これは老女の備忘録として書いています。
昨日、ついつい感情が高まって、呟いてしまいました。
これほど、自分の中で日本の政権担当者達にいら立つとは・・・
自分でも抑えられない程の不満をもったからです。
わたしの父は戦争体験者です。
海軍に属していて、某戦艦に乗っていた軍人でした。
軍人と言っても、少年兵であり、軍艦の中では一番下っ端の兵隊でした。
それでも、戦争体験が彼の青春のすべてでした。
海上砲撃を受け、第3甲板にいた兵士130余名の内、3名を残して皆、海の藻屑と散っていった中の奇跡の生存者でした。左目摘出、全身火傷を負って、かろうじて救助され、内地に搬送、当時の諏訪の海軍病院でほぼ1か月、昏睡状態だったそうです。
それから半年程、療養生活を送ったとか、その間、艦上で父を診た若い医師との再会があり、その先生が「○○お前、よく生きていたなぁ・・・」と嗚咽してくれたというのです。
若い医師から見て、もはや助からないと判断した重症の少年が不憫だったのでしょう。
でも、父は生き残りました。
そして、結婚し、私と妹がこの世に生をうけたのです。
運命というのは、あるような、無いようなものです。
偶然が重なりなんとなく道筋が通っていくのですね。
とにかく父は生き残り、その後の我が家では、悲惨な戦争の話は極力避けてきたようなのですが、それでも時々、ふと漏らす呟きに、父の本心が垣間見えました。
結局、国のリーダーがバカだと、一国が総崩れになってしまう。
偉い人達は、自分の置かれた安全地帯でのうのう暮らしていく、そして前線に送られた者たちは下っ端から死んでいき、徐々に死の階級が上がっていく。
為政者が覚悟をもたなければ、ことが起きた時、右往左往の混乱ばかりで、何も決まらない。
倫理観の乏しく、外交能力のない者達が政権を担うことは国を衰退、滅亡に導く。
本当に今聞いても、その通りと思ってしまうんです。
私の家では、敗戦の日に、あえてすいとんをつくって食べました。
苦しんだ時代を忘れないようにしよう。すいとんとて、食べられる幸せに感謝しなければならないと・・・
こういうと、ずいぶん特殊な軍国家庭のように思われるでしょうが、
いえいえ、違います。こういったことは、戦争反対の気持ちを強く持つからこそおこなってきたのです。戦争が父に大きな傷を残しました。
晩年、家族の旅行計画が持ち上がった時、父がふと漏らした言葉「俺はもう海は見たくないんだ。」
父の生前に、私たち家族は海辺の旅行をしたことがありませんでした。
どんなことをしても消えない傷、これを持ちながら、父は一生を終えたのです。