。何しろ、半世紀以上この手でお金を数えてきたのですから。
ところが、急に思うことあって、paypay を一昨日から使うようになり、今日、やっとチャージができました。
ウ~ン、セブン銀行ATMの前で何度も(使い方ガイド)を開きなおしたり、それでもわからない時は、いったん離れて、人のいないところでもう一度確かめたり、結構苦労しました。でも、できました。
こんなことでも、私には一山超えたような達成感があります。
これで、人並みになったでしょうか?

仮想空間という言葉を聞いたのは、どのくらい前のことかしら。
まあ、ゲームの世界では、既にありましたので、そんなに違和感もなかったのですが、
一番驚いたのは、仮想通貨なるものが出てきた時です。国家の裏付けもない、ネット上の数字の羅列がお金の価値としてどのように共有されるのか、ほとんど信じられませんでした
そして、実際にこの通貨が現実味を帯びてきて、通貨として認識されているということが本当に空恐ろしくなります。
でも、どこの国もこの通貨を禁止しないのは、なにかうまみがあるからでしょうか?
為替の乱高下以上に価格が上下して、これで大儲けした人もいれば大損した人もいるでしょう。まあ、一種の博打のようなものだととらえています。
もし、それが違っていたら、私の頭では到底この仕組みが理解できないということです。

仮想の世界とは、人の頭で考えた世界ですか?でも、そうなると、ひょっとしてこの
現実という世界も、ある意味似たり寄ったりの世界かもしれないと思ってしまいます。
科学の進歩を信じてここまで来た人類ですが、考えることの本質はあまり変わってないんじゃないかしら。私達の見てきたものは本当に信じるに値するものなのでしょうか。

時々思うんですね、今ここにいる私はどこかにいるあるじのアバターのようなもので、そのあるじに指令を受けながら生きているんじゃないかと。そして、死ぬということも、ひょっとして、仮想空間から、他の仮想空間へ移行するだけのことでは・・・?と。こんなこと考えてるようでは、あたまがいかれているんじゃないかと思われますね。でも、時々、生きていることは夢を見ているようなものなんじゃないかと考えてしまうことがあるんです。

ほら、あの太閤秀吉が辞世の句に詠ったとおり、
露と落ち、露と消えにし我が身かな 難波のことは夢のまた夢  ってね。

儚い夢のような人生、仮想か現実かはどうでもいいですね。
ただ、信じたいのは、大切な人々がいる世界に、私が今いるということだけです。